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悪役令嬢のスローライフ計画! 〜実家がまさかのブラック領地だったので、ホワイト企業に作り替えますわ〜  作者: 仁科異邦


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恐怖の「目標管理(KPI)シート」と、終わらない1on1面談地獄


オシャレオフィスの崩壊から数週間。

季節は巡り、ローズウッド・グループ本社には全従業員が待ちわびる「ボーナス(賞与)査定」の時期が近づいていた。


「……ヴィンス。この『一律・給与の三ヶ月分』というボーナスの稟議書、何ですの?」


CEO執務室で書類を見ていたクリスティアは、怪訝な顔で顔を上げた。

「はい。我が社はこれまで、役職に応じた『一律支給(年功序列)』でボーナスを出しておりました。計算も楽ですし、何より公平かと」


「甘いですわ! そんな社会主義的なシステムでは、優秀な社員のモチベーションが下がってしまいます!」


クリスティアはバンッと机を叩いた。

「これだけ会社が大きくなったのです。これからは『成果主義』! 全社員に『目標管理(KPI)シート』を書かせ、その達成度に応じてボーナスを決める、モダンで合理的な『人事評価制度』を導入しますわ!」


「けーぴーあい……また新しい魔法の呪文ですね」

「簡単なことですわ! 期初に自分で目標を立てさせ、期末に『どれだけ達成できたか』を自己評価させる。

そして直属の上司がそれを客観的に採点する。これなら不公平感もなく、私は最終的な数字を見てハンコを押すだけで済みますのよ!」


(ふふふ……これまでは私が全員の働きぶりを「なんとなく」で見てボーナスを決めていたけれど、このシステムなら評価の責任を『シート』と『現場の管理職』に丸投げできるわ! 究極の自動化よ!)


かくして、ローズウッド・グループに「絶対的成果主義(恐怖のKPI設定)」が導入されることになった。


一週間後。

全社員から回収された「目標管理シート」の束が、クリスティアのデスクに積み上げられた。

「さあ、我が社の優秀な社員たちが、どんなに素晴らしい目標ビジネスプランを立て、それを達成したのかしら!」


クリスティアはワクワクしながら、第一騎士団出身であるレオンハルト局長のシートを手に取った。

【氏名:レオンハルト】

目標(KPI):毎日欠かさず素振りを一万回行う。

実績:気合いで一万五千回に増やした。

自己評価:『S(最高評価)』。筋肉は裏切らない。

「…………は?」


クリスティアは真顔になり、次のシートをめくった。

【氏名:新卒モンスター・勇者候補】

目標(KPI):魔王軍の残党を一人で殲滅し、伝説の剣を引き抜く。

実績:魔王軍が見つからなかったので、代わりに本社の裏山のゴブリンを絶滅させた。

伝説の剣は抜けなかった。

自己評価: 『A』。生態系を破壊した(物理)ので実質勝利。


「……ちょっと待ちなさい」

クリスティアの額に青筋が浮かぶ。さらに次のシートは、秘書のリリィのものだった。


【氏名:リリィ】

目標(KPI):社長の笑顔を毎日最低3回引き出す。

実績:最近社長がずっと笑顔がないので、私の力不足です。死んでお詫びします。

自己評価: 『Z』。私は窓際族がお似合いです。減給してください。


「重いわぁぁぁぁっ!! なんですのこの自己評価の極端さは!!」

クリスティアは目標管理シートの束を机に叩きつけた。


「誰も『業務の効率化』とか『売上の向上』とか、まともなビジネスの目標を立てていないじゃないの! ただの筋トレ日記と、殺戮報告と、重すぎるポエムの束よ!」


ヴィンスが胃を押さえながら申し訳なさそうに口を開く。

「社長……彼らには『定量的なビジネス目標』という概念がありません。

剣を振ることや、忠誠を誓うことこそが評価されるべき『成果』だと信じているのです」


「……」

クリスティアは頭を抱えた。

ファンタジー世界の住人に、現代企業の人事評価制度をそのまま持ち込んでも機能するはずがなかったのだ。


「仕方ありませんわ。彼らに『正しい目標設定』を教え込み、評価をすり合わせる必要があります。……ヴィンス、各部署のマネージャーに、部下との『1on1(ワンオンワン)面談』を徹底させなさい」


「ワンオンワン、ですか?」

「ええ。上司と部下が1対1で個室にこもり、三十分ほどかけて目標と評価のズレを話し合い、納得させる近代的な面談手法ですわ。……ただし!」


クリスティアは冷や汗を流しながら、この惨状を見渡した。


「今回は『初めての評価制度』です。マネージャーたち自身も評価基準を分かっていません。……よって、初回である今回のみ、『私が全社員一千人の最終面談を直接行い、基準を叩き込みます』!」


それが、地獄の釜の蓋が開いた瞬間だった。

「はい、次の方、入って」

本社の小さな応接室。


クリスティアは、目の前に座る社員に向かって、笑顔(営業スマイル)を貼り付けていた。


「ええと……貴方の目標は『新商品の在庫管理システムを改善する』でしたね。でも自己評価が『C』なのはなぜかしら? 立派に稼働していますよ」


「い、いえ! 社長! 私はもっとできたはずなんです! あの日、私が三十分昼寝をしてしまったせいで……私なんて、ボーナスをもらう資格は……!」


「(面倒くさいタイプの完璧主義者!)いいえ、貴方はよくやっていますわ! A評価でボーナスを出しますから、自信を持ちなさい!」


「次の方!」

「社長ぉぉ! 俺、今期は書類のハンコ押しを誰よりも早くやったんスよ! だから給料三倍にしてくださいよ!」


「(自己評価が高すぎる勘違い野郎!)貴方のハンコ、全部斜めにズレていて後でヴィンスが全部押し直しましたわよね!? 評価は『D』です! やり直し!!」


「次!」

「社長……実は最近、妻との関係が冷え切っておりまして……仕事に身が入らないのです……」

「(ただの人生相談!)それは……お辛いですね……でもそれは人事評価とは別問題でして……一応、話だけは聞きますわ……」


──面談。

それは、経営者にとって最も精神力を削り取られる「感情労働」の極みである。


部下の勘違いを正し、低い自己肯定感を持ち上げ、時に関係のない愚痴やプライベートの相談に乗り続ける。


一人当たりたった十五分の面談でも、一千人いれば「二百五十時間」。

一日八時間ぶっ通しで面談し続けても、一ヶ月丸々かかる計算になる。


二週間後。

CEO執務室の奥にある応接室からは、完全に生気を失ったクリスティアの姿が発見された。


「……あ、あはは……。もう、誰も私の前で自己アピールしないで……。誰の人生相談も聞きたくない……私は貴方たちの母親じゃないのよ……」


目の下に真っ黒なクマを作り、髪を振り乱したクリスティアは、手の中の「目標管理シート」を破り捨てた。


「社長! お疲れ様です! まだ面談待ちの列が、廊下の端から中庭まで続いております!」

リリィが無邪気な声で次の社員を呼び込もうとする。


「ストップ!! ストップですわぁぁぁぁっ!!!」

クリスティアは応接室の机に突っ伏し、魂の底からの叫びを上げた。


「もうやめ! 成果主義なんてやめですわ! 全員、息をして会社に来てくれただけで満点!

ボーナスは昔通り『一律・給与の三ヶ月分』!! 全員に平等にハンコを押して終わりにしなさい!!!」


「ええっ!? せ、せっかくの合理的なシステムが……」

「どこが合理的ですの! 評価を細かく分ければ分けるほど、それを『査定して納得させる時間コスト』が莫大に膨れ上がるじゃないの!!

昔の人が考えた『年功序列で一律支給』こそが、経営者の時間を最も節約できる最強のスローライフ・システムだったのですわーーっ!!」


かくして、ローズウッド・グループにおける「目標管理(KPI)制度」は、わずか一期で完全に廃止された。


細かい成果主義は、それを評価する中間管理職(今回は社長自ら)の精神と時間を物理的に破壊する。


「社員一人一人と向き合う」という甘美な響きの裏に潜む、おぞましい1on1地獄を味わった元社畜令嬢。


結局のところ、どんぶり勘定が一番楽だという経営の真理にたどり着いた彼女であったが、すり減った精神ライフが回復するまでには、さらに数週間の時間を要するのであった。


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