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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章
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46 望みと弱み

「ファウラー……さん、ですよね」

 

 絞り出した声は少しかすれていた。

 毅然とした態度を取りたい気持ちはあるが、どうにも身体がついてこない。

 近くに呪いのアイテムがある。それだけは確かだ。

 ここまで影響を受けるのは久々だが、こうまでひどいものか。

 

「いかにも。ウィルバート・ファウラーだ。お前はレティ・ヘイゼの弟子だな」

 

 低い声が人通りのない道に響く。

 生き物を観察するかのように、じっとりとした視線が突き刺さる。

 視線は鋭いのにも関わらず、表情は虚ろで考えを読み取れない。

 ユールを見ているようでまるで遠くの別のものを見ているかのような、気持ちの悪さを感じた。

 

「これは……あなたが?」

「魔力が多い人間を相手取る時はこうするのが手っ取り早い」

 

 ファウラーは懐から何かを取り出し、ユールに見せつけるように手を開いた。

 とたんにユールの心臓の音が跳ねる。

 あれだ。

 ユールの身体を蝕んでいる元凶。

 呪いのアイテムに違いない。

 本能が「近づくな」と身体に言っている。

 けれど、ここでただ地面に伏しているわけにもいかない。


 ユールは少しだけ目を閉じて大きく息を吸い込むと、ぐっと足に力をこめてなんとか身体を起こした。

 壁にもたれかかりながらではあるが、何とか息を落ち着けてファウラーに向き直る。

 

「何か……御用でしょうか」

 

 息も絶え絶えなユールを横目で見ながら、ファウラーはジャグリングでもするかのように手元の球体を弄ぶ。

 

「弟子たちが手こずっているようだから、様子見にと思ったんだが……気が変わった」

 

 ファウラーはユールの輪郭をなぞるかのように空で指を動かすと、ゆっくりと頷いた。

 

「お前の魔力はもっと規模の大きい魔術に生かすべきだな。お前、俺の部下か……弟子になるといい」

「…………はぁ?」

 

 突然の申し出に、ユールは思わず素っ頓狂な声が漏れ出てしまった。

 警戒によるものだった眉間の皺は、理解できない恐れによるものに変わる。

 

「そこまで魔力が多いと持て余しているだろう」

 

 昨日のように多めに魔力を使う機会もあるにはある。

 が、もともとレティの魔術は魔力の消費を極限まで抑えたものであるし、それをもとにしているユールの魔術も量で言えばそこまで使っていないことの方が多い。

 結果、魔力を持て余しがちなのは事実だ。

 

「……だから何です?」

「宝の持ち腐れだな。俺のところでなら存分に使わせてやれる」

 

 ユールは額に汗を浮かべながら、乾いた笑みを浮かべる。

 

「お断りします」

 

 ファウラーは初めて表情が崩れた。

 うっすらと浮かべていた笑みは引きつり、目は見開かれる。

 心底信じられないといった顔だ。

 

「何を迷う?お前はただ大規模な魔術に専念さえすればいい。金も地位も自ずとついてくるだろう」

「お断り……します」

「理解に苦しむ。無欲なのか?」

 

 ファウラーは眉を吊り上げ、目を細める。

 ユールは自嘲気味に笑った。

 

「欲しいですよ。お金も……地位も。残念ながら……欲深い人間ですよ」

「それならば」

「でも、結構です。僕が本当に、欲しいものは……貴方が与えられるものでは……ありません」

「何が不満だ?」

 ファウラーは不服そうに腕を組む。

 徐々に顔色が青くなっていくユールの様子を眺め、ちらと事務所の方向に目をやった。

 

「あの女か」

「そんな呼び方を……しないでください、失礼な。でも、そうですね……。レティさん以外の弟子になる気はありませんよ」

「あの女の技量が高いことは認めるが、お前向きではないだろう」

「かも……しれません」

「ふん。思いのほか強情だな」

「ええ。執念深いもので」

 

 ファウラーは額に手を当て、そのまま前髪をかきあげる。

 一瞬目を伏せると、何かを振り払うように手をひらひらと動かした。

 

「では、やはり当初の目的を果たすことにするか」

「僕は……手紙を持っていませんよ」

「知っている」

 

 ファウラーは気だるそうに首を回すと、ため息をついた。

 

「……欲しいものがある時、どうやって手に入れるのが一番早いか、わかるか?」

「知りませんよ」

「1番目は、金と権力。お前もあの女も、それで靡いてくれれば楽だったんだがな」

「ハッ……ご期待に添えなくてすみませんね」

「残念なことだ。だからまぁ、2番目の手を取る。相手の弱点をついて、奪うことだ」

「だから……僕の弱点をついたところで……」

 

 ユールの言葉を聞き終わる前に、ファウラーは背を向け、見せつけるように事務所の方へとゆっくりと歩き出した。

 視線の先には、ファウラーの部下らしき黒いジャケットの男が見える。


 

「チッ……あのやろ……」

 

 ユールは重たい身体を無理矢理動かすと、勢いよく地を蹴り、ファウラーの肩を追い越した。

 気持ちが悪い。今にも内臓が飛び出しそうだ。

 今の体調で走ったりしたらどうなるかなど、気にしている余裕はない。

 走りながら、1つ2つと指の銀色を取り外していく。

 指輪を外すごとに、余計に胃がひっくり返りそうになるが、それも気にしてはいられない。


 

 入口の扉を力任せに思い切り開けると、ドアベルが勢いよく響く。

 

「ジョーくん!先生は!?」

 

 ドアの勢いに驚いたジョーが目を見開き、ぎょっとした顔で振り返る。

 

「どうしたユール、レティならさっき帰ってきていたけど……って酷い顔だぞ。大丈夫か?」

「事務所には……いるんですね?」

「そうだが、いいから座れ、ユール……ユール!」

 

 ユールは安堵の表情を浮かべると、ジョーの声を振り払って扉を背にした。

 心の中でジョーに詫びの言葉を浮かべ、事務所の入り口へと走る。

 

 階段の端に手を添えると、目を閉じ、大きく息を吸い込む。

 意識を指先に集中させると、バチバチと青白い火花が手元に集まり始めた。

 

 気持ちの悪さなど今は忘れる。

 指先の震えなど今は見えない。

 感じていいのは身体を巡る魔力だけ。

 

 ゆっくりと目を開き、息を吐きだすとともに1点に魔力を注ぎ込む。

 勢いよく流れだしたそれは、事務所を囲むように連ねられた文字を鮮やかに浮かび上がらせた。

 

 

「ユール!本当に大丈夫か……うわ寒っ」

 

 追いかけて飛び出してきたジョーの前に、冷気がなだれ込む。

 

 光る文字をなぞるように、おびただしい数の巨大な氷の壁が聳え立ち始めた。

 

 レティが事務所から飛び出てきたのがユールの目にも見えたが、氷の壁に阻まれてもう手は届かない。

 ユールは口の端に笑みを浮かべると、その場に座り込んだ。

 

 

「ふうん、やはり惜しいな」

 

 振り返ると、いつの間にかすぐ後ろまで来ていたファウラーの姿があった。


「先生に、手出しは……させませんよ」

「弟子としてはいい心構えだな。だが……お前は勘違いをしている」

「は、」

「お前の弱点はあの女かもしれないが……」

 

 その言葉を聞き終えるか終わらないかのうちに、ユールの意識は崩れていく。

 

「あの女の弱点もお前だろう?」

 

 何か大きい力で体が持ち上げられようとしている。

 

 薄れゆく意識の中で最後に伸ばそうとした指先は、皮肉にも自らが作った氷に阻まれ床に落ちる。

 

 氷の向こうからユールの名を呼ぶくぐもった声だけが、うっすらと耳に残っていた。

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