19 再会
家のそばまで来て、恵美の顔が強ばった。
「どうしたの?」
「いや、よくよく考えたら、男の子の家に入るの初めてだにゃ、と思って」
「気にすんな。たいした家じゃないから」
「そういう問題じゃないなんだよにゃぁ」
ためらう恵美をつれ、修介は玄関の前までやってきた。戸を開け、「ただいま」と声を掛ける。玄関の先には居間があって、居間から祖母が顔を出した。
「あら、おかえり」
「心配だったから、帰ってきた」
修介は振り返り、恵美を招きいれる。
「こちら、友達の田中恵美さん」
恵美が一礼すると、祖母は人懐こい笑みを浮かべ、お辞儀した。
「可愛いお嬢さんだごと」
「いえいえ、そんな」
恵美は恐縮しながら応えた。
ご飯を食べたかどうか聞かれ、「食べていない」と答えると、居間で待つように言われた。
恵美を居間に案内する。居間には祖父がいて、恵美を紹介すると、ニコニコ顔で迎えた。
祖母は冷たい白米と漬物を持ってきた。今、停電状態にあるらしい。とくに不満はないので、ご飯を食べながら、二人に災害の様子を聞いた。
二人は、二時ごろに警報アラートが鳴って、起きたと言う。外に出て、辺りを確認したところ、街の方に巨大なモンスターの姿があったことから、家族全員で地下室に避難し、朝を迎えたとのことだった。
それから近所の人たちと情報を共有したところ、市街地で大きな被害があったこと、モンスターが山の方へ逃げていったことがわかったらしい。現在、モンスターの行方を追っているが、未だ見つからないため、避難するように言われているらしい。だから、祖母たちは、一時間後に隣町の親戚の所に避難するそうだ。
「だいたいの話はわかった」と修介は言う。「まぁ、皆無事そうで良かったよ」
そのとき、玄関の戸が開いて、母親の声がした。
「修介いる?」
「いるよ」
「ちゃんと来れたんだ」
母親は居間にやってきて、修介の隣にいる恵美を認め、目を丸くする。
「彼女?」
「違う、友達。色々あって、一緒に来たの」
「ふぅん。修介の母親です」
「あ、どうも。田中恵美です……にゃ」
赤面し、消え入るような声で『にゃ』と言う恵美。
「にゃ?」
目で疑問を投げかける母親に、修介は言った。
「病院の方はいいの?」
「よくないけど、あんたが帰ってくるって言うから」
「んじゃあ、また戻るんだ」
「うん」
「ならさ。ひい婆ちゃんの施設までついでに乗せてって」
「うん。それはいいけど……ひい婆ちゃんを探すの?」
「ああ。もしかしたら、まだ生きているかもしれない」
ということで、修介は恵美とともに曾祖母がいた施設まで、母親に車で送ってもらった。恵美には家にあった厚手のパーカーを渡した。母親は恵美に興味津々といった感じだったが、修介は街の損壊状況の方が気になったので、母親に色々聞いた。
母親によると、モンスターは最初、市街地の北部に出現し、南部へ移動した。駆けつけた、モンスター戦に特化した組織『ヒーロー部隊』によって、山の方へ誘導されたが、彼らの前で忽然と姿を消し、現在捜索中とのことだった。
曾祖母の施設は、モンスターの進路上にあったため、踏み潰されたらしい。
「お父さんの話によると、ひい婆ちゃんは、職員の人たちに自分を置いて逃げるように言ったらしいよ」
「へぇ」
修介は、痛ましそうに窓の外へ目を向ける。懐かしい風景は破壊され、倒壊した家屋が所々に見える。その家屋の前に立つ人々の顔は、絶望に染まっていた。
施設に到着する。施設もまた、瓦礫の山となっていた。
車を下りて、修介は「ありがとう」と言った。
「しばらくいるの?」
「わからん。状況による」
「そっか。それじゃあ、また後で」
「お母さんも気を付けてね」
「はいよ。恵美ちゃんもまたね」
「はい。ありがとうございました」
二人は母親を見送り、瓦礫の山へ向かう。
地元の人たちが、協力しながら瓦礫を撤去していた。
「あっ、修介!」
その中に見知った顔があった。小学校のとき、仲が良かった佐藤友久だ。友久の声に反応し、その場にいた人々の視線が修介に集まって、ざわつく。
「修介!」
友久が駆け寄ってきた。
「帰ってくるって噂があったけど、本当だったんだな! 久しぶり!」
「久しぶり。元気そうで良かったよ。家の方は?」
「大丈夫だった。もう少しで潰されるところだったんだけど」
「それは運が良かったな」
「ああ、本当に。死を覚悟したね。でも、修介が来たからには、もう安心だな」
友久は笑う。煤だらけの顔には疲れの色はあったが、その目に輝きが宿る。
「どうして?」
「だって、修介がモンスターに負けるわけがねぇもん」
友久は自慢げに修介の肩を叩いた。
修介は苦笑で応える。
「でも、修介がどうしてここに? 作戦会議はいいのか?」
「ひい婆ちゃんが、この施設に入っていたからな」
「あぁ、なるほど……」
友久は気まずそうに目をそらした。
「友君はどうしてここに?」
「親父に言われて」
「なるほど」
「あの、菊さんのお孫さんですか?」
声を掛けられ、振り返る。職員と思しき、若い女が立っていた。女はずっと泣いていたのか、目が赤く腫れていた。
「そうですけど」
女はおもむろに膝を着き、頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいで菊さんは……」
「いやいや」修介は困り顔で片膝を着き、顔を上げるよう促す。「土下座なんかしなくてもいいですよ」
「でも、私のせいで、私があのとき、見捨てなければっ」
「うちのひい婆ちゃんが逃げるように言ったんでしょ? なら、べつに見捨てるだなんて思わなくとも。ひい婆ちゃんもあなたに生き延びて欲しいと思っていただろうし、見捨てただなんて絶対思ってないですよ」
「うぅ、でも」
困っている修介の下に、ベテランと思しき女性職員がやってきて、女を慰める。修介は女性職員に対応を任せ、瓦礫の方へと向かった。
作業していた男たちは、瓦礫の前に並び、修介を迎えた。その中に、友久の父親を見つけ、会釈する。すると友久の父親は白い歯を覗かせて言った。
「いやぁ、頼もしくなって、帰ってきたな」
「だと、良いんですけどね」
修介は職員と思しき男に声を掛けた。
「この下にまだ、ひい婆ちゃん以外の人たちも?」
「はい」
「そうですか。手伝いますよ」
「ありがとうございます。それじゃあ――」
職員の説明を聞き、修介も瓦礫の撤去を手伝った。
修介の登場によって、驚くべき速さで、瓦礫が撤去されていった。修介がおもちゃを片づける感覚で、重い瓦礫も軽々と持ち上げるからだ。瓦礫の撤去を行っていた男たちも驚きと喜びを隠せない様子だった。
しかし、喜ばしいことばかりではない。
修介が瓦礫を持ち上げたとき、瓦礫の下にいた老人を見つけた。老人の顔を見て、修介の顔に哀悼の意が滲む。
「あの、すみません」
修介の声のトーンで、男たちも察したのか、唇を結んで、修介の下に集まった。
「相沢んとこの爺さんだ」誰かが言った。「へっ、なんて幸せそうな顔をしているんだ」
確かにその通りだった。老人の顔からは、この世に対する未練が全く感じられなかった。
男たちは手を合わせ、その老人の冥福を祈り、運び出した。
それからも作業を続け、修介はようやく曾祖母と再会した。
幸いなことに、曾祖母は潰れていなかった。しかし、亡くなっていることは一目でわかった。
修介は、綿のように軽い曾祖母を抱きあげて、他の老人たちの隣に寝かせた。
じっと曾祖母の顔を眺める。眠っているだけのように見える穏やかな顔だった。
先ほど女を慰めていたベテランの女性職員が、修介のそばに立って、言った。
「お悔やみ申し上げます」
「……不思議なものですね。もっと、怯えるような顔をしていると思いましたが、幸せそうな顔をしています」
「幸せだったんじゃないですかね。実際、菊さんはいつも明るく、周りの人たちに元気を分け与えていました」
「そうなんですか?」
「ええ。そういう家系なんですね」
どういう意味だろう? 修介は不思議そうに顔を上げた。
「気づきませんか? あなたが来てから、皆の顔が明るくなったんですよ。皆、明るく振る舞っているものの、また、いつ襲ってくるかわからないモンスターの脅威に怯えていました。しかしあなたが来て、皆、安心したんです」
修介は複雑な表情で、目を落とした。
「菊さんはよく言っていました。ひ孫が世界を救う、と。モンスターが現れたときも、『ひ孫が絶対に化け物を倒す。だから、未来あるあんたらは早く逃げろ』と菊さんはおっしゃいました」
「ひい婆ちゃんがそんなことを……」
「ここに眠る他の方々も、菊さんの意見に賛同し、私たちに逃げるように言ったんです。だから、皆、苦痛とは無縁の顔をしている。これは、私の都合の良い思い込みかもしれませんが」
「……なるほど」
修介は老人たちに目を走らせる。
この老人たちは自分に未来を託したというわけか。
修介は曾祖母に視線を戻す。誇らしそうにも見える寝顔を見て、面倒なことをしてくれる、なんて、恨む気にはなれなかった。




