悪友2
「ふぅ、玄さん。皿洗い終わりましたよ……ってどうしたんだ二人とも。そんな顔をして」
玄さんに確認のためにカウンターに入ると3人が話している最中だった。何の話をしているかまでは分からなかったが、薫と委員長が難しそうな顔をしているから、そこまで楽しい話題でもないのだろう。
「もしかしてコーヒーが口に合わなかったか?二人ともあまりコーヒーを飲まないだろ?」
「いや、そんなことはないぜ。まあ普段飲まないから、この苦さにはまだ慣れていないけど」
「そうですか?私はあまり気になりませんが。風味が口一杯に広がる感じが良くないですか?」
「それは分かるんだけどな。やっぱりどうしても苦みが際立ってるな、俺の場合」
まぁ、コーヒーを飲み慣れていなかったら、最初に感じるのは苦味だろうな。
メニュー表を取って薫達の前に持ってくる。
「ほい、コレ見てみ」
「ン、これってメニュー表か」
「ああ、コーヒーの欄のコスタリカ見てみ」
「分かった」
そう言ってコスタリカの説明を見ていく。
「なあ、この『さわやかな果実味や、ナッツ、ハチミツのような甘さ』ってコスタリカの味か?本当にこんな味がするのか?苦みしか感じねぇんだが」
「さぁ」
「……おいおい、さぁって、紫月も一応飲んだんたろ?」
「そりゃ飲んだけど、味わい方は人それぞれだろ。俺は飲んだときは深い苦味とまろやかさを感じた」
「まろやかさですか。余り意識してなかったです」
「俺はコーヒーの風味や苦味がまだ残ってるわ」
「まあ、それもコスタリカの特徴ではあるわな。オススメなのはニカラグアだな。二人とも飲みやすいと思うぞ」
「ニカラグアですか?」
そう言って恵はメニューに書かれているニカラグアを見る。薫も横からのぞき込む。
「今度は『フルーティーな味わい。後味はスッキリ』ねぇ」
薫はどうも信じていないようだ。
マスターはミルを掃除しながら苦笑している。
「信じられないかい」
「いや、まぁ、そうですねぇ。どちらかというと自分の舌が信じられそうにないです」
「私もコーヒーで後味がスッキリというのが想像できないです」
「そうかい。じゃあこれから特別に入れてあげるから少し待ってね」
そう言って今度はニカラグアの粉を入れてお湯を注いでいく。
「いいんですか?」
「構わないよ。特に薫君は初の来店なんだしね。コーヒーに対して苦手意識を植え付けたまま返すのは僕のプライドが許さないかな」
「なんか、すんません」
「気にしないでいいさ。少し待っててくれ」
マスターがお湯を注いだ後、下のサーバーにコーヒーが溜まっていくのを静かに見ていた。
雨の日だったから客が少なく、今は薫と委員長しかいない。静かな店内で聞こえる音は雨音とコーヒーが溜まっていくコポコポという音だけだ。そして店内に広がるニカラグアの香り。
贅沢な時間だと思う。
(柚も来ればよかったのにな)
ふと思い浮かぶのは幼馴染の顔だ。雨だから仕方ないとはいえ、この贅沢な時間、贅沢な楽しみを一緒に満喫できないのは残念に感じられた。
「よし、出来た。さあ、飲んでみてよ」
「はい、ありがとうございます」
「どうも」
二人とも渡されたニカラグアを口にはこぶ。薫の方は若干恐る恐るといった感じだ。まあ、コーヒーに苦手意識を持っていれば仕方ないか。
「ふぅ、よし!」
そう言って気合を入れるとコーヒーに口をつける。そして顔を歪める。
「んぐっ、これさっきのより苦いじゃ……あれ?」
薫は不思議そうに見ている。
「あ、これは……」
委員長の方も気づいたらしい。何度も飲んで勘違いじゃないかを確かめている。
「二人とも、どうだったかな?」
「いや、なんか最初は苦みが一気に来たんだが、次の瞬間スッと消えてた」
「ええ、私も同じ感じでした」
マスターは予想通りの反応で満足のようだ。笑顔で二人を見ている。
「フルーティな味は分からなかったけどな」
「そうですか?私は飲んでいる時にこれかなって感じがしたんですけど」
「マジか。やっぱ人によって感じ方が変わってくるんだなぁ」
「飲みやすかったろ?」
「ああ、紫月のオススメ通りだったな。俺はこれ、ニカラグア気に入ったぜ」
「そうかい、そりゃ良かった」
まあお気に入りが出来たようでなによりだ。その後マスターが俺の分まで淹れてくれたて、薫や委員長とのんびりコーヒーを楽しみながら駄弁っていた。
静かな雨の喫茶店。こんな時間もたまにはいいものだ。
***
「薫、話さなくて良かったのですか?」
「……」
喫茶店を出て、畑を横切りながら雨の帰り道を楽しんでいると、横から恵が尋ねてくる。先程マスターと恵とで話したことだろう。
「そうだなぁ」
そう言いながら傘を閉じる。もう晴れたようだ。日が差してきた。どうしてこうも雨が晴れた後の日が差す光景は美しいもんなんだろうか。
「ま、いいんじゃないか」
「……」
恵は納得いっていなさそうだ。まあそうだろうな。もう少し付け足すとするなら、
「あいつは馬鹿じゃないからさ、周囲の事もしっかりと気にしながら動ける。ほっといても大丈夫だと思うぜ」
「そうでしょうか」
「だと思うぜぇ」
本当にそう思う。あいつは幼いころから秋津原家に迷惑にならないように、普段の生活にも気をつかっていた。家事も自分でできたし、勉強も柚について行けるよう必死に努力していた。勉強会に付き合ったことがあるからこそ分かる。
柚にばかり目が行きそうだが、俺からしたら紫月の方がむしろ異常だ。周囲を観察し、次に自分がどうすればいいのか、自分が動けばどういう影響を他者に及ぼすかを、常にしっかりと考えて行動しているのだから。
「心配しなくても急に居なくなるなんて無責任なことはしないさ。それをすればどれだけ他者に迷惑をかけることになるか考えることが出来る奴だからな」
「……そうですね」
「まぁ、一言も相談されなかったら、それはそれで少し寂しい気もするな」
「……薫」
仏頂面なあいつは他人の迷惑にならないようにと、人をあまり頼らないところがある。
本当に無理なことに関しては頼るが、ほとんどの事を自分で済まそうとする。
だから入り込む隙が無いのだ。悪友として付き合いが長い今でも、あまり頼ってくることなく自分で済まそうとする。
「ま、恵が心配しなくても大丈夫さ。あいつには柚さんがいるんだからな」
「そうですね」
「幼馴染の俺以外でようやくできた友達を心配する気持ちは分かるけどなぁ」
「もうっ、薫!」
そうやって、ふざけながら一緒に家路に着く。いつもの景色、いつもの習慣。いつまでも変わらないと思っていたことが、実はそうではなかったなんて、よくある話だ。将来の事なんて誰にも分からないのだから。
だから俺はこうやって、ふざけながら帰るのだ。
今この瞬間、それが何よりも楽しくて、大切だから。




