GW2日目
「ふぅ、始めるか」
家の家事を済ませて、椅子に座ると机の引き出しからVR機器を取り出す。
そのまま装着して電源をONにすると、今ではもう見慣れた宇宙の空間がやってくる。
そこでふわふわ漂っているといつものようにアイコンが目の前にやって来るので、リヴィエラのアイコンを押そうとしてふと手を止めた。
メールのアイコンが揺れていたからだ。
新しいメールが来ているときにこの動きをするので、先に確認することにした。
「へぇ、アイツからか」
送信元には八咫の名前が。
今回のイベントのお誘いだった。
「柚は予定が急に入って今日参加できないみたいだし、葵達も今日は無理だったからな。丁度いいな」
せっかくのイベントだ。
一人でするのもいいが、折角の誘いだ。
ありがたく参加させてもらおう。
「よし、送信っと」
返信して、リヴィエラのマークにタッチする。
すると、目の前のアイコンが何処かに行き、体が引っ張られる。
「うおっ」
体を引っ張られるような感覚と共に、周囲の星がどんどん後ろに消えていき、加速していく。
そして一瞬で白い空間へとやってくる。
「えっと、シズだな」
目の前に自分のアバターが表示されて、真っ黒な男がでてくる。やっぱり全身真っ黒はやり過ぎだよなぁ。普通に威圧感があるぞ。
自分のアバターの名前欄にタッチするとそのまま自分のアバターに入って行く。
体がシズに馴染んだころ、目の前に空間が捻れて空白ができ、そこからメルヴィさんが現れる。
「シズさん、こんにちは」
「こんにちは、メルヴィさん。そういえば久しぶりですね」
「そうですね。私の仕事は主にイベントの告知などですから。特にお知らせがない場合はこうやって来ることも少ないですね」
そういえばそんな説明をしてもらった覚えがある。
「そうでしたね。ということは今日は何かお知らせが?」
「ええ、今回はGWイベントのお知らせです。開催場所は『イノヴァの森』と呼ばれる森です。参加者の皆様にはその森に転移してもらう事になります」
「転移ですか?」
「ええ、噴水広場にイベントの受付がありますので、そこでエントリーしてください」
「噴水広場ですね。わかりました」
「また、今回のイベントでは新要素としてボスエネミーが存在します」
なんとと物騒なネーミングだ。
嫌な予感しかしない。
「ボスエネミーですか、今までは居なかったんですか?」
「ええ、このイベントでは基本的にトラベラーの皆さんにはモンスターを討伐してポイントを貯めてもらい、それで装備やアイテムを揃えてもらい、その後の冒険を楽しんでもらっていました。とはいえ、何度もやっていればマンネリ化してしまうのも必然です。ですので、今回はボスエネミーを新要素として加えました」
「……はぁ」
メタいメタい。
なんか運営側の裏情報を聞いてしまったような気がする。
必要ないことまで喋ってないですか、メルヴィさん。
「ボスエネミーねぇ」
「はい、シズさんもこのイベントでレベルをガッツリ上げて、是非討伐を目指してください」
「うーん、そんなにレベル上げするつもりはないんですよ。のんびりイベントを楽しむつもりでしたから」
確かにボスエネミーにも興味があるし、レベル30の目標もたててはいた。
でもそんなに早くレベルも上がらないだろうし、そもそもボスエネミー討伐なんて高レベルトラベラー向けの要素のはずだ。
しかもボスって事は多分エリアの奥にいるはずだ。
そこまで行けるのかという問題もあるだろう。
それにPKだっているはず。
そんなに簡単にはたどり着けないだろうな。
「のんびりイベントを満喫するつもりなので、多分ボスエネミーはスルー」
「それは無理です」
「はい?」
食いぎみに否定されてしまった。
こんなにはっきり否定されるとは思っていなかったから正直驚いている。
「えっと、何が無理なんです?」
「のんびりイベントを満喫の部分は大丈夫だと思います。ですが、ボスエネミーをスルーするのは恐らく無理かと」
「何でです?」
「まずボスエネミーは移動型ですので、全く会わないということはないでしょう」
「......移動型って事は森中全部が移動範囲ってことですか?」
「そうなります。他のトラベラーと協力しながら攻略法を探していってください」
「あ、はい。分かりました」
「後、基本的にこのイベントではPKされることは殆どないでしょう」
「そうなんですか?」
「ええ、基本的にレベルを30まで落とされますし、レベル差があるトラベラーをPKした場合はポイントにペナルティがありますから」
「へぇ、じゃああんまり心配しなくてもいいのかな」
「ただ、ペナルティを気にせずPKのみを目的に参加しているトラベラーもいますので、全く危険がないとはいえないです」
「あー、全くいない訳ではないんですね」
「まぁ、そうですね。それに上位トラベラー同士戦いに巻き込まれる事もあります」
「上位トラベラー同士の戦いですか?」
「はい、レベルが同じになりますから、格下が下剋上するチャンスでもあるんですよね。有名なトラベラーを倒せば注目されるわけですし、ギルドにスカウトされるチャンスでもあります」
そう言われてみればそうか。
基本的にレベルが一律になるんであれば、少しはチャンスが一応あるのか。
とはいえ、それだけでどうにか成る程甘くはないはずだ。
装備の性能でも変わってくるだろうし、スキルもレベルだったり使い方次第で、変わってくるだろう。
「それは、巻き込まれないよう気をつけます」
「まぁ、心配しなくても、シズさんにはバルムンクやすぃがいますから、頼れば喜んで力になると思いますよ」
「あー、そうですね。せっかくのイベントだから頼ろうと思います」
確かに、俺にはバルムンクとすぃがいるんだから、頼りにすればいいし、今回は八咫とも組むんだし、そこまで心配する必要もないだろう。
「それでは、私はこれで」
「ありがとうございました。イベント楽しみます」
「はい、満喫していってくだされば幸いです。では」
そう言うと、来たときと同じように空間が捻れて空白の中に消えていった。
「さて、俺も行くか」
ステータスのログインボタンを押し、そのまま光が自分を包みこむ。
次に目を開けるとユグドラのGardenに立っていた。
***
「さて、どうなりますかね」
メルヴィは目の前の空間を見ながら呟く。
シズには言っていないことが一つあった。
今回のイベントで注意すべきはPKでもボスエネミーでもなかったのだ。
「全く、初日から飛ばし過ぎですよ」
目の前には昨日のイベントの記録。
参加トラベラー数百人。
その殆どが一人のトラベラーにkillされている。
「本人はPKの自覚はないでしょうね」
彼女にとってはただの移動でしかないのだろう。
周囲が勝手に巻き込まれただけでしかないのだから。
他のトラベラーからしたらたまったものでわないだろうが。
「はぁ、森であの炎は止めてほしいのですが」
映る『イノヴァの森』に、当初の緑は消えていた。
木は燃え盛り、地面には移動した跡のような、黒い焦げ跡が残っている。
あの炎に用意していたボスエネミーも倒されてしまった。
「まぁ、最初からボスエネミーは1日毎に一体のつもりでしたから別にいいんですが」
消されたのはマテリアルワームと呼ばれるモンスターだ。
本来は別のダンジョンのモンスターで、高レベルではあるのだが、このステージに入れるとレベル30になりステータスも大幅に下がってしまっている。
それでも耐性やスキルは高いのでそう簡単には倒されないはずだったのだが。
「さて、マニュアルに従って準備しておきましょうかね」
まぁ、こちらとしては問題はない。
ボスエネミーが倒されるのも予想してたし、準備もしてある。
「また今日も荒れそうですね」
彼女は祈る。
どうか彼の旅路が楽しいものでありますように。
そのためにこのイベントがあるのだから。
そして、どうかこれ以上森を壊すことがありませんように。
なにしろ、全ての後始末が自分の仕事なのだから。




