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第二章 4 風廟

 ヒルコからの伝令が来て、イブキドヌシになにかを伝えた。

 伝令といっても、人間や餓鬼ではない。

 白い鳩が空間に浮き上がり、イブキドヌシの肩にとまった。その鳩がクルックーとひと鳴きしただけで、イブキドヌシは意味を理解していた。

 鳩は、飛び立つと風となり、姿を消した。

「もどろうか」

「なにかあったのか?」

「蛭子が騒いでいるようだ。反乱軍とやらが、ここを襲撃するらしい」

 まるで、そよ風でも愛でるような言い方だった。

 乗ったときと同じように、不思議な力で降りていた。

 ヒルコを先頭に、兵士たちが臨戦態勢をととのえていた。

 兵士のなかには、あきらかに人でない者もふくまれていたが、普通の人間も多い。ヒルコのほうは、あきらかな恐怖政治で人々を操っているようだが、イブキドヌシは、そこまであからさまに恐怖をうえつけていない。それに、彼らが心底イヤイヤ従っているだけだとも思えなかった。

 イブキドヌシなのか……それとも、かつてこの黄泉をおさめていたイザナミの人徳──神徳のなせるわざなのか。

「では、返り討ちにしてやろうか」

 まるで、近所まで知り合いを迎えにいくような語調で、イブキドヌシは言った。

「やつらの位置は?」

「は! まもなくX地点に到達するものと思われます」

 部下の一人が、的確に報告した。

「おまえも来るか?」

 友達をパーティーに誘うような言い方だった。ここの争いに興味があるわけではないが、やるべきことがわからない現状では、ついていくのも一興だろう。

 イブキドヌシは再びあの乗り物に搭乗したが、周防はほかの隊員たちと行くことにした。誘われたが、断わったのだ。そのほうが、なにかあったとき、すぐに逃げられる。イブキドヌシの命令は絶対のようで、周防に銃口を向ける者はいなかった。

 ゆっくりと進む一輪戦車のあとを、徒歩で兵士たちがついていく。

 平原を抜け、木々の立ち並ぶ森を抜けた。戦車は樹木だろうと岩だろうと、どんな障害物も無視してなぎ倒す。一輪だけの厳ついタイヤが、地をえぐりながら進み続ける。

 ひらけた土地に出た。

「ん!? やつらも来たな」

 警戒の言葉を吐いたのは、ヒルコだった。

 見れば、対峙するように小規模の集団が向こうに姿をあらわしていた。といっても、人数が極端に少ないのではなく、こちらが大人数で、しかも装備や武器が立派なので、そう感じるのだ。

「観念しろ、ごみ虫ども!」

 ヒルコが大声で吠えた。

 よく通る声なので、むこうサイドにも届いているだろう。

「われら神に立ち向かうとは、恐れを知らぬ愚かな行為だ! いますぐ投降するのだ!」

 そんな言葉だけでは当然、従う者などいない。むしろ、むこうのやる気に火をつけたようだ。

「うおおおお!」

 雄叫びが鳴り響くと、むこうの戦士たちがいっせいに前進をはじめた。

 戦闘がはじまったのだ。

 おたがいの陣営が銃器を撃ち合った。

 戦術もなにもない野蛮なぶつかり合いだ。

 その理由が、すぐにわかった。

 倒れても、すぐに起き上がり、戦闘を続けている。

「なんだ、これは?」

「なにを驚いている?」

 周防のかたわらには、いつのまにかイブキドヌシが立っていた。一輪戦車から降りていたようだ。

「あれが、ここでの常識だ」

「……」

「根の国では、死ぬことはない。死ぬことはないんだから、死を恐れることもない」

「じゃあなんで、あんたらを怖がってるんだ?」

「怖がってないから、ああやって戦いを挑んでくるのだろう?」

 もっともなことを言い返された。

「まあ、生きていたときの記憶が、神を恐れさせることはあるかもしれんが」

「じゃあ、彼らの心配をする必要はないのか?」

「心配無用だ。戦いは、しばらくして終わる」

「どっちが勝つんだ?」

「知れたこと。われわれが勝つようになっている」

 しかし、戦況に異変がおこった。

 その原因が周防の眼にもとまった。

「あんなところにいたか」

 一人の少女と巨大な象が奮闘している。

「知り合いか? 見たところ、彼女は人間のようだが」

「オレも人間だ」

 周防の発言は、イブキドヌシの鼓膜を素通りしたようだ。

「おもしろい少女だ」

 その少女──千鶴は、召喚した象で兵士や餓鬼たちをなぎ倒している。

 そこで周防には、ある疑問が浮かんだ。

「ここの住人は死なないんだとして……そうじゃなければ?」

 死者ではない人間が危害をくわえられれば、どうなってしまうのだ?

「そんな前例はない。ここは神でも、特殊な存在しかこれない場所だ」

 生身の人間が、あの銃弾に当たったら……。

 心配になってきた。

「行くのか?」

「仲間なんで」

「まあいい。好きにすればいいさ」

 あっさりとイブキドヌシは言った。最初から最後まで、意図が読めなかった。

 周防は、早足で千鶴のもとまで移動した。

「おい! こんなとこまで来て、なにやってんだ」

「周防さん……あなたこそ、なにを?」

「まあ、いろいろあってな」

「わたしのほうも、なりゆき上……」

 周防が神の軍団と行動をともにしていたことは、なんとなくわかっていたようだ。

「とにかく、気をつけろ。ここの住人は、すでに死んでるから、どんなことになっても死なないようだ。だが、オレたちはどうなるかわからないらしい」

 銃弾には気をつけろ、と忠告した。

「でも、あの人たちをほっておけない。約束しちゃったし」

「なら、適当に片付けろ」

「あなたも手伝ったら?」

「一応、むこう陣営だから」

 千鶴は、かまわずに戦闘を続ける。

 象が敵をなぎ倒し、弾丸すら弾き返してしまう。心配する必要もなかった。

 千鶴の活躍により、反乱軍のほうが優位に戦いを進めていた。

 風が吹いたのは、そのときだった。

 凄まじい暴風が、すべてのものを吹き飛ばす!

「な、なによ、これ!」

 千鶴は象につかまり、なんとか巻き上げられるのを防いでいたが、ほかの兵士たち──神の正規軍、反乱軍ともに上空へ飛ばされていく。

「ぐ、うう……」

 周防も、なんとか地にしがみついていた。大地の守護者であるからこそ耐えている。

「わが『風廟』をうけよ──」

 高らかにイブキドヌシの声が周囲に反響した。

 風は激しさを増し、ついには上空高くまで巻き上げられてしまった。

「うわああ──!」

 千鶴も、象もろとも舞っていた。

 すべてのものが吹き飛ばされていた。



「ここは……?」

 周防は、なにもない道の上に立っていた。

 見覚えのある場所だ。

 ゆるやかな坂道……。

 わけがわからず、歩を進めていく。

 途中には、果実をみのらせた木があった。やはりこれにも見覚えがある。おいしそうだったが、その感情を無視して、そのまま通り過ぎた。

 すると、突如として現れた兵士たちに囲まれてしまった。これにも既視感ある。

「抵抗するな」

「……オレのこと、覚えてないか?」

「なにを言っている?」

「来い」

 まちがいない。一度、経験している光景だ。

 その記憶と同じように連行されていた。

 前線基地の場所と外観も、完全に記憶と一致していた。

「あやしいヤツを捕まえました。レジスタンスかと思われます」

「ほう」

 初めて会ったような反応をヒルコもしめしていた。

「きさまの仲間はどこにいる?」

 言動も行動も、寸分たがわぬものだった。

「おれのことを覚えていないのか?」

「とぼけるな。チョロチョロと逃げ回る鼠どもだ」

「おい……」

「馬鹿を言うな。根の国に来たばかりの死者は、おまえのようにはしゃべれない」

 ダメだ。会話が成立していない。

 その後、イブキドヌシが視察に来るという伝令が入るところも同じだった。

「この男は、どうしましょう?」

「牢にでも入れておけ」

 同じことを繰り返している。だが、それに気づいている者は、自分一人しかいないようだ。

 牢屋のなかで、周防は考えをめぐらせていた。いったいこれは、なんなのか?

 時間が巻き戻っている。

 そして、そのことを知っているのは、自分一人。

『風廟』という技。あれが関係しているのか?

 はたして、千鶴はどうなのだろうか?

 彼女も同じように、時間を繰り返しているはずだ。そのことに気づいているのか、それともほかの多数と同様に、それがわからないのか……。

 しばらくして、イブキトヌシがやって来た。牢から出されて、対面した。

「ん? そこの男は?」

「はっ! あやしい人間がうろついていましたので、捕らえておきました!」

「反乱軍か?」

「おそらく、そうであろうと……」

 その様子だけを信じるなら、イブキドヌシも時間を繰り返していることに気づいていないようだ。

(なんなんだ……)

 その後も経験していたとおりに進み、イブキドヌシとあの一輪戦車に乗ることになった。

 だが、そこからがちがっていた。

「……で、どうだね?」

「どう、とは?」

「繰り返しているかね?」

「知ってるのか?」

「いや、わからない。わからないが、そのような気がするのだ」

 そのことに関する会話は続けられなかった。

 前回のように絵を見せられてから、鳩が報告に来た。

 レジスタンスが、こちらに向かってきているという知らせだ。

 周防は、意識しないうちに戦車を降りていた。

「……」

 どうやらこの時間の流れには、ある程度の強制力があるらしい。

 一輪戦車の先導で進軍をはじめた。

 ひらけた平原のような場所で、両陣営が対峙する。

 戦闘がはじまると、前回と同様に千鶴が戦況を変えた。巨象とともに大暴れしている。

「行くのかね?」

「また、繰り返すのか?」

「おそらく」

「あんたの術じゃないのか?」

 イブキドヌシは、そのことには答えなかった。

 意思に反して、千鶴のもとへ急いでいた。ここでも強制力がはたらいていた。

「おい、気づいてるか!?」

「周防さん」

 表情を読み解くかぎり、そんな感じではない。

「繰り返してるぞ」

「なんのこと?」

「時間を繰り返してる」

「え?」

「いいか、もうじきイブキドヌシが風をおこすと、またもどるはずだ」

「もどるって……」

「どうにかして、そのことを覚えてるんだ! いいな!」

「なにそれ」

 そのとき、風が吹いた。

「わが『風廟』をうけよ──」


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