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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章
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47 もっと

 時は少し遡り、ユールが魔術師連盟の事務所から出た頃。


 魔法植物の研究所を後にしたレティは、事務所へと帰る道を急いでいた。

 先ほどからどうにも、何か落ち着かない。

 ざわざわと胸騒ぎがする。

 ちらと胸元に忍ばせた『幸運の手紙』に目を向けた。

 不幸と幸運がともにやってきたのは、これのせいなのか、果たして。


 事務所にたどり着いたレティは、階段を上りかけて足を止める。

 喫茶店の中をガラス窓越しに見やるが、薄暗い店内にはユールの姿は見当たらない。


 「さすがにまだか」


 ちょうどキッチンから出てきたジョーに手を振ると、いつも通りの少し眠そうな笑顔が返ってくる。

 今日の日替わりランチのメニューを置き換えているところだった。

 どうやら今日は魚介のスープパスタらしい。ユールが好きなメニューだ。

 よかったな、と口を開きかけてレティは隣が空いていることを思い出した。

 気恥ずかしさに少し足早に階段を駆け上がる。


 事務所の扉は閉ざされたままで、まだユールが帰っていないことを示していた。

 鍵を回して中に入ると、いつも通りの紙の匂いが迎える。

 レティは送付物用のカゴを引き出し、例の書類がなくなっていることを確認してふぅと息をつく。


 レティは自分の椅子に座り込むと、カバンからメモと写真を取り出し、コルクボードに並べ始めた。


 ラベンダー、トケイソウ、アスフォデル、甘酸っぱい果実のような香りの白い花……カモミール。

 ニコルが興味を持っていたものは、どれも気を落ち着かせたり、安らぎを与えるような効果があるものだ。

 本人が欲しているのか、もしくは役立ちたいと言っていたらしい主人が欲しているのか。

 そして、猫に詳しく、猫と話せるかのように仲が良い様子。

 集合写真に写るニコルを見つめながら、レティは1つの可能性を考えていた。

 

 「もしかして、彼は……」


 と、その時。

 ぞわりと嫌な感触が背中を滑る。

 後ろを振り返ると、窓越しに青白い光が視界の端で迸った。

 

「ユール?」


 この感じ、あの色。一番知っている。

 ……ユールの魔力だ。

 口から漏れ出た息が白くなる。瞬く間に、窓の外は氷の壁に覆われていく。

 

 レティは勢いよく立ち上がると、書類が舞い落ちるのも構わず扉へと駆け出した。

 どうこう考える前に身体は動いていた。

 

 事務所を飛び出して階段を一気に駆け下りると、氷の壁越しに崩れ落ちるユールが見える。


「ユール!」


 思い切り氷を叩くが、壁は分厚く、びくともしない。

 この声だって届いているのかもわからない


「レティ?」

「ジョー君、無事か!」


 氷の壁越しにジョーに声をかける。どうやら近くにはいるらしい。


「俺は問題ない!けど、ユールがさっきまで真っ青な顔で……」

「ユールが?」

「何があった?」

「わからない!これ自体は……緊急用に組んでいた魔術式が使われてる。たぶん、ユールがやった」


 レティは指を握り締め、唇をかむ。

 いざという時のためにと用意していたが、ここまですぐ使われるとは思っていなかった。


「なら、防御用か」

「ああ。でも本来なら……待て、クソッ」


 氷越しでその輪郭がくぐもっていようともわかる。

 ユールの後ろに現れた人影は、ファウラーその人だった。


 ファウラーが何かを言っているが、くぐもっていて断片的にもわからない。

 一瞬だけレティを見やると、こちらを嘲るような笑みを浮かべているのが見えた。

 レティは舌打ちをして魔術式の起点に触れると、目を閉じてゆっくりと魔力を流し始めた。

 それは糸のように細く、弱々しい光だった。


「レティ、魔術の解除は?いや……解除していいのか?」

「いま……やってるが……時間がかかる。ユールを守れないようなら……防御の意味があるものか」


 防御用の魔術だけはそう簡単に解除できないようにしていたのが仇となる。


「じゃあもう物理的に……」

「無茶だ。怪我するからやめてくれ」

「そう、か……」


 ジョーは行き場をなくした拳を握りしめたまま、力無く腕を下ろした。


「ユール……ユール!」

 

 いくら叫ぼうとも、聞こえている様子はない。

 最早、この声が届いているのかすらわからない。

 黒い影はいつのまにかユールをすっぽりと覆い、姿形さえも見えなくなっている。

 魔力を注ぐ指先に熱が入る。


「私に……もっと……」


 つい口からこぼれた小さな言葉は、薄暗い階段廊下に虚しく溶けていった。


 どのぐらい時間が経ったのかわからない。

 レティには数分にも、数時間にも感じられた。

 ピシリ、と音がしたかと思うと、氷の壁はバラバラと崩れ去っていく。


「おっ……と」


 ふらりと倒れそうになるレティをジョーは咄嗟に支え、そのまま階段に座り込ませる。


「どれだけ経った?」

「15分ぐらいだ」

「そうか……」


 いくら目を凝らそうと、ひらけた店の前にはただ氷の残骸があるだけだ。

 そこにはもう、黒い影も、ユールの姿も、ファウラーの姿も見当たらなかった。


 

「それで、結局何があったんだ」


 やむを得ず準備中のまま臨時休業となった喫茶パラソルの店内で、レティとジョーは向かい合って座っていた。

 毛布にくるまり暖かいスープを飲んでいるうちに、氷塊の間近で晒され続けてすっかり冷え切っていた身体は温まり、いくらか気持ちも落ち着いてきた。


「今回は探し人の依頼ではあるんだが……預かっている品物に目をつけた輩が厄介でね。おそらくこれを手に入れるためにユールが人質にされた」

「あのユールが?人質に?」


 ジョーは眉間に皺を寄せる。

 先日魔力の使い過ぎで倒れたユールではあるが、本人自体は体力も魔力も豊富な成人男性である。


「普通に考えれば人質になりそうなのは私の方なのにね」

「それもそうだが……あいつがそう簡単に倒されるとおも思えんが」

「魔力を大量に使わせたか……もしくは……呪いの品物かもか」

「ユールが呪われたってことか?」

「かもしれないが……ユールは特に呪いと相性が悪くて、近くにあるだけで気持ちが悪くなると聞いている。おそらくそれだろう」

「あの近くにいた男のせいか?」

「おそらくな」

「魔術師か」

「ウィルバート・ファウラー。認定魔術師だ」


 ジョーはさらに眉間の皺を深くし、ため息をつく。


「あぁ……噂は聞いたことがある。お前らはまた……厄介な奴らに目をつけられやがって」

「巻き込んですまない」

「いや……それは別にいいんだよ。準備中で客もいなかったし」

「本来であれば、あの魔術も店の内側から発動させるはずのもので……ユールだけ外側に取り残されるようなものじゃないはずなんだが」

「あの時のユールは顔も真っ青だったし、移動する余裕もなかったのかもな。何よりあいつは……」


 ジョーはレティを見やり、少し言い淀む。


「あいつは、お前のためなら他のことを顧みないから」

「……あのバカ」


 レティは静かに拳を握りしめ、目を伏せた。


 と、その時だった。

 店の入り口からカラン、とドアベルがなる。


「あ、すみません今日は臨時休業で……」

「知ってますー。えっと、すみません、そこのレティ先生に用事があって」


 どこか聞き覚えのある声にレティは目を開き振り返る。

 そこにいたのは、黒いジャケットをだらりと羽織った、気だるげな様子の若い男だった。


「君は……ええと……ファウラーの弟子の……ケーキ屋付近でユールに氷漬けにされた人」

「嫌な覚えられ方だなぁ。……テオドロです。名前は名乗ってなかったかも」

「ああ、そうだ。そういえばお前の兄弟子がテオと呼んでいた。……ファウラーの使いか」

「そうです」

 

 テオは懐から1枚の封筒を取り出した。

 

「レティ先生に、お手紙を」

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