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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章

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45 不幸中の幸い

「あれっヘイゼさん?」

 

 ふたりがカルメラと分かれ、帰路につこうとしたとき、聞き覚えのある声がレティを呼び止めた。

 振り返ると、にこやかな笑みを浮かべた男性が植物の入った籠を抱えながら近づいてくる。

 

 「マトスさん。お久しぶりです」

 

 魔術師連盟の事務所で比較的よく会う認定魔術師の1人だった。

 個性だらけの若い認定魔術師たちの中では珍しく温厚な話好きで、レティにもよく話しかけてくれている覚えがある。

 

「久しぶり。珍しいところで会うね。きみたちも何かの仕入れ?」

「いえ、人探しの方で用事がありまして」

「ああ、きみはそういえばそっちの仕事もしていたね。両方の仕事は大変でしょうに」

「まぁ……捜索の方はあんまり繁盛していないので……そうでも……」

 

 レティとユールは遠い目をする。

 最近は競売の品物の持ち主探しで忙しくはしているが、それ以外の捜索依頼はまばらで、魔術師の仕事の方が割合は大きいのが正直なところだ。

 

「おかげで書類仕事の進み具合は芳しいですよ」

「連盟もそうだけど、無駄に提出書類が多いのはやめてほしいよねぇ。この前も期日が短いくせに面倒くさい内容の提出書類があっただろう?」

「ああ、あれは確かに大変だった……期日が短い?」

「うん?ほら、期日が短くなったって連絡が……来てない?」

 

 その書類に心当たりはあるが、そんな連絡は受け取っていないはずだ。

 レティはちらとユールを見やる。

 ユールはパラパラとスケジュール帳をめくるが、どこにもそういった記載は見当たらない。

 

「手紙の類であればすべて僕が目を通してスケジュールも管理しているはずですが……口頭連絡ですか?」

「どうだったかなぁ、うちもそういうところは弟子が管理しているから。でもさすがに手紙でも連絡が入るようなものだと思うけど……」

「ユール、あの書類って……」

「期日にまだ余裕があるからと提出はしていなかったはずです」

「そうだよね……」

 

 レティは額を抑えて唸る。

 連盟の事務所まで直接提出しに行くのを面倒くさがったつけが回ってきた。

 

「ちなみにいつまでかって……?」

「えーと、ああ、ちょうど今日だね。不幸中の幸いってやつだ」

「先生、書類自体は書き終わってますね?」

「提出するだけだ」

「じゃあ急いだほうがいい。今日は早めに事務所が閉まる日だ」

「よりによって……すみませんマトスさん、ありがとうございます。このご恩は必ず」

「いやいや、私は世間話をしただけだよ。まぁでも、今度ご飯でもぜひね」

「光栄です。では、私たちはこれで」

 

 

 マトスに別れを告げ、急ぎ足で門へと向かう。

 

「『不幸中の幸い』ね」

「これも手紙の影響なんですかねぇ?締め切り関連の連絡不備は困りますよ……」

 

 ついふたりともため息が零れる。

 特にユールは眉間にしわを寄せる。

 依頼がある際はレティがそっちに集中できるようにスケジュール調整をしているのだ。そもそも急な変更は困る。

 

「いや、余裕があるからと思って後回しにしていた私が悪いんだ。早めに提出するに越したことはないさ」

「まぁ……それはそうなんですけどっ……あれ?」

 

 門へたどり着くと、先ほど分かれたはずのカルメラが待っていた。

 

「ああ、よかった。もうお帰りになったかと」

「何かありましたか?」

「ええ、ニコル君について伝えたいことがあって……」

 

 レティとユールは顔を見合わせ、腕時計を見やる。

 時間的な余裕はあまりない。

 

「先生、僕だけで向かいます。その方が早いでしょう」

「頼んだ。そうだな……終わり次第、事務所かジョー君の店で落ち合おう」

「了解です。では、カルメラさん僕はお先に失礼しますね」

「え?ええ。お気をつけて」

 

 呆気にとられているカルメラをよそに、ユールは道を駆け出していく。

 

「お、お急ぎでしたか?すみません」

「いや、こちらの都合だから気になさらず。それで、ニコルさんについて伝いたいこと、とは?」

「あ、うん。これなんだけど」

 

 カルメラは手に持っていた写真とメモ用紙をレティへと差し出す。

 何枚かの植物の写真と、集合写真が1枚だ。

 

「去年うちで撮った集合写真にニコル君も映っていたのがあったのを思い出して。ここに映っているのが、彼よ」

 

 小さめで華奢な体型、薄い茶色のような髪色。

 事前に聞いていた情報とも一致する。

 

「この写真、借りてもかまわないか?」

「持って行って。多めに刷ってあるし、……もし彼が見つかったら渡してあげて。渡す前に辞めちゃったから」

「承知した。この植物は?」

「他の職員で彼と仲が良かった人が居てね。彼が他にも興味を持っていた植物について確認できたの」

「さっきのとラベンダーはわかるが……ほかの2つはあまり見たことがないな……これは……花、なのか?独特な形をしているが」

 

 1つは、二種類の異なる花が重なったような形。

 中心側の花びらのように見えるほうは円状に色が途中で変わっており、中心部のめしべも重なっているように見える。

 

「面白い形でしょう?トケイソウ、もしくはパッションフラワーと呼ばれている植物だよ」

「時計……たしかにそう見えるな」

「見た目は独特でちょっとびっくりすると思うけど、きれいな花よね。ハーブとしての効能もあるの」

「こっちは?」

 

 ユリのような白い花がラベンダーのように縦に連なっている。

 

「これはアスフォデル。これも面白い花よね。これは魔法植物の類に近くて、何種類かの魔法薬の生成に利用されることがあるわ」

「ほう……それぞれさらに詳しく伺っても?」

 

 レティは少し眉を上げ、ノートを取り出した。


 

 

 レティが詳細を聞き取っているころ、ユールは息を切らしつつも魔術師連盟の事務所へたどり着いていた。

「はい、確かに受領いたしました」

「ありがとうございました」

「こちらの手配ミスですみません……」

「ああいえ、まぁ……困りはしますけど」

 

 連盟の職員は申し訳なさそうにしながらも、首をかしげる。

 

「レティさんのところは事務所にあまりいらっしゃらないので、特に書面をしっかり送るように手配しているはずなのですが……」

「そもそもなぜ期日が早まったんですか?」

「すみません……私も上司に急に言われたものですから」

「……まぁもっとこまめに顔を出すようにはしますよ」

 

 副支部長にもつい昨日言われたばかりである。

 先生は渋い顔をするだろうが、連れ出すようにするいい機会だ。

 

「他に直近で提出期限があるものはありませんでしたよね?」

「ええ、ありません」

「なら構いません。ええと、間に合ったので大丈夫ですし……そう気を落とさず」

「はい。お心遣いありがとうございます……」

 

 普段は溌剌とした受け答えをする若い職員のしゅんとした様子に、ユールは少し困ったように笑う。

 

「いつもならお菓子の1つや2つ差し上げるところなんですが、あいにく今日は何も持っていないんですよね……」

 

 走りやすさを優先したため、所持品は必要最低限だ。

 

「いえ、そんな……」

「甘いものはお好きですよね?」

「え、ええ」

「うちの事務所の近くに美味しいお店があるので、次に来るときは差し入れしますね」

「……ユールさんはお優しいですね」

「ちょっとした楽しみがあるといいでしょう?では僕はこれで」

 

 ユールは和やかに笑みを浮かべ、その場を後にした。


 

「帰りますか……」

 

 捜索事務所までの道のりはそこまで遠くはないはずだが、妙に長く感じる。

 普段はレティと何かしらを話しながら移動していることが多いからだろうか。

 ぽっかりとあいた左隣が少し寂しい。

 少し落ち着かないのは、昼ご飯を食べそびれたからだろうか。

 

「ん……?」

 

 いや違う。何か妙な気配を感じる。

 何かがズンと胃の中に落ちるような嫌な感じだ。

 立ち止まって周りを見渡してみても、特に何もない。

 首をかしげながらも歩みを進めていくが、事務所へ近づくにつれて、嫌な感じは増していく。


 ユールは思い出していた。蓋をしていたかった記憶。

 この感じ、この嫌な感じ。腹の底からこみ上げるような気持ち悪さ。

 全身が拒否反応を示し始める感じ。前にも覚えがある。

 

 振り返っても何もない。

 いや、誰もいない。何かがおかしい。

 早く帰らなければと思えば思うほど、身体は重く、踏みしめる足は水の中を歩くようだ。

 違和感を感じて指先を見てみれば、いつも以上に指先は白く、わずかに指が震え始めている。

 

 小さくジョーの店の看板が見える。あともう少しだ。

 そう思って気が緩んだからか、足が絡まって視界が揺らぐ。

 

 身体を起こそうとしたユールに影が落ちる。

 

 「大丈夫か?……いや、大丈夫じゃあないか」

 

 言葉とは裏腹に、少しも心配していない淡々とした口ぶりだ。

 

 逃げなくては。その思考だけが脳内を駆け巡る。

 顔を上げなければと思ってはいるものの、身体の方が先に拒否反応を示し始めた。

 気づけば、指先だけだった震えが全身にまで及んでいた。


「ふむ。魔力が呪いと相性が悪いとは知っていたが、ここまで影響が大きい人間がいるとはね。興味深い」


 ユールは無理矢理力を入れ、やっとの思いで体を起こす。

 見上げた先には、わずかに見覚えのある、長身のがっしりとした男が立っていた。

 

 ユールは息も絶え絶えになりながらも、ゆっくりと言葉を搾り出した。

 

 「ファウラー……さん、ですよね」

 

 夕陽のような鮮やかな色の髪が風に靡く。

 威圧感を放つ堂々とした佇まいのそれは、獣の鬣のように見えた。

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