48 欲張り
ファウラーの使いと聞いて、ジョーは即座にレティとテオの間に入り、テオを睨みつける。
テオは一歩後ろに下がり少し驚いた顔をすると、手を前にかざして静止する。
「あ、俺は本当にただの使い……あー、一応監視役とは言われてるけど見守るだけなんで。襲いかかったりとかそういうのは、もうないんで安心してください」
「もう?」
ジョーは余計に眉を顰め、テオに詰めよる。
テオは目を泳がせておびえた表情を浮かべ、レティへ助けを求めて視線を滑らせる。
「昨日ユールにのされてる。こいつは比較的まともな方だよ」
「そ、そうそう。俺は明らかに実力差がある人に再度挑むようなコスパ悪いことはしないっす。ま、まぁそういうわけなんで」
テオは改めて封筒を差し出した。
「だいたい内容の検討はつくが……」
レティは乾いた笑みを浮かべつつ、テオから手紙を受け取ると、すぐさま中を開いた。
"前略
貴殿の弟子を我が屋敷にて保護している。
いまのところ命に別状はない。
もっとも、未だ夢の中を彷徨っているようではあるが。
貴殿ほど聡明であれば、不用意に他者へ相談を持ちかけることが誰の益にもならぬことは、理解していることだろう。
さて、本題に映ろう。
貴殿が所持する『幸運の手紙』には、以前より興味を抱いていた。
この機会に、一度拝見させていただきたい。
貴殿ならば、賢明な判断を下されるものと期待している。
実りある対話となることを願おう。
草々"
「よくもまぁぬけぬけと……」
レティは呆れ顔で手紙をつまみ、テーブルの上に投げ捨てる。
「要するに、ユールを人質にしてるから幸運の手紙をもって来いってことだろう」
「解釈はおまかせしますよー。ま、俺にどうこう言える権利なんてないんで。説明は求めないでくださいね」
「ユールを傷つけるようなことはしてないだろうな」
「師匠は魔術師は人材として大事にしてるから、その辺は大丈夫だと思う。あー、無力化させるためにちょっと痛い目にはあってるかもだけど」
レティは眉根を寄せ、テオを睨みつける。
「そう睨まないでくださいよ。あいつには悪いと思うけど、俺にはどうにもできないんですって」
「……そうだったな」
レティは小さく舌打ちをすると、深いため息をついた。
「こいつを人質にして交換させるってのは?」
ジョーはにこりと笑ってテオを無理矢理そばの席に座らせ、肩を抑える。
「ああ、その手もあるか」
「あー、残念だけど、それはあんまり意味ないと思うよ?」
「そんなこと……あるか」
「はは……師匠にとっておれはまだ使い勝手のいい駒のひとつってところ。掃いて捨てるほどいる弟子のうちのひとりだから、さぁ……」
テオは不貞腐れた表情を浮かべ、やる気なさそうにだらりと腕を下げた。
気だるげな瞳の中で、ほんの一瞬だけ寂しそうな色が映る。
「まぁファウラーは手段は選ばないやつだが……取引や契約に対しては着実だったはずだよ。そうだよな?」
「うん。師匠はその辺はキッチリしてるよ」
「ならいい。交渉のテーブルにはつけるだろう」
レティは息を整えると、ファウラーの手紙を懐にしまい込む。
しばし黙ってその流れを見ていたジョーだったが、こぶしを握り締めると、一歩近寄って口を開く。
「……俺も一緒に行こうか」
レティは一瞬目を見開くと、柔らかい微笑みを浮かべた。
「ありがとうジョー君。でもいいんだ。これ以上君を巻き込むわけにはいかない」
「もう乗り掛かった舟だ。そう言うな」
「……これは魔術師同士の問題だ。君は出てこないほうがいい」
「それは……そうだろうが……」
ジョーは苦い顔を浮かべ、もごもごと口ごもる。
「……万が一明日の朝になっても私もユールも戻らなかったら……アイヴスに連絡してくれ」
「それは構わんが……いや……、わかったよ」
ジョーはまだ何か言いたそうにしていたが、諦めたように唇を結んで肩をすくめた。
「レティ先生さぁ……」
テオは周りをきょろきょろと見回してから、恐る恐る口を開く。
「……どうする気か知らないけど、ほんとに気を付けたほうがいいよ」
「ふん。何かアドバイスでもくれるのか?」
レティは呆れたような顔でテオを睨み、嘲るように乾いた笑みを浮かべる。
「いやさ、師匠は……その……欲張りだから」
テオは少しおびえた表情を見せ、指先をクルクルと回す。
「そう簡単には諦めないよ。あいつ……ユールのことも興味があるみたいだし」
「ふうん……」
レティは少し目を伏せてキッと唇を結ぶと、何かを振り払うようにかぶりを振った。
「ユール自身が望むのなら別だが……今回は勝手に連れ去ったんだろう。そう易々と思い通りにはさせないよ」
「何か策があるわけ?」
「あったとして、流石に君の前では言わないけれどね」
「ま、そりゃあそうか」
テオは頷くと、背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。
「さて……俺はレティ先生を屋敷に連れてくるように言われてはいるけど。どうする?」
「すぐ向かいたいところだが……少し格好を整えさせてくれ。せっかくお招きいただいたのだからな」
急激な温度変化があったうえ、レティにしては長めに魔力を使った後だ。
髪も服も汗にまみれ、綺麗とはいいがたい。
「あぁ……君は監視役だったか? ついてくるか」
「えっ、いや……えっと、そこまではだいじょうぶデス。あの……待たせてもらっても?」
「ああ。構わないよ」
テオはしどろもどろになりながら、ごまかすようにメニューを眺め始めた。
レティはふぅと息をついて少し伸びをすると、毛布をまとめて立ち上がった。
「ありがとう、ジョー君。おかげでだいぶ落ち着いたよ」
「それはよかったが……」
ジョーはレティを手招きすると、なるべくテオに聞こえないようにレティの近くで囁く。
「……ほんとに一人で行くのか?」
「ああ」
「その……ファウラーが欲しがってる物と引き換えに?」
「いや? あくまで預かり品だしね」
「まさかユールを?」
「渡さないよ。手紙も、ユールもね」
「……あまり無理するなよ」
「どうかな。知ってるだろう? 私は結構わがままで欲張りなんだ」
ジョーはため息をつき、やれやれと首を振ると、心配そうにレティを見やる。
「何か手伝うことは?」
「別に……ああ、そうだ」
「なんだ」
「今日のランチメニューと同じもの、用意しておいてくれ。ユールがどうせお腹を空かせて帰ってくるからさ」
ジョーは面食らった顔を一瞬したが、フッと笑みをこぼすと、力強く頷いた。
「もちろんだ」




