甘さ希望
「ふぅ、ひどい目に遭ったでござるよ」
「それは災難だったな」
「そもそも紫月氏が言ってきたんでしょうが!」
ようやく佳奈美さんに解放された葵はカウンターに突っ伏している。
「あのアイアンクロー、そんなに痛いのか?以前から何度も喰らってるだろ」
「痛いなんてものじゃないですな。何で自分はあんなことをしたんだろうって悟りが開けるレベルではありますよ」
「それは凄い」
「紫月氏も一度は喰らってるから分かるでござろう?」
「すまん、一度も喰らってないから分からない」
「へ?そ、そんな。だって自分と何度も」
「俺は引き際を間違えなかったからな」
「……因みに柚氏は?」
「ないよ」
「そ、そんなぁ。自分だけでござるかぁ、あれの痛み知ってるの。ってことは何でござるか?自分のリアクションが大げさだとお思いで?」
『……』
「二人とも!目を逸らさないでほしいでありますよ!」
「まぁ、今後も喰らうのは葵ぐらいのものだろ。知らなくても問題ないな」
「何を言うでありますか!苦楽を共にしてこその友ではござらぬか!」
「落ち着け落ち着け」
相変わらずテンションの高い奴だ。いつもついて行くのが大変だ。
因みに葵のしゃべり方はコロコロ変わる。よく1人称が「俺」になったり「自分」になったり「拙者」になったり、せわしない事この上ない。
いつか本人に聞いてみたことがあったが、
「拙者、ノリとフィーリングで言葉を選んでおりますので(キリッ)」
とかぬかしていた。
きっと天才なんだろう。凡人の俺には天才の葵の考えは分からない。
「何かどんどん目が遠くに離れて行っているような気がしますぞ!」
「気のせい気のせい」
「あ、これ、あしらう時のやつだ」
柚も俺と葵の会話を何度も聞いているので、流石にそれくらいは分かってくるようだ。
「はは、葵君はいつも元気だね」
「玄さん、聞いてくだされ!この二人、まだ佳奈美さんのアイアンクローを喰らっていないとかぬかしているのですぞ!」
「ああ、あれは痛いからねぇ……。ますます威力が上がっちゃって。一体だどうなる事やら」
『……』
場になんとも言えない沈黙が落ちる。
俺も柚も、流石に葵も気まずそうに眼を背ける。
そっか、喰らっているんだな、玄さん……。それもしょっちゅう。
「はい、コーヒーだよ」
「お、おお、かたじけない」
出してもらったコーヒーを口に運んで、顔をしかめる。
「ちょっ、玄さん!これグアテマラですよ!自分が頼んだのはニカラグアなのですが!」
「「いい女」からのプレゼントだそうだよ」
「ぬぅ、佳奈美さんの仕業でござるかぁ」
まあ、自業自得と言えなくもない。
佳奈美さんをコーヒーのグアテマラに例えて、インパクトしか感じないって言ってしまったのだ。
案の定アイアンクローを喰らっていたが。
「甘さがぁ、優しさが欲しいでござるよぉ」
項垂れながらも、淹れてもらったコーヒーはしっかりと飲むあたり、流石だ。
玄さんは笑いながら、また佳奈美さん達の所に話に戻って行った。
「そう言えば、結局どうなんだ?」
「ん、何がでござるか?」
「さっきの例えだよ。グアテマラの例え。あれ、本当にそう思っているのか?」
「……」
こいつは相手に向かって本心を語ることはあまりない。
殆ど普段のキャラでふざけて、相手に怒られて曖昧にすることが多い。
逆に言えば、葵がふざけている時は、こいつにちゃんとした思いがある時だと言える。
付き合いが長くなった最近、ようやく分かるようになってきたのだ。
「ん、まぁ、そうですなぁ」
「本人に言いずらい事だったの?」
柚も気になったらしい。
「いや、本人に面と向かって言うのはむず痒いものがありますからな」
自分の本心を伝えるのはむず痒い。ふざけて、それを受け入れられてた方が、楽だ。
それが葵がふざける理由らしい。
何でそういう考えになったのか、過去に何があったのかは分からないが、理由自体は分からなくもない。
自分の本心を言葉にするのは難しい。受け入れられるかどうかも分からない。
ならふざけていた方が楽なのだろう。
馬鹿にされたとしても、受け入れられなかったとしても、傷は浅くで済むから。
「深淵、でござるなぁ」
ポツリとそんな言葉をこぼす。
そして目をつむり語りだす。
「グアテマラのように強く、深く、圧倒的な存在感。それでいて時にキャラメルのように甘く、時に先が見えないほど遠い」
『……』
こちらが変に茶化すことがない事が分かっているからだろう。
普段学校で口にしないことも素直に話してくれる。
「いやぁ、何かと佳奈美さんには子供の頃からお世話になっていますので。憧れる背中には、まだまだ辿り着けないでござるなぁ」
「そうかい」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべる葵は、遠くを見つめていた。
***
「そう言えば聞いたでござるよ!紫月氏も柚氏もリヴィエラをしているのでござろう?」
「ああ」
「うん、委員長に聞いたの?」
「そうでござるよ!全く、水臭いでござるよ!自分もプレイしているので、今度一緒に遊ぶでござるよ!」
やっぱりリヴィエラはプレイしていたか。
葵の事だから相当やり込んでそうだ。LVも凄まじい事になってそうだ。
「分かった分かった。次の休みにでも一緒にプレイするか」
「いやいや、今日からでいいでござろう」
「いやお前、まだ宿題を済ませてないだろ?」
「紫月氏が皿洗いしている間にちょっぱやで終わらせましたよ!ドヤァ」
「最初っからそうしていればアイアンクロー喰らわずに済んだろうに」
まあ、それがこいつなりのコミュニケーションの取り方なのだろうな。
佳奈美さんもそれは分かっているようで、面倒そうにしながらも毎回飽きもせずアイアンクローを喰らわせている。
やれば出来ることも知っているので、宿題さえしっかりしていれば、学力に関しては特に心配していないようだ。
「分かった分かった。俺も帰って宿題するから、それが終わったら遊ぶか」
「それでは先にインしているでござるよ。んじゃ、玄さん、ご馳走様でした」
「ああ、またおいで」
そうして、嵐のように現れた葵は、来た時と同じように嵐のように帰っていった。
***
「あー、苦い」
帰り道、しばらくたっても消えないグアテマラの苦みに顔をしかめる。
ハッキリって、グアテマラは苦手だった。
今回は佳奈美さんの仕業だったが、折角玄さんが淹れてくれたからと我慢して飲んだ。
「久しぶりに飲むと、くるものがあるなぁ」
昔はよく玄さんにグアテマラを淹れてもらったものだ。
いつからだったっけ?
恋愛のように甘くて苦く、失恋のように尾を引くビター風味のグアテマラを飲まなくなったのは。
「あー、甘さが欲しい」
いつからか後味の良いニカラグアを飲むようになったんだったか。
「はぁ、はよ帰って久しぶりにインするでござるか」




