賑やか
「紫月君、そろそろ休憩していいよ。はい、ニカラグア淹れたよ」
「はい、ありがとうございます」
天気は雨、今日も学校が終わってから喫茶店でバイトをしていた。
どうやら今日は玄さんと佳奈美さんの知り合いが来てるらしく、珍しく佳奈美さんも来店していた。
「お疲れ様ー」
「ああ」
店内には他に柚が来ており、カウンター席で宿題をしていた。
隣のカウンター席に着いて一息つく。
「どう、バイトは慣れた?」
「ああ、ある程度な」
「そっか」
雨の音を聞きながら取り留めない話とコーヒーを楽しむ。
「紫月が言ってた意味が分かったよ」
「ああ、どうだった?」
「たまにはこういう時間の過ごし方もいいかもね」
「それは良かった」
今日は雨が降っていたので、学校帰りに柚を喫茶店に誘ったのだ。
それというのも以前雨の日に喫茶店でのんびりとした贅沢な時間を、柚にも楽しんでもらいたかったのだ。
ゆっくりと目を閉じる。
コーヒーの香り。雨の音。店内で響く玄さん達の声。
それらを楽しみながら、淹れてもらったニカラグアを口に運ぶ。
口に広がる香り、苦みが一瞬で口の中を駆け抜け、仄かに残る余韻を楽しむ。
なんとも贅沢な時間だ。
「よし、終わった」
「お疲れ様」
「ありがとう」
宿題が終わったのだろう。柚も目を閉じてコーヒーを飲んでいる。
微睡むような時間の中、深い香りに誘われるように眠気が出てくる。
「お邪魔しますぞ!」
「っ」
完全に油断していた。いつの間にか入り口に客が来ていた。
この天気だからもう客は来ないと思っていた。
こちらが顔を向けると、客もこちらに気づいて笑顔で近づいてくる。
「やっ!紫月氏、柚氏、お邪魔しますぞ!」
「葵?」
これはまた、珍しいお客様だ。
人懐っこい笑顔を向けるこの男は新島葵。その整った顔立ちと中性的な声から、学校で人気は高い。
重度のオタクで、高いテンションが相まって、女性陣から「黙ってさえいれば」と言われているが、決して嫌われている訳ではない。
あまり外に出ず、学校が終われば速攻で家に帰ってゲームか、隣町まで出て買い物かゲーセンに行ってる事の方が多いこの男が喫茶店に来るとは珍しい事もあるものだ。
「珍しいな、お前が喫茶店に来るなんて」
「薫氏に教えてもらいまして。紫月氏がバイトをしていると聞きましてな。同士のバイト姿を一目拝まなくてはと!」
「ああ、そっか。他のお客さんもいるから、ボリューム下げてな」
「お、失敬失敬」
俺の悪友の一人で、よく薫と3人でつるんではいる。
この前はゲーセンに行って格ゲーでボコボコにされた。
「とりあえず座れよ。お茶を出す」
「休憩中だったのでござろう?申し訳ない」
玄さんは奥で先生たちと談笑しているので、俺がお茶を入れる。
「おや、柚氏は宿題ですかな?」
「うん、今終わったところかな」
「それは丁度いい!自分が適当に書いたこの宿題と交換しませんか?」
「するわけないでしょ」
「なんと、ダメですか。仕方がない、ならば見せてもらう方向で」
「自分でちゃんとやるという選択肢は?」
「ないですな!」
お茶を持っていくと宿題を見せてもらおうとしていた。
葵は勉強ができない訳ではないのだが、出来る限り楽をしたいという性格なので、よくこうやって宿題を見せてもらおうとしている。
ただなぁ、いつの間にか後ろに立っているんだよ、佳奈美さん。早く気づけ、葵。
ガシッと頭をつかまれ、
「ほぅ、何やら興味深い話をしているなぁ」
「あだだだだだだ!」
いつも思うんだが、佳奈美さんの握力ってどのくらいなんだろうな。今度の体力測定の時にでも葵けしかけて聞いてみるのも面白いかもしれない。
「出来る出来ないは問わないから自分の力で解きなさいと、いつも言ってるよなぁ!」
「あだだだ、と、解きました、解きましたよ、ちゃんと!」
「適当にやったって言ってただろうが。聞いてたんだよ、全部!」
「いでででで!す、すいません、すいませんっ!」
まあいつもの光景だ。面倒臭がりな葵がサボろうとし、いつの間にか近づいた佳奈美さんにアイアンクローを喰らっているのは。
ようやくアイアンクローから解放されると、いつもの説教が始まる。
佳奈美さんは学校では丁寧な口調で先生をしているのだが、外では粗暴な口調になる。こっちが素の口調なのだが、学校では仕事だからと口調を変えているのだそうだ。
「全く、真面目にやればちゃんと出来るんだから、少しは真面目にやれ」
「うう、頭がぁ」
「聞いているんだろうな?」
「へい!」
はぁ、葵も相変わらずだな。コントのようなこの流れはもう随分昔から見る光景だ。
子供のころから、時に先生として、時にお姉さんとして面倒を見てくれていた佳奈美さんに、俺や柚、薫に葵は良く怒られていたものだ。
「はは、そろそろ勘弁してやりなよ、佳奈美」
「はぁ、全く」
いつの間にか来ていた玄さん。
「さて、葵君。注文は?」
「そうですな、ここは「いい女」を一つ」
「はいはい、ニカラグアねー」
『……』
「ちょっ、柚氏、佳奈美さん。そんなゴミを見るような目で見ないで頂きたい!」
因みに葵の言った「いい女」というのはニカラグアの比喩だ。
「ほ、ほら、インパクトの強い口当たりと、あっさりとすり抜けていくような後味から、そう表現したのでござるよ」
まあ、言わんとしていることは分かるのだが……。
「それなら葵。例えば佳奈美さんはコーヒーに例えるとなんなんだ?」
「グアテマラですかな」
「その心は?」
「インパクトしか感じませんの」
ガシッ
「あだだだ!冗談、冗談ですからぁ!!」
今日も『Pura vida』は賑やかだ。




