表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/17

第二章 9 桃幻

 周防は、いつもとちがう方向に歩いてみた。

 しばらく歩いても、なにもない。ただ道が続いているだけで、風景もかわりばえしない。

「ちがうな」

 早々に見切りをつけて、いつもどおりにもどった。だが、それだけでは進展がないから、なにか特別なことをしなければならない。

 それが進む方角なのか、特異な行動なのかは見当もつかない。

 桃の木のところまでやって来た。

 桃の実を採る。ここまではやったことがある。最初の一回だけだ。とくにその後の展開に必要なさそうだったから、以降は無視をしていた。

 そのときにも、実を食べることはしていない。

「食べてみるか……」

 それしかない。

 いや、かりに意味のないことでも、ためしてみる価値はある。もし食べることでなにか酷い事態になったとしても、どうせループすればもとにもどるのだ。

 周防は、千切った桃を食べた。

「……」

 とりあえず、美味しい桃だ。

 しばらく待ってみたが、なにもおこる様子はない。このままでは、ただ美味しい桃を食べただけになる。千鶴がこれを見ていたら、痛烈に嫌味を言うだろう。

 周防は、さきへ進むことにした。だが、あの兵士たちに囲まれてしまうと前線基地に行くことになるから、それは避けたい。

 兵士たちが集まる地点が見渡せる場所で、彼らが出てくるのを待った。いつもどおりにやって来たが、周防がいないので、そのうちの一人が周囲をうかがっている。ただし、あの彼はすでに仲間なので、事情を理解してくれるだろう。ほかの兵士たちは、周防がいるものと信じて、いつもどおりに連行しようとしている。仲間になっている兵士は、だれもいないはずのその茶番劇につきあう格好だ。そして兵士たちは、前線基地へ向かっていった。

 イブキドヌシはだれも連行されていないことに気づくだろうが、記憶の蓄積はできないから、何者が本来捕まるはずだったかまでは理解できないはずだ。

 周防は、どちらの方向に進もうか迷った。

 あてがあるわけではないから、どこにでも行くことはできる。

「なんだ?」

 そこでやっと、自身におこった異変に気づいた。

 光の明度がちがう。

 明るいところと、暗いところ、普通に見えるところ……。

 方角によって、明るさがちがうのだ。

 大半が普通の明度だが、ある方向が、明るくて暗い。つまり、二つの方向の明るさに異変があるのだ。

「桃の効果か?」

 そういうことにしておこう。なんの効果であろうと、異変がおこったのは事実なのだ。

 暗く見える方向と、明るく見える方向。

 どちらかに、通常とはちがうものが待っている……。あくまでも予想だが。

 じつはこのときすでに、周防はある推論をたてていた。

 月と太陽。

 つまり、暗いほうがツクヨミへ通じていて、明るいほうがアマテラスにつながっている。

 どちらを選んだとしても、地獄が待っている。

「……ここも、か」

 周防は、自嘲めいた笑みを浮かべた。

 冥界であり、死者の国にいるのだ。どこであろうと、地獄ではないか。

 まずは、暗いほうの道を選んだ。

 どちらとも因縁はあるが、もしツヨクミとの決着がついていないのだとしたら、早々につけなければならない。

 進んでも、なにもない。荒涼とした平原が続いているだけだ。

「ん?」

 ポツンとなにかが落ちている。

 前方、10メートル先。

 周防は、警戒しながら近寄った。

「これは……」

 弓。

 見覚えのあるものだ。

 ツクヨミが使っていた武器。

〈くくく、ようやく来たか〉

 声が響いた。

「ツクヨミだな?」

〈待っていたぞ〉

「待っていた?」

〈そうだ。おまえが来ることはわかっていた。これまでに、なんど時間を繰り返しただろうな〉

「ということは、それ自体、おまえがたくらんだことなのか?」

〈そういうことだ。正確には、考えたのは思兼オモイカネだがな〉

 オモイカネ──知恵の神だったはずだ。

「で、これからどうなるんだ?」

〈くくく、ずいぶんと余裕だな。これからおまえは、われらの復活の駒となるのだ〉

「あいにくだが、おれもバカじゃない。その弓を拾い上げるなんて愚かな真似はしないさ」

〈くくく、どうかな?〉

「?」

 再びの異変。

 どういうことだ?

 身体が勝手に弓へ近づいていく。それどころか、あることを渇望している自身の存在に気づいてしまった。

 弓を取りたい。

 強く願っている自分がいる。

「どういうことだ……」

 それこそ、喉の渇きを我慢できないように、心と身体が反応している。

「これは……」

 術にかかっている──本能的に思った。

 一瞬、あの桃か、と考えた。が、そうではないだろう。この術は、もっとまえにかかっている……そんな予感がある。

〈思兼の策は、用意周到よ。おまえは、そのときから、こうなるように動いていたのだ〉

 思い当たることがった。

「オカミ……」

 出雲の旅館で憑かれた水の神……。

 幻術をかけられたのだ。

「まさか……」

〈そうだ。おまえはずっと、淤加美オカミに篭絡されていたのだ〉

 周防は、ついに弓を手に取ってしまった。

〈さあ、それを天に向かって射るのだ〉

 弦をしぼって、空を狙った。

 矢は手にしていないはずなのに、矢をつがえる感触が腕に伝わっている。ツクヨミの射る矢が、眼に見えないことを周防は身をもって知っている。

 あのときの矢と同じものだ。

〈それが、月弓つくゆみだ〉

 周防は、見えない矢を放った。

 見えないはずなのに、神々しい軌跡をともなって、渾身の一矢が天空を駆け抜けていく。

〈これでいい。これで、おれは復活する〉

 満足げなツクヨミの声が、空間に響いた。

 しばらくはなにもできず、弓をかまえた姿勢のまま立ち尽くしていた。弓自体は、周防の腕からなくなっていた。それこそが、ツクヨミが復活したという証拠なのだろうか?

「くそ……」

 ようやく腕をおろして、周防は悔しさをもらした。

 しかし、悲観しているばかりではない。すでに頭を切り替えている。いまの出来事も、ループでもとにもどるのかどうか……。

 一つわかっていることは、ツクヨミが予定外の行動をとれるということだ。そうでなければ、いまの会話は成立しない。ここに来て、はじめてツヨクミに会ったのだ(実際には弓に会っただけだが)。もし予定外の行動をとれないとしたら、これまでツクヨミは、だれもいない場所で独り言をしゃべっていたことになる。

 あとは記憶の蓄積があるのかどうか……。

 おそらく、イブキドヌシと同じようなことではないかと周防は睨んでいる。つまり、ループの軌道から外れることはできても、記憶の蓄積ができない。

 希望的観測かもしれないが、そう考えて、これからの行動を決めるべきだ。

「さて、あとはどうするか……」

 見極めるために、このままループさせたいところだが、うまく時間が過ぎてくれるかどうかが問題だ。周防の視界には、まだ桃の効力が残っている。このまま、もう一方にも行ってみるべきか……。 

 そちらには、まちがいなくアマテラスが待っているだろう。

「いや、それを考える必要はない」

 すぐに悟った。もしツクヨミの復活を手助けしたのが、オカミという水神の術にかかっていることが原因だとしたら、自分の意思にかかわらず、アマテラスのもとに向かってしまうはずだ。

 とにかくいまは、通常どおりの行動にもどすことにしよう。

 周防は、前線基地をめざして歩き出した。

 が──。

 足が動かない。

 いや、勝手に動き出している……。

 明るい方向に足が向いている。

「やはりな……」

 想像どおりだった。

 このまま進んでしまうと、アマテラスのもとに行き、いまと同じように復活の手助けをしてしまう。

 アマテラスの復活さえ防げば、まだどうにかなるかもしれない。それまでに、ループをさせるしかない。

 千鶴に連絡がとれれば、イブキドヌシの戦車に乗り込んでもらって、強制ループされる方法がとれるのだが……さすがに彼女も、こんな状況になっているとは思わないだろう。

「……」

 これは周防の予想でしかないが、アマテラスも復活させてしまったら、どんなにループさせても危機的状況は変わらなくなるのではないか。

 表現は難しいが、このループ現象そのものが、アマテラス復活のためにもうけられたシステムなのだ。

 このまま進んだら、日本は──人類は、再び手痛いダメージをうける。それを阻止するためにも、この足を止めなければならない。

 周防は、迷わなかった。

 草薙剣──天叢雲アメノムラクモ

 鈴宮から返してもらったわけではないが、この剣は主の意に従う。

 地面から剣を引き抜くと、自分の足の甲を貫いた。

 苦痛は承知のうえだ。

「ぐっ!」

 声を噛み殺した。

 これで足は動かない。

 オカミの術に対抗するには、神剣の力で対抗するしかない。

 あとは、時間が過ぎるのを待つだけだ。



 たいぶ経過した。

 もうそろそろループしてもいいころだ。

 限界が近い。剣での抑制をぶち破りそうなほどに、足が動き出そうとしている。

 地面に深々と刺さっているはずの神剣が、浮き上がってきた。このままでは、数分もしないうちに枷がはずれる。

 そうなったら、もうアマテラスのもとまで前進するしかない。もう片方の足を貫くという方法もあるが、そこまでの体力は残されていない。体内の血液がほとんど放出されている。ここが冥界だからこそ生きていられるのだ。

 本当は死んでいない自分たちが、これ以上の痛手をうけてしまうと、ここからもどっても蘇生できるかわからなくなる。

 ぐ、ぐぐぐ。

 足がもちあがっていく。

 地面に刺さっている神剣が抜けて──。

 そのときだった。

 世界を吹き飛ばすような風が吹いた。

 風廟!

 周防は、神剣もろとも吹き飛ばれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ