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『まほろば巡礼録 ―妖と人の喫茶旅―』  作者: 花曇り


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12/13

『宮崎・天岩戸の神楽面と笑い合う冷や汁』

 東京の冬は、乾いた北風がビルの谷間を吹き抜ける、寒々しい季節だ。しかし、閑静な住宅街にひっそりと佇む『喫茶まほろば』の店内だけは、まるで春が留まっているかのように、穏やかで温かな空気に満ちていた。

 チクタク、とアンティークの振り子時計が静かなリズムを刻む。厨房では、朝倉湊がフライパンを振り、まほろば名物の『昔ながらのナポリタン』を炒めていた。茹で置きして水分を飛ばした極太のパスタに、玉ねぎ、ピーマン、薄切りのソーセージ。それらをたっぷりのケチャップとバターで絡め、強火で焦げ目がつくまで炒め上げる。ジュージューという音とともに、酸味の飛んだ甘く香ばしい匂いが店内に広がった。

「……んん〜っ! このケチャップが焦げる匂い! 朝から食欲という名の狐火を燃え上がらせてくれますね! 湊、粉チーズとタバスコは限界までかけてください!」

 カウンターの端で、セーラー服姿の白妙がフォークとスプーンを両手に握りしめ、尻尾をパタパタと振って待ち構えていた。

「朝からタバスコの限界に挑戦するな。胃が荒れるぞ」

 湊が呆れながらも、熱々の鉄板に乗せたナポリタンをカウンターに差し出すと、カランコロンと重厚なドアベルが鳴った。

「おはよう、二人とも。朝からずいぶんカロリーの高そうなものを食べているわね」

 トレンチコートを羽織った千歳が、白い息を吐きながら店に入ってきた。その手には、お馴染みとなった分厚いファイルが抱えられている。

「いらっしゃい、千歳さん。珈琲、淹れようか?」

「ええ、お願い。……それと、早速だけど次の『喫茶旅』の行き先が決まったわよ」

 千歳は丸椅子に腰を下ろすと、ファイルをカウンターに広げた。

「前回の島根・出雲に続いて、今回も日本神話に深く関わる土地よ。……天孫降臨の地、そして『天岩戸伝説』の舞台である、宮崎県・高千穂地方」

「高千穂! ということは、チキン南蛮! 完熟マンゴー! 地鶏の炭火焼きですね! 私の胃袋はすでに南国モードに切り替わりました!」

 ナポリタンを口いっぱいに頬張りながら白妙が歓声を上げる。湊は珈琲のドリップポットを傾けながら、千歳に視線を向けた。 「天岩戸伝説ってことは、天照大御神が岩戸に引きこもって、世界が真っ暗になったっていうあの神話か?」

「ええ。今回高千穂の山奥にある『夜神楽』の伝承が残る古い村で、まさに現代版の『天岩戸現象』とでも呼ぶべき異変が起きているのよ」

 千歳は眼鏡を指で押し上げ、真剣な表情になった。

「数週間前から、その村の人々が一切外出をしなくなったの。家々の雨戸は固く閉ざされ、隣近所との挨拶も、会話もない。村全体がどんよりとした妖気の『暗雲』に覆われて、物理的には太陽が出ているのに、村の中だけが常に夕暮れのように薄暗い状態になっているわ」 「村人全員が引きこもっている……まさに心の天岩戸だな」

「観測網が捉えた妖気の中心は、村の鎮守の森にある古い『神楽殿』よ。どうやら、過疎化で途絶えてしまった夜神楽で使われていた『アメノウズメの神楽面』の付喪神が、人間への絶望から強力な結界を張ってしまったらしいの」

 千歳は差し出された珈琲を一口すすり、息をついた。

「神話の中で、天岩戸を開けたのはアメノウズメの『笑いをもたらす舞』だった。けれど、その笑いの神自身が心を閉ざしてしまったら、力ずくで結界を壊すことは不可能に近いわ。……朝倉さん、彼らの心を解きほぐして、村に太陽を取り戻してちょうだい」 「了解した。神楽面の付喪神か……。行くぞ、白妙」

「はい! まずはチキン南蛮の甘酢の黄金比を解き明かしに行きましょう!」

 飛行機で宮崎ブーゲンビリア空港に降り立つと、東京の寒さが嘘のように、南国の暖かく穏やかな日差しが二人を包み込んだ。 レンタカーを借り、ヤシの木が並ぶ海岸線を抜けて、神話の息づく山深い高千穂方面へと車を走らせる。

「……湊! 見てください、あの看板! 『元祖・チキン南蛮』の文字が私を呼んでいます! 調査の前に、まずは現地のエネルギーを補給するのが喫茶旅の鉄則です!」

「分かってるよ。腹が減っては神話の謎は解けないからな」

 二人が立ち寄ったのは、地元民で賑わう昔ながらの洋食屋だった。注文して運ばれてきたのは、大ぶりな鶏肉が黄金色に揚げられ、たっぷりの自家製タルタルソースがかけられた『チキン南蛮』だった。

「いただきます!」

 白妙がフォークで一切れ刺し、大きな口で頬張る。

「んんんーっ! サクッとした衣に歯を立てた瞬間、甘酢のフルーティーな酸味と、鶏肉のジューシーな肉汁が口いっぱいに弾けます! そしてこの自家製タルタルソース……! 卵のコクと玉ねぎのシャキシャキ感が、甘酢の酸味をまろやかに包み込んで、まさに味覚の神々が舞い踊る完成度です!」

 白妙はチキン南蛮と大盛りの白ご飯を交互に猛烈な勢いで掻き込んでいく。湊もチキン南蛮を口に運んだ。ただの唐揚げではない。揚げたてを甘酢にくぐらせることで衣がしっとりとし、タルタルソースと一体化して唯一無二の味わいを生み出している。南国の太陽のように明るく、人を笑顔にする力のある料理だった。

「さて、腹も膨れたし、目的の村へ向かうか」

 高千穂峡を越え、さらに山深くへと分け入った先にあるその村は、周囲の豊かな自然とは対照的に、異様な雰囲気に包まれていた。

「……湊。ここから先は空の様子がおかしいです。太陽が出ているはずなのに、村の上空だけが分厚い灰色の雲に覆われています」

 白妙が車の窓から顔を出し、狐の嗅覚で空気を嗅いだ。

「それに、人の気配はするのに『音』がありません。笑い声も、話し声も、生活の音すら……すっぽりと抜け落ちています」

 車を降りて村を歩いてみると、白妙の言う通りだった。 家々は全て雨戸が閉ざされ、畑には誰もいない。すれ違った数少ない村人も、湊たちが挨拶をしても無言で俯き、逃げるように家の中へ入って鍵をかけてしまう。 かつては人々の笑い声が響いていたであろう村の広場も、今は枯れ葉が舞うばかりの寂れた空間となっていた。

「見事なまでの引きこもり状態だな……。これじゃあ、話を聞くこともできない」

 湊がため息をついたその時、広場の隅にある小さな古民家の軒先で、七輪で何かを焼いている腰の曲がったおばあさんの姿が目に留まった。 この村で唯一、外に出ている人間だった。

「こんにちは。……いい匂いがしますね」

 湊が静かに声をかけると、おばあさんは驚いたように顔を上げたが、湊たちの穏やかな雰囲気に少しだけ警戒を解いたようだった。

「……見ない顔だねぇ。観光客かい? この村には、もう何もないよ」

「ええ、少し旅をしていて。……七輪で焼いているのは、味噌ですか?」

「ああ。宮崎の郷土料理、『冷や汁』を作るためにね、麦味噌にいりこと胡麻をすり合わせて、こうして火で炙って香ばしさを出すんだよ」

 おばあさんは、焦げ目のついた味噌をすり鉢に戻し、ゴリゴリと丁寧にすり潰し始めた。香ばしい麦味噌と焼いたいりこの匂いが、周囲の重苦しい空気を少しだけ和らげてくれる。

「冷や汁……。冷たいお汁を、温かいご飯にかけて食べる料理ですよね」

「そうさね。昔はね、冬の寒い時期でも、村の寄り合いや『夜神楽』の夜には、みんなで火を囲んで、猪鍋と一緒にこの冷や汁をよく食べたもんさ」

 おばあさんの手が一瞬、止まった。

「……夜神楽。この村でも、昔は盛んだったんですか?」

 湊が尋ねると、おばあさんは遠い目をして、村の奥にある鬱蒼とした鎮守の森を見上げた。

「ああ。毎年冬になると、神楽殿に村中の衆が集まってね。夜通し三十三番の舞を奉納したんだ。天照大御神が岩戸にお隠れになり、アメノウズメが面白おかしく舞って神々を大笑いさせ、岩戸を開けさせる……。あの夜は、寒くてもみんなで酒を飲み、飯を食って、腹の底から笑い合ったもんさ」

 おばあさんは寂しそうに息を吐いた。

「でも、若者が村を出ていき、舞い手が減り……数年前に、ついに夜神楽は途絶えちまった。神様を迎える祭りも、みんなで一緒にご飯を食べる機会もなくなって、村の衆はすっかり心を閉ざしてしまった。隣の家の者が何をしているかも分からない。……アメノウズメのお面も、神楽殿の蔵の奥で、もう何年も埃を被ったままさ」

「……祭りが消え、共に食卓を囲んで笑い合う時間がなくなったことで、人々の心がバラバラに孤立してしまったんですね」

「そうさね。笑い声のない村は、太陽が隠れた暗闇と同じさ……」

 おばあさんが作った冷や汁を一口ご馳走になった湊は、その素朴で奥深い味に、この村が失ってしまった「かつての温かさ」を確かに感じ取っていた。

「……おばあさん。その冷や汁の作り方、俺にも教えてくれませんか」

 夜。 村の奥深く、鬱蒼とした杉の巨木に囲まれた鎮守の森。その最奥にある古い神楽殿は、周囲を圧倒するような紫色の妖気に包まれていた。

「湊……神楽殿の前に、とてつもなく巨大な『岩』の幻影が鎮座しています。あれが、付喪神の作り出した『心の天岩戸』の結界です」  

 白妙がセーラー服の袖をまくり、十本の指先に青白い『狐火』を灯す。

 神楽殿を塞ぐようにそびえ立つ巨大な岩壁。 その岩の前に、ぽつりと浮かんでいるものがあった。それは、ふくよかな頬と細い目を持つ、古びた木彫りの『アメノウズメの神楽面』だった。 本来ならば人々を笑顔にする愛嬌のある顔立ちだが、今はその表面から黒い悲しみの瘴気が立ち昇り、泣いているようにも、怒っているようにも見えた。

『……帰レ……。ココニハモウ、何モナイ……』

 神楽面から、低くかすれた声が響き渡る。

「あんたが、村を暗雲で覆っている付喪神だな。結界を解いてくれ。このままじゃ、村人たちの心は永遠に孤立したままだ!」

 湊が叫ぶと、神楽面はカタカタと激しく震えた。

『孤立シテイルノハ私ダ! 何年モ、何年モ、暗イ蔵ノ中デ忘レ去ラレ……誰モ私ヲ被ッテ舞ッテハクレナイ! 誰モ笑ッテクレナイ!』

 神楽面の周囲の妖気が渦を巻き、冷たい突風となって湊たちへ吹き付ける。

『笑イ声ノナイ村ナド、天岩戸ノ暗闇ト同ジダ! 誰モ心ノ扉ヲ開ケヨウトシナイノナラ、イッソコノ村ゴト、永遠ノ暗闇ニ閉ジコモッテシマエェェッ!!』

 巨大な岩の幻影から無数の黒い蔦が伸び、神楽殿全体をさらに強固に覆い隠そうとする。

「させませんっ! 狐火・大障壁!」

 白妙が九つの尾の幻影を広げ、青い炎の壁を展開して黒い蔦を焼き払う。しかし、岩の幻影そのものは炎に炙られても微動だにしない。

「湊! この岩の結界、物理的な攻撃や妖力ではビクともしません! 拒絶の意志が固すぎます!」

「ああ、分かってる! 神話でも、天岩戸は力ずくでは開かなかった。岩戸を開ける鍵は、いつだって『外の楽しそうな笑い声』だ!」

 湊は、背負っていたリュックから土鍋と、七輪、そしておばあさんから教わった材料を取り出した。 神楽殿の前の広場で、湊は七輪に炭をおこし、麦味噌といりこ、すり胡麻を合わせたものを直接火で炙り始めた。チリチリと味噌が焦げる音と共に、途方もなく香ばしく、食欲をそそる匂いが夜の森に広がる。

『……ナンダ……? ソノ匂イハ……』

 神楽面の付喪神が、ピタリと動きを止めた。

 湊は炙った味噌をすり鉢で丁寧にすり潰し、そこに冷たい出汁を少しずつ注いでのばしていく。手で崩した木綿豆腐、薄切りのきゅうり、そしてたっぷりのミョウガと大葉を散らす。 土鍋の中では、炊きたてのホカホカの麦飯が湯気を立てていた。

「あんたは忘れているんだ。神楽が、ただ神様に舞を奉納するだけの儀式じゃなかったってことを」

 湊は、熱い麦飯を器によそい、その上から冷たい『冷や汁』をたっぷりとぶっかけた。 温かいご飯と冷たい汁が合わさることで生まれる、極上の香気。

「舞い手と村人が、神様も人間も一緒になって、同じ火を囲み、同じメシを食って腹の底から笑い合う……『神人共食』の喜び。それが、神楽の本当の姿だったはずだ!」

 湊は、冷や汁の椀を神楽面の目の前へと高く掲げた。そして自ら箸を取り、冷や汁をズズッと豪快に掻き込んだ。いりこと胡麻の濃厚な風味、きゅうりのシャキシャキとした食感、ミョウガの爽やかな香りが、熱い麦飯と共に口の中で弾ける。

 『記憶の味』。

 湊の意識を媒介として、冷や汁に込められた何十年もの『笑い合う記憶』が、神楽面の精神へと怒涛のように流れ込んでいく。

 視界に広がるのは、真冬の凍てつくような夜の神楽殿。しかし、そこは決して寒々しい場所ではなかった。 庭には大きな焚き火が焚かれ、パチパチとはぜる火の粉の周りを、村中のお年寄りから子供までが囲んで座っている。

『さあさあ、温かい猪鍋と、冷や汁ができたよ! どんどん食べて!』 『おお、冷や汁の塩気が、舞って汗をかいた身体に染み渡るわい!』

 ドンドン、ヒャラリラ、と笛と太鼓の軽快なお囃子が鳴り響く。 神楽殿の舞台の上では、アメノウズメの面を被った舞い手が、面白おかしく、どこか滑稽な手振り身振りで舞っている。

『あははははっ! 今年のウズメは一段と腰の動きが良いのう!』

『こりゃあ、天照様も思わず岩戸から覗き込むわい!』

 人々が冷や汁の椀を片手に、腹を抱えて大笑いしている。面を被った舞い手も、面の下で満面の笑みを浮かべている。 そこには「孤独」など入り込む隙間はなかった。 同じ釜の飯を食い、共に笑い合う。その温かな繋がりの連鎖こそが、厳しい冬を乗り越え、春の太陽を呼び込むための最大の魔法だったのだ。

 ビジョンが、熱と笑い声と共に弾ける。

『……アァ……』

 現実の神楽殿。 アメノウズメの神楽面を覆っていた黒い瘴気が、朝霧が晴れるようにスウッと消え去っていく。 木彫りの面が、本来のふくよかで愛らしい「笑顔」を取り戻し、カタカタと嬉しそうに震え始めた。

『……思イ……出シタ……』

 神楽面の声から、悲しみも絶望も消え失せていた。そこにあるのは、村人たちと共に笑い合った、陽気で温かな記憶の残響。

『私ハ……誰カヲ暗闇ニ閉ジ込メルタメニ、彫ラレタノデハナイ。皆デ美味イ飯ヲ食イ、大声デ笑イ合ウタメノ……笑顔ノ道標ダッタノダナ……』

 神楽面がカラカラと明るい笑い声を上げた瞬間。 背後にそびえ立っていた巨大な『天岩戸』の幻影に、ピシリと亀裂が入った。   

 ガラガラガラ……ッ!

 幻影の岩戸が真っ二つに割れ、その奥から、まばゆいばかりの朝日のような光が溢れ出す。 それは、村を覆っていた『心の暗闇』が完全に打ち払われた瞬間だった。

『……人間ノ子ヨ、妖狐ヨ。忘レテアノ楽シイ記憶ヲ、モウ一度呼ビ覚マシテクレテ、礼ヲ言ウ……』

 アメノウズメの神楽面は、湊たちに向かって深々と一礼をするように傾くと、夜風と共にスウッと姿を消し、神楽殿の蔵の奥深くへと還っていった。

 岩戸の結界が消滅した村の上空からは、どんよりとした暗雲が嘘のように晴れ渡り、満天の美しい星空が顔を覗かせていた。

「……終わりましたね、湊!」

 白妙が狐火をしまい、ほっと息をついた。

「ああ。神様の岩戸を開けるのは、いつだって『楽しい笑い声』と『美味いメシ』の匂いだってことだ」

 湊は土鍋の蓋を閉め、澄み切った山の空気を深く吸い込んだ。

「湊ぉー、私、狐火を全開で使ったので、冷や汁のカロリーを完全に消費してしまいました! お鍋に残っている冷や汁、全部私が頂いてもいいですか!?」

「お前は本当に……。まあ、今回は大活躍だったからな、全部食え」

「やったー! 湊、大好きです!」

 深夜の神楽殿の広場で、人間と狐の妖が、一つの土鍋を囲んで冷や汁を掻き込んでいる。 静かになった村の家々から、その匂いに誘われるように、少しずつ雨戸が開く小さな音が聞こえ始めていた。

 翌朝。 高千穂の村は、まばゆいばかりの太陽の光に包まれていた。 村の広場では、数週間ぶりに家から出てきた村人たちが、少し照れくさそうに、しかし確かな笑顔で「おはよう」「いい天気だねぇ」と挨拶を交わしている。おばあさんも軒先で七輪を出し、嬉しそうに近所の人々と冷や汁のお裾分けをしていた。

 村を後にするレンタカーの中で、湊のスマホが鳴った。

『お疲れ様、朝倉さん、白妙ちゃん。高千穂の妖力異常、完全に消滅したわ。村人たちの心にかかっていた「天岩戸」も、見事に開いたようね』

「千歳さん。神楽の面は、人間が一緒に笑ってくれるのを待ってただけだよ。共にメシを食って笑うってのが、どれだけ大事なことか思い知らされた」

『ええ。神話の時代から、私たちはそうやって絆を確かめ合ってきたのよ。……あなたたちの「記憶を取り戻す喫茶旅」が、また一つ、神と人との縁を結び直してくれたわ』

 通話を切ると、助手席で白妙が完熟マンゴーの果汁で口の周りをベタベタにしながら、キラキラとした瞳で湊を見つめていた。

「湊! 村に太陽も戻ったことですし、次はどこへ行きますか! 岡山できびだんごを食べて桃太郎の謎に迫りますか!? それとも和歌山で熊野牛を食べてヤタガラスとお友達になりますか!?」

「お前は本当に……食うことしか頭にないんだな」

 湊は苦笑し、車のアクセルを静かに踏み込んだ。神話の時代から続く、青く澄み渡る宮崎の空。 人間と妖、そして神々が、形を変えながらも同じ土地で生き、記憶を紡いできた証が、この国のあちこちに残っている。

「……まあ、どこへ行くにしても、まずは東京の『まほろば』に帰って、美味い珈琲を淹れてからだな」

「はい! 帰りの飛行機では、宮崎牛の焼肉弁当を買ってくださいね!」

 昔話は、終わらない。

 誰かが覚えているかぎり、そして共に食卓を囲んで笑い合う誰かがいるかぎり、彼らの『記憶を取り戻す喫茶旅』は、今日もどこかで温かく続いていくのだった。

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