リーダーとして
ロドリーはディノス坑道の広間に入った瞬間嫌な予感がした。
広間にはエプロン姿の男が一人で悠然と立っている。
もう一人いたホビット族の男は見当たらない。
「へへ、一人かよ」
「一人で足止めのつもりか?」
一緒に来たパーティーメンバーが何やら相手に向かって話しているが、俺はそれどころではない。
相手がこちらがたどり着くのを待って、こちらが準備整えるのをわざわざ待つはずがない。
既に攻撃は始まっていると思うのが普通だ。
仮に攻撃がもう始まっているとして、相手は何を仕掛けているのか。
恐らく前にいる男は前衛職なのだろう。それも俺たち全員を相手に出来るほどの。
だとすれば、今隠れているもう一人の男は恐らく後衛職だろう。
攻撃がメインの職だとすれば、狙撃手か魔術師だろう。
狙撃手であればこちらが入った瞬間に矢が既に飛んできているはずだ。
魔術師であればこちらに対して何かしらの魔法を撃ってくる。
補助がメインだとすれば、付与術師か神官か、そこらへんだろう。
付与術師であれば目の前にいる男に何かしらの補助を使っているはずだ。
神官であれば回復魔法を使うか、聖属性の魔法を使ってこちらを攻撃してくるだろう。
そこまで考えてふと、疑問が出てくる。
(後衛職?あれだけの走りを見せておきながら?)
思い返すのは自分が追っていた近づく事の出来なかった背中だ。
前衛職ならば自分よりも早いというのは分かる。相手が自分よりもレベルもステータスもスキルも高かったらそりゃあ追いつけない。
だが、後衛職はどうだ。前衛職ならとにかく後衛職が追い付けない?それはあり得ないはずだ。
俺のレベルは67だ。きついレイドボスの攻撃も何とか躱せる程度にはレベルもステータスも上がっているはずだ。
仮に相手が、今のレベル上限である90まで上げているとしても、それが俺よりも早いなんてことはあり得ないはずだ。
一体どういう————
「おいおい、まだ攻めてこないのか?」
「っ!?」
目の前の男は、そんなこちらの考えを遮って挑発してくる。
罠であることは誰が見ても明らかなはずだ。だというのに————
「っち、なめんなぁ!」
「くたばれぇぇ!」
わざわざ罠に突っ込んでいくか、普通。
こちらが止める間もなく、勝手に突っ込んでいく二人。
一人は武闘家の餓鬼。もう一人は双剣士のゲザー。二人ともレベルは65だ。
『ブレイズキック!』
『ツインレイン!』
一気に詰め寄ってスキルを放った。
放ったハズだった。
『?』
スキルを使った二人も、それを見ていた俺も、後ろから見ていた5人も、何が起こったか分からなかった。
なにしろスキルを使ったはずの二人が、何もせず相手の前で突っ立っているのだから。
「な、なんで」
「もう一回だ、ツインレイン!」
ゲザーはもう一度スキルを使っているが、全く発動していない。
相手はにやにやとしてこちらを見ているだけだ。
明らかに隙だらけのこちらを、それでもなお見ているだけ。
「な、何で出ねんだよ!スラント!ソードブレイク!」
最初はバグか何かだと思った。
今までスキルが使えなかったことなんてなかったからだ。
だがそれはあり得ないことだ。あの二人が同時にスキルが使えないなんてピンポイントなバグが、このタイミングでおこるなんてことはいくら何でもあり得ない。
そこで俺はようやく自分のステータスを開く。
「なっ」
そこには全開まで溜まっているHPと、0になっているMPは表示されていた。
(嘘だろ!いつの間に!)
周囲を見ると、他のパーティーメンバーも同じようだ。
「お、ようやく確認したか?全く、HPとMPの管理なんて初歩中の初歩だろうが」
笑いながらこちらを見てくる。
確かに初歩中の初歩だが、それはモンスターやボスを相手にする時で、PKをしている時にHPやMPの管理をするわけがない。しかもこちらは狩る側にいたのだ。既にこちらが攻撃されている等と思うわけがない。
さらに言えば状態異常でもなく、HPへの攻撃でもなく、よりにもよってMPへの攻撃だ。
最悪なことにこちらは未だに何をされているのか分からない状況だ。
完全にあちら側のペースだ。
(MPを0に出来るスキルなんて魔術師のドレイン系統ぐらいのハズ。後は吟遊詩人ぐらいだが——)
「……あり得ない」
たとえ、そのどちらかだとしても。
魔術師だとしても、8人のMPを同時に、この短時間で0に出来るスキルは存在しない。
だとしたら吟遊詩人か。いや、もっとあり得ない。
吟遊詩人のスキルは魔術師よりも効果量は高かったはずだし、8人一斉に効果を発揮できるが、それでもこの短期間に0まで減らすことは不可能なはずだ。何より吟遊詩人のスキルは全て音を発するものばかりだ。さっきから何も聞こえていないのだから、吟遊詩人のものであるはずがない。
それなら新ジョブの類だろうか。これも可能性としては一応あり得る。今まで明らかにされていないジョブやスキルならこれらの状況を作り出すことも可能かもしれないが——
(これも、あり得ない)
だが、それもあり得ないことだ。新しいジョブの情報にはトラベラーは敏感だ。そして、それらの情報は掲示板などにあげられるか、情報屋で情報を買える。多数のトラベラー相手にMP攻撃が出来るジョブの情報なんて全くあがっていなかった。新しいジョブを高レベルになるまで隠し通せるなんて、それこそあり得ない。
「なぁ、考えてるところ悪いんだがよ、そろそろ俺も攻撃していいかねぇ?」
のんびりと、隙だらけに突っ立ていた彼は、何の武器も手にすることのないまま、そう語りかけてくる。
完全になめられてる。
とは言っても、こちらのメンバーは完全に意気消沈している。
ようやく自分たちが狩られる立場にいることを理解したのだろう。
何しろ何をされているのか全く見当がつかないのだ。
目の前の男がどのような戦い方をするのかすら定かではない。
だというのにこちらはスキルが使えず、後衛職がいないせいでこの状況を打破することもできない。
(このまま戦っても被害が増えるだけか……)
仕方なく前に出る。俺はこのパーティーのリーダーなのだ。
全滅を避けるために行動しなければならない。
この場で考えうる限り被害を最小限に下げる方法は——
「俺がリーダーだ。一騎打ちを申し込んでもいいか?」
「ロドリーさん!?」
「何を!?」
他のメンバーが何か言っているが、正直気にしている暇はない。
相手は明らかに格上。
いつ目の前の彼が動き出して、こちらが全滅に追い込まれるか分かったものではないのだ。
「一騎打ち?ああ、そういうことね……」
「……」
目の前の彼はこちらの意図に気づいたようだ。
こちらは冷や冷やしながら成り行きを見る。
こちらの意図に気づいたうえで、相手が判断を下すのだ。仮にNOだった場合は、こちらを完全に全滅させるつもりなのだから、何とか時間を稼いで仲間を帰還させなくてはならなくなる。
だが、どうやらその必要はないようだ。
「別に構わないよ」
「助かる」
礼を言い、パーティーを集めて帰還するように言う。
「何でですか、ロドリーさん!」
「スキルがなくても全員でかかれば何とかなるんじゃ……」
「いや、ならない」
『……』
まだ相手の力量が分からない者がいたので、その甘い提案をピシャリと否定する。
「明らかに格上だ。おまけに相手の手の内が分からないんだ。相手が悪すぎる。お前たちは戻れ」
「いや、リーダーを置いてなんて——」
「リーダー命令だ。まだ皆アイテムを倉庫に整理していないだろう。こんなところで全滅してしまえば、苦労が水の泡だ」
「……分かりました」
素直に従ってくれた。この時気づいたが、どうやら自分はリーダーと認識されていたようだ。あまり普段はリーダーらしいことが出来ていなかったので、今回リーダーと言ってくれたことに正直戸惑ってしまった。
だがまぁ、この対応でよかったのだろう。リーダーとしての務めを果たすことが出来たのだから。後は——
「待たせてしまって、すまなかった」
「いや、気にしなくていいさ。リーダーは大変だな」
「全くだ。自分には向いてないと痛感する」
「あんだけ慕われておいて何を言ってんだ。十分だろ」
「そうだといいんだがな」
正直自信がない。正直人と接するのは面倒なのだ。
リーダーとしてパーティーを引っ張ったり、面倒を見たり、そんなことが上手くできる自信がないのだ。
「さて、一騎打ちだったな、カンパネルラ!手を出すなよ!」
「了解でござるよー」
こちらが悩んでいる間に、目の前の男は仲間に声を掛ける。
正直驚いた。確かにこちらは一騎打ちを頼んだが、まさか仲間に手を出すなと言うとは。
こちらはPKを仕掛けた側なのだ。こちらの要求を聞く義理はないというのに。
「いいのか?」
「アン?良いのかって、お前が言い出したんだろうが。一騎打ちなんだろ」
「……分かった」
ここまで来たら全力で戦うまでだ。相手はこちらに誠意を持って対応してくれているのだ。
であれば、こちらもそれ相応の対応があるというものだ。その誠意を裏切るほど腐ってはいないつもりだ。
「ああ、それからお前の名前を教えといてくれ」
「……なぜ?」
「そんなもんお前、名前知らないとアイテムを返せないだろうが」
揺るぎない自信。
完全に自分が勝つことを疑っていない。
「……ふふ」
ここまでコケにされたら一矢報いたくもなる。
それに、これほどまでに格上の相手に挑めることも久しくなかった。
忘れていた熱が蘇ってくる。
だからだろう——
「ギルド『影狼』のロドリーだ!」
相手が誰かも確かめずに高らかと名乗り上げたのは。
「俺は元『牙』のクウネルだ。マルチウェポンって言った方が分かりやすいか?ま、精々楽しませてくれ」
名前なんか聞かなきゃよかった……。




