笑顔
シハンとセンが外から帰って来ると、俺たちと一緒にいる綺麗な女性は誰だと聞いてきた。
バルムンクだったのだが、この時既にバルムンクが私服に着替えていたので、誰かを判断することが出来なかったようだ。
バルムンクが自己紹介をすると、
「へぇ、バルムンクって女の人だったんだ。シズにぃの言ってた中の人の意味がやっと分かったよ。改めてよろしくね」
「……よろしく」
センはまだ硬かったが、シハンは直ぐに打ち解けることが出来ていた。
「そう言えば、バルムンクって人間なの?それとも魔族なの?」
「私は魔族ですよ」
「へぇ、全然魔族って感じしないね。外国の人を相手にしているみたいだよ」
「因みに種族って何?」
「種族ですか?サキュバスですよ」
『……』
……なんだ?今物凄く部屋の温度が下がったような気がしたんだが。
「サキュバスか。私たちのイメージしているサキュバスとは大分違うね」
「そうですね。露出の多い服を来ている印象が強いです」
「後はまあ、夜中に飛び回っているってイメージかな」
「こんな家庭的なイメージは皆無」
どうやら室内の温度が下がったのは勘違いだったようだな。
皆サキュバスのイメージとバルムンクの姿がかけ離れていることについて話している。
まあ確かに、今のバルムンクを見て誰がサキュバスと思うだろうか。
褐色肌に金髪、上はニットのセーター、下はスカートとスパッツという普段着だ。
正直、海外留学に来たお姉さんの方が信憑性あると思う。
「確かに、夢魔のイメージをお持ちの方が多いですけど、普段からそんな恰好はしていませんよ」
「やっぱりバルムンクもさ、そういった服装になる時があるの?」
「そうですね、最近は鎧の方が多いですね。でも私も一応サキュバスですから」
そう言えば幸いなことにバルムンクの夢魔の方の姿を見たことはないな。
あの体型で夢魔の姿をされたら目に毒だからな。
これからもどうぞ鎧の方でお願いします。
「そういえばシズはバルムンクが女であることを知ってたの?」
「ん?いや、俺も最近までは男だと思っていた。それもごつい武人を想像していた」
「あー、私もそんな感じだな」
やっぱり、デュラハンの性別は男だという先入観はみんな持っていたようだ。
「じゃあ何か気づいた切っ掛けがあったの?」
「ええ、風呂場でばったり会いまして」
『……』
うん、勘違いじゃなかったね。またも部屋の温度が下がる。
「しぃずぅ」
ユズキがゆっくりと俺に近づいてくる。
顔は笑顔だが、あれは決して笑っていない。目がマジである。
まあでも、バルムンクの秘密も話したし、風呂の件も別に隠すことはないのか。
別に悪い事をしたわけでもないのだし、自分のミスであったことをしっかりと説明して、謝罪までちゃんと済ませたことを言えばいいだけだ。
隠そうとするから誤解も増えて面倒事になってくるのであって、ちゃんと説明すれば分かってくれるだろう。
「いやまあ、あれは完全に俺のミスだったんだ。脱衣所でバルムンクの鎧見てさ、俺もバルムンクを男だと思っていたんで、いい機会だから親睦を深めようと思って意気揚々と入ったんだ。まさか女性が入っているとは夢にも思ってなくてさ、バルムンクには悪い事をしてしまった」
「い、いえ。謝罪もしてもらいましたし、もう気にしてませんから」
「まあ、ちゃんと謝罪も済ませたし、許してもらってるから、一応自分たちの中では解決しているんだ。今後は俺も気を付けるし、こんなことは流石にもうないと思うぞ」
「……本当に?」
「本当だとも」
「バルムンクもそれでいいの?」
「え、ええ。ちゃんと謝罪もしてもらってますし、私もシズさんを騙していたようなものですので。今後はこんなことはないと思うので、私は大丈夫ですよ」
「......そっか、まぁバルムンクが納得してるならいいか。シズもこれから気を付けるんだよ」
「ああ、勿論だ」
ふぅ、何とか誤解もとけたようだ。
今後はユズキ達もGardenの風呂を利用する機会が増えてくるだろうし、本当気をつけないとな。
***
風呂の話が一段落して、俺はまだ回収したアクセサリー渡してないことを思い出す。
「そう言えばまだ渡してなかったな」
「何を?」
「落とし物」
「落とし物ですか?」
ユズキとイインチョーは気づいていないようだが、シハンとセンは経験者だから今の言葉で分かったようだ。
とりあえず回収したアクセサリーを出していく。
「あ、落し物ってそういう」
「成る程。わざわざ回収してくれたんですね」
ようやくユズキとイインチョーも分かったようだ。
「ああ、回収する余裕をバルムンクが作ってくれたんでな。ちゃんとお礼言っておけよ」
「うん。ありがとね、バルムンク」
「ありがとうございました、バルムンクさん」
「いやー、戻ってきてよかったよ。ありがとう、バルムンク」
「……ありがとう」
皆がそれぞれにバルムンクに感謝の言葉を言う。
それに戸惑っているバルムンク。
「えっと、その、どういたしまして」
顔を赤くしながらも、皆の感謝に応えている。
バルムンクも皆と打ち解けられて良かったと思う。
トントンッ
「ん?」
肩を叩かれたので振り向くと、いつの間にかユズキが後ろに立っていた。
「どうした?」
「シズもありがとうね」
「……どういたしまして」
やっぱり人に「ありがとう」って言ってもらえるのって、いいものだな。
この笑顔が見れただけで、頑張った甲斐があるというものだ。
***
店の品出しをしていると正面から見知った二人がやってくる。
一人は情報屋の道草、もう一人は夜叉の仮面を付けたPKの赤夜叉。
「おやおや、これは珍しいお客さんですねぃ」
「お久しぶりです、クウネルさん」
ペコリ
「これはこれはご丁寧にどうも。それで、今日はどうしました?」
スッ
「……これは」
赤夜叉が机に置いたのは傷だらけのタワーシールド。耐久も大分減っており、相当の攻撃を防いだことが分かる。裏に自分が作った証であるサインが彫られているので、これは間違いなく自分が制作した物だ。
ここまで使ってもらえるのなら鍛冶師冥利に尽きるというものだ。
ただいくつか問題がある。
「私がこれを売ったのは最近は一人だけのはずなんですがね」
言葉は丁寧だが、顔は先程までの胡散臭いニコニコとした笑顔ではなかった。
「これは結構気合い入れて作った力作でしてね。普通のタワーシールドとは比べ物にならない耐久のハズなんですが」
普段の彼からは想像もつかないほどの怒りが見て取れる。
「お前、キルしたのか?」
遂に言葉使いが「気まぐれ鍛冶師」から「マルチウェポン」のものに変わる。
こちらに向けられる圧力も相当なものだ。
(これが、マルチウェポン!噂には聞いていましたが、これは——)
道草はクウネルが古参プレイヤーの一人であることも、「マルチウェポン」という二つ名で呼ばれていることも知っていた。
しかし、それは情報によるただのデータでしかなかった。
戦闘能力も調べはついていたが、普段の態度から噂されるほどの戦闘力を有しているのか疑問に思っていた。ギルドを抜けて、商人になってから腕も鈍ったのではないかとすら思っていた。
ただ、今はっきりとわかる。
目の前の男は、リヴィエラの攻略の最前線で活躍していたギルド「牙」のメンバーで、対人戦では赤夜叉ですら圧倒されるほどの力量を持っていることが。
「ウウ」
赤夜叉は特に気負うことなくクウネルに文字を見せる。
——PKはしようとしたけど、逃げられた
(それは言い訳になってないですよ、赤夜叉!)
クウネルの怒りがいつ爆発するか冷や冷やしていた道草は、赤夜叉の行動に頭を抱えたくなったが、クウネルの様子が変化していることに気づく。
「へぇ、逃げ切ったわけか。……流石」
最後は聞き取れなかったが、先程までのこちらを襲っていた圧力もなくなった。
「それで、俺はこれを直せばいいのか?」
コクコク
「ちゃんと謝ってくるんだぞ」
コクコク
流石付き合いが長いだけあって、赤夜叉の扱いに慣れている。
その手腕に道草は舌を巻く。
「しかし珍しいですね」
緊張が抜けたせいか、つい気になったことを尋ねる。
「ん、何がだ?」
「いえ、あなたがあそこまで怒ることがですよ」
「そりゃあ、まあなぁ」
そう言って笑う。
その笑いはとても柔らかく、先程までの威圧を飛ばしてきた相手とはとても同一人物とは思えない。
「やっぱよ、フレンドには楽しく遊んでもらいてぇだろ」




