21 次元対策部隊
市役所は破壊されなかったため、次元対策部隊は市役所に作戦本部を開設したらしい。
市役所の駐車場に車を停め、市役所へ向かう。
そのとき、「どうしてもっと早く来なかったんだ!」と叫ぶ男がいた。
男は孝彦たちへ詰めようとする。が、市役所員たちがその行く手を阻む。男は市役所員に抑えられながら、怒号を飛ばす。
「お前らがもっと早く来ていれば、娘や妻は死なずに済んだんだぞ!」
孝彦は立ち止まり、厳めしい表情で深々と頭を下げた。
なおも男の怒りは収まらない様子だが、孝彦はそれ以上取り合わず、市役所へ入った。
「損な役回りでやんす」丸介は肩を落とす。「俺たちだって、頑張ってるのに……」
「仕方ないことだ。実際、俺たちがもっと早く着いていたら、救えた命があったことは事実だから」
修介と恵美は気まずそうについて行った。
対策本部には、長方形に机が並べられ、パソコンが何台か設置されていた。孝彦たちと同じ、黒い制服を着た次元対策部隊の隊員たちは忙しなく作業をしていた。
「皆、聞いてくれ」
孝彦の声に、隊員たちは手を止め、顔を向ける。
「ユースAランクの山神修介が、本作戦に加わることになった」
「はい」と眼鏡をかけた小太りの男が手を挙げる。「そのような書類は受け取っていませんが」
「今から書かせる」
「なら、まだ、加わってはいないのでは……」
孝彦は小太りの男を睨んだ。男は恐縮し、口を閉ざす。
「他に質問はあるか?」
「……はい」
小太りの男が遠慮がちに再び手を挙げる。
「何だ?」
「そちらの少女は?」
「山神の友達だそうだ」
「友達? つまり、部外者ということですか?」
「そう、なるな」
「あの」と修介が口を開く。「彼女は次元対策部隊に興味があるらしくて、丁度いい機会だし、見学させたいと思うのですが、駄目ですか?」
「見学?」小太りの男は首をひねる。「この非常事態に見学? 聞いたことがないなぁ」
修介はイラッとしながら答える。
「彼女は一応、ユースのCランクです。だから、作戦に参加する資格はあるはずです」
「今回の任務はAランクに引き上げられました。そのため、ユース参加対象者はSランクだけ。君もギリギリアウトなんだけど」
「俺が許可する。山神も彼女も俺の権限で参加させる。それで書類を作り、申請しろ」
いいな? 孝彦の威圧的な目つきに、男は首を小さくして、頷く。
「ありがとうございます、笹倉さん」
「あ、ありがとうございます」
「いいんだ。優秀な超能力者を育てるのもこの仕事だ」
会議を始めるとのことだったので、修介と恵美は端の方に椅子を並べ、座った。修介は隊員からもらった資料に目を通す。
「モンスターの特定はできたか?」
孝彦の問いに答えたのは、髪がぼさぼさの男だ。
「完全に一致するモンスターは見つけられませんでした。しかし、モンスターの特徴から推測するに、200X年にアメリカに出現したアラクネの亜種と思われます」
「それは確かか?」
「はい。おそらく」
「そうか。200X年のアラクネか……」
どんよりと重苦しい空気が流れる。恵美はいまいちよくわかっていないようなので、修介は声を潜めて説明する。
「200X年のアラクネは、別名、『霧の女王』とも呼ばれる、これまで現れたモンスターの中でも上位に入るほど強力なモンスターだ。このモンスターは、上半身が女で胴体が蜘蛛になっている。女と言っても、教会にあるような、女を模った石膏めいた姿をしていると言われ、上半身は胴体に比べると小さい。ただ、そもそものサイズがでかくて、高さが40mはあるらしい。
そして、モンスターの周囲1kmには濃霧が発生し、これはアラクネにとってのクモの糸なんだ。つまり、アラクネは三次元にクモの巣を展開し、その濃霧には粘着性があって、はまると動けなくなる。そして暴れると場所を教えることになって、アラクネに食べられる。
アラクネの恐ろしい点はあと二つあって、一つは体がかなり硬いこと。戦車の砲撃ですら傷をつけることができない。そして二つ目は驚異的な再生能力だ。必死で傷を付けたとしても、あっという間に傷口がふさがっちまう、恐ろしいモンスターなんだ。だから、アメリカでは、核爆弾を使い、一瞬でケリをつけた」
「へぇ」
「少しずつモンスターの勉強もしていった方がいいよ」
「う、うん。ごめんにゃ」
丸介が渋い顔で口を開く。
「アラクネでやんすか。霧は発生していないでやんすよ」
「だから、亜種なんじゃないかと。それに報告されていたアラクネの体色は白でしたが、今回のアラクネの体色は黒でした」
「今回、アラクネは意図して、破壊活動を行っていたんですか?」と修介。
「いや」と白衣を着た初老の男が答える。「おそらくは探索行動だ。自分が来た環境について知ることを目的に行動していたように見える」
「その過程で、結果的に街が壊されたということですね?」
「そうだな。我々だって、部屋が散らかっているとき、わざわざゴミをよけながら歩かないだろう?」
「攻撃はしたんですか?」
「していない」と孝彦。「我々が到着したとき、軽い興奮状態にあったから、被害拡大をふせぐため、攻撃は与えていない」
「どうやって、山に誘導したんですか?」
「車だよ」と白衣の男。「アラクネは車に反応し、追いかける傾向にあった。だから、車を使い、山の方まで誘導した」
「そしたら、忽然と消えた、というわけですね?」
「そうだ。と言っても、山に誘導してすぐに消えたわけではない。しばらく山の麓で車を探していたが、見えなくなると街の方へ戻ろうとしたから、再び車を使って山の方へ誘導する。ということを繰り返しているうちに、いつの間にか消えていた。おそらくだが、朝になったから消えたんだと思う」
「どうして、そう思うんですか?」
「アラクネは光を嫌っていた。車に反応していたのも、厳密に言うと、車のライトに反応していたからだ。実際、同じ車種の車で、ライトを点けた車と、ライトを点けていない車で、逆方向にそれぞれ走らせてみたところ、アラクネはライト点きの方を追って行った」
「へぇ、すごい。そんな習性まで見抜いたんですね」
「この仕事で、もう何十年も食べてきたからな」
「アラクネはそれで、どうやって消えたんでしょう?」
「さあな。そこまではわからん。消えた瞬間の映像を観ても、よくわからん」
「死んだのでしょうか?」
「今日の夜になればわかる。もしも、やつが生きていたとしたら、再び現れるだろう」
「なるほど」
議題が移り、再びアラクネが現れた際、どのように対応するかについての話し合いになった。
「角間博士。やつがアラクネだったとして、どうして、クモの糸めいた霧? が発生しなかったんですか?」
孝彦は白衣の男に答えを求める。
「ストレスかもしれない」白衣の男、角間は答える。「新しい環境に来て、不調になることは、生物ならありうることだ」
「じゃあ、仮に、やつが生きていたとして、次は霧が発生する可能性が?」
「あることも考えられるし、無いことも考えられる。こればかりは実際に出現してみないとわからない」
それから議論を進めるものの、相手の情報が少ないために、十分な結論を出すことができなかった。
「いったん、休憩にしよう」
孝彦の言葉で、会議は一時休憩となった。
ざわつく会議室。恵美は大きなため息を吐いた。
「外の空気でも吸うか?」
「うん」
「緊張した?」
恵美は頷く。
「いるだけでも、緊張はするもんだにゃ」
「経験しておいて良かっただろ?」
「うん。ありがとにゃ」
修介は支給されたペットボトルをもらい、恵美を連れ、市役所の外に出た。




