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湯船

時が止まり、動き出すまでの間、俺の頭は今までにないほどの速さで動いていた。


(やばい!この状況は予想していなかった!)


てっきり入っているのはバルムンクだと思っていたのだ。

まさか女性が入っているとは思っていなかった。


(この際この人物が誰かなどどうでもいい。女性が入っていたことも今は考えるな。問題はこの状況でどう動くかだ!)


「えっと、あの」


幸い向こうは急の事で固まってしまってい、体を隠すこともなく、まともな反応が出来ていない。


(どうする、謝って押し切ってしまうか!何事もなかったかのように出ていくか!このまま風呂を浴びるのか!)


……どうやら俺も相当動揺しているらしい。まともな案が出てこない。

とはいえ、これでも俺は高校1年だ。性にも興味があるお年頃。目の前の美しい裸体から目を離さすことが……


(じゃない!そうではなくて、どう切り抜けるのかだ!)


「う……あ……」


見る見るうちに顔が真っ赤になっている。


(まずい!顔が赤くなってきている。さっさと行動しないと向こうが叫びだすだろう。そうなったらユズキ達が集まってくる。最悪変態のレッテルを張られるだろう。そんなお約束展開は御免被る!ええい、こうなったらっ!)


「すまないっ!」


(先に行動して、一瞬だけでも叫ばれるという行動を止めてしまえ!)


「え……」


予想通りこちらのとっさの行動に反応が一歩遅れる。叫びだすという最悪の反応を止めることが出来る。


(よし!今のうちに言葉を選びつつ謝罪して、まくしたてつつ、さっさとこの場を立ち去ってしまえ!)


「脱衣所の鎧を見てバルムンクが入っているのだろうとばかり思っていた。まさか別の人が入っているとは全く思っていなかった。完全にこちらのミスだ。大変すまなかった。どうぞごゆっくり!」


自然と早口でまくし立てる。そうして回れ右。さっさと出ていこうとする。


「あの……」


だというのに、何故声を掛けられただけで止まってしまうのか。


「な、何か?」


つい声が裏返る。

何と言われるのか全く予想できない。


「えっと、その……」


控えめな音量で紡がれた真実は、


「私がバルムンクです」


「……え?」


理解するのに大分時間が掛かった。



***



(な、なんでこんなことに……)


まさかバルムンクの中の人が女だったとは。確かに男だとは言っていなかったが。

「死の恐怖」なんて凶悪なスキルを使いながらゴブリンをばっさばっさと切り刻んでいくデュラハンの中身が女だと、だれが予想できるというんだ。


「……」


当の本人は俺から離れた位置で風呂に浸かっている。

俺と目を全く合わせようとしない。


何でこんなことになっているのか。

それはお互いに風呂を譲り、お互いに風呂を出ようとした結果、バルムンクがやけくそ気味に一緒に風呂に入ることを提案した結果なのだが。

俺としてはもう慣れてしまったので風呂を満喫してはいるのだが、当の本人が俯いて顔を真っ赤にしているので、こちらとしても申し訳ない気持ちで一杯だ。


「その、バルムンク。無理をしなくてもいいんだぞ?俺も体を洗えたし、出て行ってもいいんだが……」

「い、いえ。心配には及びません。一緒に風呂に入るなど、ま、全く緊張など……」


……滅茶苦茶動揺していらっしゃる。

俺が先に出ようとすると追い出したような気がして申し訳ない、かといって自分から出ていくのも恥ずかしい。そんな葛藤が物凄く伝わってくる。

本人もどうすればいいのか分かっていないのだろう。

仕方なしに適当な話題を振る。


「そういえばバルムンクって頭あったんだな。普段頭のない鎧姿だったから想像もつかなかった」

「は、はい。頭の方は認識疎外のスキルを使っているので」

「へぇ、またなんで頭だけ?」

「用意された鎧が体だけでして……」

「そうなんだ。だったら普通の騎士でも良かったんじゃないか?」

「その、顔を見られるのが恥ずかしくて……」

「……」


(バカか俺は!認識疎外なんてスキルまで使って顔を隠す理由なんて考えれば予想できるだろう!)


完全に逆効果だった。慌てて別の話題に変える。


「そういえば、バルムンクはデュラハンなのか?」

「いいえ、違いますよ」

「……」


そうもあっさり答えられても困るのだが……。


「そうなのか?婆さんがデュラハンだというからてっきりそうなんだとばかり思っていたんだが。ステータスの方にもデュラハンって書かれてたしな」

「ああ、それは私が『死霊の森』でデュラハンとしてボスをしていた時の表記ですね。今ステータスを見たら変わっていると思いますよ」

「ん?どれどれ」


言われた通り、ステータスの契約モンスターの欄を見る。

そこには


『バルムンク』サキュバス 


と表示されていた。成る程、さっき見てしまった身としては、色々納得だ。何がとは言わないが。


「おお、本当だ。サキュバスになってる。スキルで変えてたのか?」

「いいえ、私は認識疎外のスキルしか普段使っていないです」

「その認識疎外のスキルで変わっっていたわけじゃないんだな?」

「そうですね。姿を変えるのは『変化』というスキルです」

「ふむ、となると後考えられるのは装備か?あの鎧に何か秘密の効果があるとか」

「正解です。あの鎧は『死霊の鎧』といって装備している者をデュラハンに変えてしまうんです」

「成る程ね」


だから表記がデュラハンになっていたわけね。まあ俺としてはバルムンクの種族が何であろうが特に気にしないのだが。頼りになる相棒であることには代わりはしないのだし。

しかしこればかりはちゃんとお願いしておかないといけない。


「なあ、バルムンク。俺は別に種族云々は気にしていないんだが、仮にサキュバスで生活する場合は、ユズキ達の前では厚着にしておいてくれないか」

「へ?」

「いや、ユズキやイインチョーは大丈夫だと思うんだが、シハンとセンにはまだ早いと思うんだ。色々と」


流石にユズキとイインチョーはもう高校生なんだから大丈夫だと思うんだが、シハンとセンはまだ中学生だ。流石に刺激が強すぎるだろう。


「ち、ちょっと待ってください!ひょっとしてシズさんはサキュバスが普段から夢魔の状態でいると思っているんですか?」

「あれ、違うのか?」

「違います!全く、どこの痴女ですか……」


そう言ってまたも顔を赤くして俯くバルムンク。

こちらとしても話題を選んではいるのだが、まさか種族がサキュバスだとは思っても居なかったからなぁ。


「いやぁ、申し訳ない。俺の知っているサキュバスなんて夜のイメージしかなかったからさ」

「確かに夢魔として活動するのであればそれ相応の姿になりはしますが、普段からそんな恰好はしないですよぅ」

「へぇ、成る程なぁ」


それなら安心だ。

シハンとセンに悪影響を及ぼさないという意味でも。

俺がサキュバスを連れて歩いているところを女性陣にどのように見られるかといういう意味でも。


安心して気が緩んだからだろう。完全に油断していた。

今俺がどういう状態なのかを忘れていた。


『お、先客がいるのか。バルムンクも入っているとなると、あやつは既に上がったのだろうな』


脱衣所から聞こえてくる声。

完全に忘れていた。このGardenを利用する者達からすればバルムンクが女であることを知っている訳で。同じ女性であれば入ってくる訳で。おまけに俺の装備はステータスで変更することによって衣類を脱いでいるから脱衣所には残っていない訳で。向こう側もまさか俺が入っているとは思っていない訳で。


「おおぅ、バルムンク。先に入っておったのか。誘ってくれればいいものを。一緒に入ろうでは————」


ガラガラとドアを開けてくるのは婆さんなんだが、固まっていらっしゃる。


「ど、どうも。お邪魔してます」


俺も自然と敬語になる。


「……」


バルムンクは顔が赤いままだ。


「……ほう、ほうほうほう」


ようやく動き出した婆さん。なんか威圧感があるのだが。


「いやぁ、油断しておった」


顔は笑顔のままなんだが。なんだ、この悪寒は。

そう思ったら婆さんの体が光に包まれる。


「婆さん!」

「マザー!」


俺もバルムンクも慌てて呼びかけるのだが、


「なっ!」


中から銀髪の少女が現れて俺の頭は完全にフリーズしてしまった。


「まさかここまで手が早いとはのぉ」

「ご、誤解です、マザー」

「心配せずとも良いぞ、バルムンク。後は私に任せるがよい」

「お、落ち着いてください」


なんとか落ち着かせようとバルムンクが奮闘している反面、俺は冷静だった。

その少女に見覚えがあった。以前Gardenで見たことがあった。直ぐにどこかへ行き、直ぐに婆さんが現れて、帰ったとか言っていたから気にしてもいなかったんだが。まさか婆さんがこの少女だったとは。いや、逆なのか?婆さんが少女に化けたのではなく、少女が婆さんに化けていたのか。しかしあれだな。もう婆さんと言っても違和感しかないな。俺もマザーと言った方がいいかもしれないな。


「シズさんっ、ぼうっとしてないでマザーに説明してください」


おっと、冷静に見ている場合ではなかったな。顔は笑顔だが明らかにキレてらっしゃるマザー。それをよこで必死に止めているバルムンク。流石に俺も止めないとまずいだろう。


「ああ、すまんバルムンク。マザーも落ち着いてくれ。俺がバルムンクを男だと勘違いしていただけなんだ。特にやましい事もしていないから安心してくれ」


そう言って立ち上がって近づいて行くのだが、何で二人とも顔を真っ赤にして俺の方を見ているんだ?


「まっ」

「ま?」

「前ぐらい隠せ、この馬鹿者ぉぉぉ!!!!」


あ、タオルを湯船につけるのはマナーとしてダメだと思い頭にのっけたままだっ————



マザーによって吹っ飛ばされるシズ。

いくら痛覚がある程度抑えられているとはいえ、衝撃はそのままなのだ。

湯船に叩きつけられながらシズは気を失った。


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