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悪役令嬢のスローライフ計画! 〜実家がまさかのブラック領地だったので、ホワイト企業に作り替えますわ〜  作者: 仁科異邦


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夢の「オシャレ・オフィス(フリーアドレス)」と、消えた社員たちの行方


過剰コンプライアンス(目安箱)の騒動を物理的に爆破して解決したローズウッド・グループ本社。


しかし、社内の空気はどこかギスギスしており、山積みの書類に囲まれた旧態依然とした王城の執務室は、どう見ても「最先端のホワイト企業」には見えなかった。


「……息苦しい。息苦しいですわ、この職場」

CEO執務室で、クリスティアは重いため息を吐いた。


彼女の視線の先には、天井まで届きそうな書類の壁と、それに埋もれながら無言でペンを走らせるヴィンスたちの姿がある。


「いくら待遇が良くても、これではただの『待遇の良いタコ部屋』ですわ。最先端のグローバル企業たるもの、もっとこう……イノベーションが生まれそうな、スタイリッシュで風通しの良い環境が必要なのではなくて!?」


前世の記憶が、クリスティアの脳内に「最先端のIT企業」の映像をフラッシュバックさせた。


カフェのような空間。

ハンモック。バランスボール。

そして、固定の席を持たず、その日の気分で好きな場所で仕事をする自由なスタイル。


「決めましたわ! 本日より、我が社のオフィスを全面改装し、『フリーアドレス(自由席)制』を導入します!」


クリスティアの鶴の一声(思いつき)により、またしても本社のシステムが根底からひっくり返ることになった。


数日後。

莫大な予算と魔法建築技術を駆使し、本社の執務フロアは劇的なビフォーアフターを遂げていた。


無機質に並んでいた固定デスクは全て撤去。

代わりに、手作り感のある木製のビッグテーブル、観葉植物のジャングル、窓際には集中用の個人ブース、さらには「仮眠用ハンモック」や「ビリヤード台(息抜き用)」まで完備されている。


コーヒー(高級ポーションブレンド)は飲み放題だ。

「おおおっ……! なんだかすごく『意識の高い企業』に生まれ変わった気がします!」


リリィがバランスボールに座ってポヨンポヨンと跳ねながら感動している。

「ふふふ、そうでしょう? 席を固定しないことで、部署を超えたコミュニケーション(シナジー)が生まれ、新たなビジネスのアイデアが次々と湧き出す……これぞ究極のオシャレ・ホワイト企業ですわ!」


クリスティアもご満悦だった。

彼女自身も、窓際の日当たりの良いソファ席を陣取り、優雅に紅茶を飲みながら決裁書類を処理する(ふりをしてサボる)ことができる最高の環境である。


だが、この「最先端のオフィス形態」が、魔法と紙に依存するファンタジー世界の企業に適合するはずがなかった。


導入から三日目の午後。

「神聖商業連盟」からの緊急の大型契約書に、大至急、法務部長であるヴィンスの最終確認とハンコが必要になった。


「リリィ。ヴィンスを呼んできなさい」

ソファ席でくつろいでいたクリスティアが命じるが、リリィは困った顔をした。


「それが……ヴィンス先輩がどこにいるか分からないんです」

「は?」

「『今日は集中したいから、オフィスのどこかのブースに引きこもる』と言い残したまま、行方不明でして……」


フリーアドレス最大の罠。

それは、「誰がどこにいるのか、探さないと分からない」という物理的な通信障害タイムロスである。


通信魔鏡タブレットで呼び出しなさい!」

「それが、先輩は『通知が来ると集中が途切れる』と言って、魔鏡の電源を切っているようで……」


「あのアナログ人間……ッ! 仕方ありませんわ、手分けして探しますわよ!」

クリスティアはソファから立ち上がり、広大な「オシャレ・オフィス」という名のジャングルへと足を踏み入れた。


「ヴィンスー! どこですかー! 緊急の契約書ですわよー!」

観葉植物をかき分け、クリスティアは社内を探索する。

しかし、そこで彼女が目にしたのは、フリーアドレスによって「野生化」した社員たちの惨状だった。


仮眠用ハンモックのエリアでは、ルシアンをはじめとする労基署の面々が「息抜きだ」と言って本気で熟睡している。


ビリヤード台の周辺では、新卒のモンスター新人たちが「これも社内コミュニケーションっすよ」と、就業時間中にも関わらず白熱したトーナメント戦を繰り広げていた。


「自由の意味を履き違えるなァァァッ!!」

クリスティアのハリセン(魔導具)が炸裂し、ハンモックをひっくり返し、ビリヤードの球を粉砕する。


自由を与えられた結果、サボる人間はとことんサボる。これが人間の真理であった。

「社長! ヴィンス先輩、発見しました!」


奥のエリアから、リリィの声が響く。

クリスティアが駆けつけると、そこには異様な光景が広がっていた。


オフィスの一角、最も奥まったパーテーションの裏側に、「段ボールと書類の山で作られた、巨大な要塞」が築き上げられていたのだ。

「……ヴィンス。これは何の冗談ですの?」

「あ、社長……」


書類の要塞の中から、無精髭を生やし、大量の紙束に埋もれたヴィンスが顔を出した。


「申し訳ありません。フリーアドレスになったはいいものの、私の業務は『膨大な過去の紙の資料』を常に参照する必要がありまして。

席を移動するたびに台車で資料を運ぶのが不可能だったため、ここに『私専用の秘密基地(固定席)』を構築させていただきました」


「それ、ただのホームレスの小屋じゃないのぉぉぉぉっ!!」

オシャレなカフェ風オフィスの片隅に爆誕した、スラム街のような書類の要塞。


ペーパーレス化に失敗した企業がフリーアドレスを導入すると、「荷物の置き場がなくて難民化する社員」か「結局どこかを自分の固定席にして占拠する社員(ぬし)」が必ず発生するのだ。


「もう嫌……! 誰がどこで何をしているのか全く把握できない! オシャレな空間のせいで緊張感がゼロ! 何がコミュニケーションの活性化よ、ただの学級崩壊じゃないの!!」


クリスティアは要塞の段ボールを蹴り飛ばし、頭を抱えて絶叫した。

「ルシアン!! 今すぐこのハンモックもビリヤード台も全部窓から捨てなさい!! 明日の朝までに、元通りの無機質な『固定デスクの島』に戻すのです!!」


「はぁ? せっかく寝心地よかったのによ……」

「文句を言わない! 私は! 社員の顔が常に見渡せて、逃げ場のない状態で監視できる、昔ながらの『息苦しいタコ部屋(トップダウン監視体制)』が一番肌に合っていると分かりましたわーーっ!!」


翌朝。

ローズウッド・グループ本社の執務フロアには、綺麗に整列した昔ながらのデスクと、そこに固定されて無言でハンコを押し続ける社員たちの姿が戻っていた。


「……やはり、この光景が一番落ち着きますわ」

一番奥の「社長席(特等席)」から全員のつむじを見下ろし、クリスティアはようやく安堵の息を吐いた。


オシャレなオフィスや自由な働き方は、それに適応できる高度な自己管理能力を持った組織にしか機能しない。

形だけ真似をしても、現場が混乱するだけである。


意識の高いIT企業への憧れを捨て、バリバリの昭和的物理管理(お誕生日席からの監視)へと回帰した元社畜令嬢。


彼女がハンモックに揺られながらスローライフを満喫できる日は、またしても幻へと消え去ったのである。


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