第二章 5 反復
よく知っている街並みだった。
うちの近所に似ている……しかしそれでいて、はじめて訪れた場所だ。
千鶴は自分の置かれた状況が、しばらく理解できなかった。
ここは、ど……。
(あれ?)
そういえば、同じことを考えていたような……。しかも、つい最近……。
そのとき、地響きのような震動が伝わってきた。
(これは……)
脳裏に、一輪の巨大な乗り物が浮かんだ。
それと寸分たがわぬものが、土煙をあげながら前進してきた。
横手から、だれかに身体を引っ張られた。そうだ、これも予感していた。
「あなたは……鈴宮さん!?」
「え? ああ、そうだ。会ったことがあったんだね」
言われた男性は、驚いたようだった。
鈴宮京介という名前のはずだ。
(どうして、知ってるの?)
千鶴のその思いは、おそらくこの男性の思いでもあるのだろう。
「え、ええ……」
あいまいに返事をしておいた。
その後、やはり心当たりのある会話をいくつか交わすと、彼らの隠れ家へ行くことになった。
それについても、なんとなく知っている場所だった。
森に囲まれた隠れ家。そこに、無人になっていた街の住人が集まっていた。小屋の一つに千鶴は案内された。
どれもこれも、見覚えのある光景だった。
既視感はその後も続き、小屋でヒゲ面の男性や、そのほかの仲間に出会った。べつに教えられたわけではなかったが、ヒゲ面の男性が、この集団のリーダーだということがわかっていた。
名前は、田島だ。
(敵が来る)
思ったとおりに、外から「敵だ!」と叫びが聞こえた。
敵対勢力がこの場所をつきとめ、襲撃してきたようだ。
三人の兵士たちのようだったが、それだけではなかった。例の餓鬼どもも現れた。
千鶴は、テン蔵を呼び出した。
数体の餓鬼など、テン蔵の敵ではなかった。
それに、この展開にも覚えがあるので、勝利を確信するほかなかった。
(なんだろ……この感覚)
餓鬼が消滅し、敵側の兵士を捕らえていた。
みなが、千鶴に対して感心していた。
それから、レジスタンスの男たちを中心に会議がおこなわれた。捕らえた敵をどうするのかという相談と、今後の方針についてだ。
結果、こちらから攻めてやろうということになった。
そして平原のような場所で、イブキドヌシという神が率いる軍団と対決することになったのだ。
(たぶん、周防さんが来てる……)
そのことを予感していた。
「大丈夫?」
考え込んでいたら、鈴宮に心配された。
「はい」
千鶴は、明るく返事をしておいた。謎は解明されていないが、次々と知っている展開が続いていることで、事態を楽観視できていた。
すぐに合戦がはじまった。
銃弾が飛び交うなかでも、恐怖はなかった。
テン蔵を召喚して、戦況が有利にかたむいたときだった。予感したとおりのタイミングで、周防が姿をあらわした。
「おい、気づいたか!?」
「え……なにを?」
「だから、繰り返してることだ」
「繰り返してる……?」
言われて千鶴は、混乱した。そんなことが起こりえるだろうか? いや、なにをいまさらそんなことで……。
それに、そういうことなら、なんとなく先の展開がわかったのにも説明がつく。
「このあと、イブキドヌシが使う術で、突風が吹く。それで時間が巻き戻る」
「また?」
「ああ。次で三回目だ」
周防の表情が、そこで複雑なものになった。
「どうしたの?」
「……もしかしたら、もっと多く繰り返してるのかもしれない」
「え?」
「オレが気づいたのが、それだけだ」
「……じゃあ、まだ何度も繰り返すの?」
「かもしれない」
「どうすればいいの?」
「わからん。だが、オレはもう完全に時間が巻き戻っていることを知っている。キミが次のときにそうなってたら、対策がたてられるかもしれない。気づいているかどうかは、重要だからな」
それからすぐに周防の言うとおり、イブキドヌシという神が突風を吹かせた。
すべてのものが巻き上げられるような上昇気流にのまれ、そして遥か彼方へ飛ばされた。
悲鳴すら暴風にのまれていた。
* * *
同じ時間の流れにのっているだけなので、緊張もなく、次のループも終盤にさしかかった。
重要なのは、千鶴がはっきりとこの状況を理解できているかどうかだ。
平原で合戦がはじまり、彼女の姿が眼に飛び込んできた。
「どうだ、覚えてるか!?」
「周防さん……」
一見すると、前回と同じ反応に思えた。
「……わかります」
すべてのことを悟っている表情だった。周防は、ホッと胸をなでおろした。次のステップにうつれるかもしれない。
「でも、繰り返してるのがわかったとしても、どうすることもできないんじゃ……」
「そんなことはない。いいか、このことに気づけるのがオレたちだけなのか、まずはそれをさぐる」
本来は死んでいない二人だからこそ、この現象に気づけたのかもしれない。
「どうするの?」
「協力者にできそうな人間に、このことを話すんだ。オレのほうは、神の側だからな。味方になってくれそうな存在はいない」
「わかった。わたしのほうに心当たりがあるから、やってみる」
「じゃあ、次で会おう」
風が吹いた。
* * *
一輪戦車から轢かれそうになったところを、鈴宮京介に助けられた。
といっても、タイミングはわかっていたから、わざわざ助けられるまでもなかったのだが。
「あの、鈴宮さん!」
突然、名前を呼ばれて、鈴宮京介は驚いた表情になった。まだ自己紹介をうけるまえだったから。
この男性が、自分たちと同じように《鼓動》をうけ、戦ったことを知っている。もしかしたら、時を繰り返しているのにも気づけるかもしれない。
「ずっと同じことを繰り返してます!」
思い切って打ち明けてみた。
「繰り返してる?」
「はい。これから、街に住んでる人たちが避難してる森のなかに行くんですよね?」
「……あ、ああ」
「そこで、敵の兵士と亡者が襲ってきます!」
一生懸命、千鶴は説明した。
「それから、どうなるの?」
「わたしが倒します」
「キミが?」
「はい。わたし、強いんで」
「……まあ、隠れ家に案内しようとしてるのは当たってるよ」
こんなことを言い出して、敵のスパイではないかと疑われないか心配したが、杞憂だったようだ。
もうなじみになっている森の隠れ家に移動した。千鶴は、はじめて訪れたような仕草をよそおって、住人たちと接触していく。いらぬ混乱を避けるためだ。鈴宮も、それに合わせてくれた。
小屋のなかでひと通り挨拶をすませると、敵の情報をもってきた男性が小屋に入ってきた。
ヒルコのもとに伝令が入った、と。
「おれたちの討伐を本格化するのかもしれんな……」
鈴宮が耳元で囁きかけてきた。
「キミの話が本当なら……」
「はい。このあと、すぐです」
外で叫びがあがった。
もうおなじみの展開が、そのとおりに繰り広げられていた。
「キミが倒すか?」
「はい」
千鶴は、右手をかかげた。
親指からテン蔵を出すと、たちどころに兵士を捕らえ、亡者たちを打ち倒す。
「そうか……キミも洗礼を」
「鈴宮さんも、ですよね?」
「繰り返してるのなら、おれから聞いたんだね?」
「そうです」
これで、彼にも事情は理解してもらえたようだ。だが肝心なのは、次のループで彼がそれを覚えているかだ。
「そのことについては、大丈夫なんじゃないかな。なんとなくそう思えるだけなんだけど。でもね……」
「どうしたんですか?」
「……なにか大事なことを忘れているような気がするんだ。前回までで、おれからなにか話を聞いていないかな?」
「どんな話ですか?」
「うーん、それがわからないんだ……」
千鶴は、記憶をめぐらせる。鈴宮とかわした会話には、どんなものがあっただろう。
「あ、わたしじゃないですけど……いま捕まえた人に、話を聞こうとしたことはあります」
「どんなことを?」
「なんだか、絵のことを質問してました」
「絵?」
「心当たりはないんですか?」
「……ない」
「でも、ループしてるんだから、自然にそれを繰り返してしまうんじゃないですか?」
「いや、そうともかぎらない。現に、きみとおれは、いままでとちがう会話をしているはずだ」
「じゃあ、ループの内容が変わったから、絵のことを思い出せなくなってしまったんですか?」
「どうだろう……そうかもしれないね」
二人の会話は、そこで中断した。
「きみ、すごいな!」
リーダーの田島が声をかけてきたからだ。
「何者なんだ?」
「それは、いいじゃないですか……それよりも、この人たち、どうするんですか?」
千鶴は、いままでと同じように応対した。
「とりあえず、捕虜にする」
体験したことのある時間を進みながら、千鶴は、あることを思いついた。合戦になるまでに、あの技を使う神──イブキドなんとか──について話を聞いてまわろう。
「あの……」
広場にいた女性に話しかけてみた。
「あの!」
おかしなことがおこった。どんなに声をかけても、女性は反応してくれない。ためしにべつの女性にも声をかけてみるが、同じだった。
(どういうこと?)
そこに鈴宮がやってきた。
「どうしたの?」
千鶴は、いまのことを話してみた。
「もう一回やってみて」
鈴宮に言われたとおり、今度は男性にしゃべりかけた。
やはり、千鶴の声が耳に届いていないように無反応だ。
「……そうか。同じことが繰り返されているのなら、ちがうことをしたら、ダメなのかもしれないな」
「でも鈴宮さんとは、こうしてちがう会話をしてますよ」
「うーん。できる人と、できない人に分かれるのかもしれない」
少し考え込んでから、鈴宮は自信なさげに言った。
「鈴宮さんだけが特別なのかも……」
それを確かめるには、もっと多くの人と会話して、ちゃんと成立する人がいるのかを調べるしかない。もちろん、これまでのループではしていない会話でなければならない。
何人目かに、ここのリーダーの田島に話しかけた。
「あの……」
「どうした?」
たくましいヒゲをたくわた顔が、素朴にこちらを見ていた。普通の反応だ。
このタイミングで、彼に話しかけたことはなかったはずだ。
「あ、いえ……」
とりあえず、会話が成立しそうな人物がいるとわかったので、すぐに切り上げて、鈴宮に結果を知らせた。
「そうか……やっぱり、できる人間と、できない人間に分かれるんだな」
そういうことになる。
「たぶんだが──」
そう前置きしてから、鈴宮は持論を展開した。
「会話ができなかった人たちは、ずっと同じ行動しかとれない。それこそ、ループし続けるだけなんだ。でも、そうじゃない人は、べつの行動がとれる」
千鶴自身や鈴宮が、こうしてちがう行動をとっているのだから、その可能性は高い。
仮に、本来の死者ではない千鶴と周防にはループの法則が適応されないだけかもしれないが、鈴宮や田島は、ここの正式な住人だ。彼らの存在が、この繰り返しから逃れる鍵になる。
「まずは、おれだな」
鈴宮は言った。
「次のループで、このことを覚えていたら、結果が変わるかもしれない。あ、ところで……このあとは、どうなる? どうやって時間がもどるんだ?」
そこまでは伝えていなかった。
「あ、いや、聞かなくていい。これから体験するんだから」
その後、平原で合戦がはじまり、周防と予定どおりに会った。
「どうだった?」
「うん。味方をみつけた。東京での戦いで仲間だったみたい」
「そうか。問題は、次のループだな」
「ねえ、会話ができる人と、できない人がいるんだけど」
千鶴は、テン蔵で敵と戦いながら、これまでの仮説をぶつけた。
「なるほどな。とにかく、次のループでその人が今回のことを覚えているのかどうかだ」
覚えていたとしたら、こうやって味方を一人一人増やしていく。そうすることで、このループから抜け出せる方法がわかるかもしれない。
「その人がつかえそうなら、次回、ここにつれてきてくれ」
もう時間だ。
「わかった」
風が吹いた。




