20 期待
撤去作業の途中から、マスコミの人間がいることには気づいていた。しかし、取材よりも作業を優先し、無視していた。
「山神君。テレビ局の人が話を聞きたいって言ってるにゃ」
作業が終わったところで、修介は恵美に声を掛けられる。
「田中さんがやっておいてよ」
「無理にゃ」
「面倒くさいんだよなぁ」
修介は煩わしそうに、マスコミへ目を向ける。マスコミの人間は約10人で、カメラは二台。今は、施設の職員の人が対応している。
いつもならハトエに任せているが、そのハトエはいない。だから、自分でやるしかない。修介はため息を吐いた。
そのとき、どよめきが起こった。
施設の前に、黒くてごつい装甲車が停まったからだ。その車両には『次元対策部隊』のマークがあって、黒い制服を着た二人の男が、車から降りてきた。三十代半ばに見える渋い顔つきの男と、雪だるまのように頭と胴が丸い男だ。男たちは迷うことなく、修介の下へやってきた。
渋い顔つきの男に修介は覚えがあった。前に仕事をしたことがある、トップでBランクの笹倉孝彦だ。孝彦を前にして、修介は踵を合わせ、敬礼した。
「お疲れさまです」
「そんな堅苦しくしなくていい」孝彦は苦笑する。「久しぶりだな。山神」
「はい。お久しぶりです」
「迎えに来た、でいいんだよな?」
修介はすぐに答えなかった。この場にいるすべての人間が修介の言動に注目していることに気づいているからだ。
修介は自分がすべきこと、そして、求められていることについて考え、口を開いた。
「……はい。今、電話をするところでした」
「そうか。それは、ナイスタイミングだった」
「修介!」友久が駆け寄って、修介の手を握った。「頼んだぞ! あいつを倒せるのは、お前しかいない!」
他の人たちも修介のそばに集まって、期待と激励の言葉を次々と口にした。修介はそれらの言葉を真摯に受け止める。
ここぞとばかりに、レポーターの女がマイクを向けた。
「山神さん! 意気込みをお願いします!」
修介はカメラに向かって、決め顔で言った。
「モンスターは俺が倒します。だから、被災地の皆さんは、安心してください!」
わぁっと歓声が上がった。修介は声援に背中を押されながら、孝彦とともに車両へと向かう。
「羨ましいほどの応援だな」と孝彦。
「仕方ないでやんす。地元の次元対策でやんすからね」と雪だるまめいた男。
修介は、恵美がついてこないことに気づき、振り返る。恵美は戸惑った表情で、群衆に混じっていた。
「あの」と修介は孝彦を呼び止めた。「友達も連れて行っていいですか?」
「友達?」
「一応、ユースのCランクなんで、次元対策部隊に興味があるみたいなんですけど」
「べつに構わないが」
「ありがとうございます」
修介は恵美に駆け寄って、手を握った。
「行くよ。一緒に」
「でも、私が行っても」
「こういう経験も必要だぜ。それに、いずれ故郷を守りたいと思うなら、次元対策部隊と仕事をしてみるのもありだ」
「……わかったにゃ」
「よし。次元対策部隊に興味があるということにしておいたから、そのつもりで対応してくれ」
「うん」
修介は恵美を連れ、孝彦の下へ戻った。
「すみません、わがまま言って。Cランクの田中恵美さんです」
「よろしくお願いします」
恵美はおどおどしながら頭を下げた。
「笹倉孝彦だ。よろしく。これでも、トップのAランクだ」
「へぇ。すごい」
「丸井丸介でやんす! 俺っちは、トップのDランクでやんす!」
「……よろしくお願いします」
恵美が奇異な視線を向けても、丸介は気に素振りを見せない。堂々とした出で立ちで、後部座席のドアを開けた。
「どうぞ、乗るやんす!」
「ありがとうございます」
修介が先に乗り、恵美が後に続いた。
「な?」と修介は恵美にささやく。「トップランカーって言うのは、少し変わってるんだよ。それはトップでも同じだ。だから、猫キャラでも問題ないのさ」
「う、うん……」
恵美は困り顔で頷いた。
車が走り出す。修介は多くの人に見送られ、施設を後にした。
「やっぱり、山神君って熱い人なんだにゃ」と恵美。
「そうかな」
「そうだよ。瓦礫の撤去も手伝ってたし、それに、こうやって地元の人のために、モンスターを倒そうとしているにゃ」
修介は窓の外を眺め、気難しい顔になる。
「本当は嫌なんだけどさ、誰かに期待されるのって。だって彼らは、俺の気持ちなんて考えないで、一方的に期待だけを押し付けるから。ここだけの話だけど」修介は恵美の耳元で囁いた。「そう言うのが煩わしくて、降格した」
「そうだったの?」
「もちろん。それだけが理由じゃないんだけど。でも、降格して、まだ数週間しか経っていないけど、すでに実感してるよ。俺に対する期待はランクとは関係ないんだって。こういう言い方をすると語弊があるんだけどさ」
「ふぅん。確かに、私もそんな一人にゃ。でも、いいな。そうやって、期待されて、それに応えることができるんだから。私なら、あんな風にテレビに向かって言えないにゃ」
「まぁ、あの場面で、弱気なことを言うわけにはいかないからな。『闘気』は伝播する。そう教えてくれた師匠にぶん殴られる」
「どういう意味にゃ?」
「俺は『闘気』という特殊な精神エネルギーを扱える。この闘気と言うのは、詰まる所、勝つ! と言う俺の闘志が現れたモノなんだ。そしてこの闘気は、他人にも伝播させることができるんだ」
修介の左手が、赤い光に包まれる。
「触ってみ」
恵美はおそるおそる修介の左手を握った。ビクッと体が震え、顔に驚きの色が広がる。
「何これすごい! やる気がみなぎってくるにゃ」
「こんな感じで、闘気を介することで、俺の闘志を伝えることができる。ただ、師匠は言っていたんだ。真の『闘う者』は、闘気なんて使わなくとも、闘志を周りに伝播させることができるって。お前はそんな男になれ! と師匠に言われ続けた。だから、ああいう場面では、ついつい調子の良いことを言っちゃうんだよね。そこに本心が無かったとしても」
「なるほど。それでも、山神君の言葉で、勇気づけられる人がいるんだから、すごいにゃ。私も、そんな風に、多くの人を勇気づけられるような、そんな人間だったら良かったのに……」
恵美は寂しそうに目を伏せた。
「なら、これからそういう人間になればいいのさ。それが、前を向いて生きるってことだろ?」
「……そうだにゃ。頑張るにゃ」
「そうだ。その意気だ」
修介は励ますように微笑みかけた。




