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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章
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44/44

44 もうひとつの温室

 翌日、ふたりは事務所からほど近い場所にあるとある研究施設へと向かった。

 屋敷をぐるりと生垣が囲っており、中はほとんど確認ができないようになっている。

 

「どうなることかと思いましたが、今日は特に邪魔も入らず快適にたどり着けて安心しました」

「昨日のことがうまく影響しているのか……とにかく何よりだ」

「やっぱりあれぐらいは必要……あっいいえ何でもないです」

 

 レティの鋭い視線にユールは即座にかぶりをふり、門扉に向き直った。

 呼び鈴を鳴らした後、待つように言われ数分経つが、なかなか人は来ない。

 

「昨日はよく眠れました?」

「久々に一度も起きずにゆっくり眠れたよ。疲れてたからか、あのお茶が良かったのかわからないけれど」

「それは良かった。それで……ここが最後の候補のお屋敷……でいいんですよね?」

「ああ。何か情報が得られるといいんだが」

「……来ないですね」

「一応昨日のうちに連絡も入れておいたんだが。おそらくそろそろ迎えが……来たな」

 

 白衣を着た女性が小走りにやってくるのが門越しに見えた。

 

「すみません、お待たせいたしました。レティ・ヘイゼさん……ですね?」

 

 女性は門を開けると、息を切らしつつ丁寧にお辞儀をした。

 

「はい。所長のレティ・ヘイゼと、こちらは調査員のユールです。お忙しいところ、お時間をくださりありがとうございます」

「バタバタしてしまってすみません。研究員のカルメラです」

「よろしくお願いします」

 

 ユールは名刺と警察からの委任状を差し出す。

 

「あっどうも。……本当は今日は業務も落ち着いているはずで……いえ、こちらの都合ですね。しっかりご案内させていただきます。ガルサ先輩のご紹介ですしね」


 ユールはハッとした顔つきで小さく頷いた。

 

「ああ、ここってガルサさんの?」

「元職場だ。魔法植物の研究施設」

「前にそんな話をしてましたね」

「先輩はお元気ですか?今も取引はあるんですけど、たまに来てもすぐ帰ってしまわれて」

「この前会った時は元気そうに研究対象について語っていたよ。長々とね」

 

 レティは思い出して少しうんざりした顔をした。

 話すのは構わないが毎回長いのはどうにかして欲しい。

 職員の女性はくすくすと笑った。

 

「相変わらずですね。それではこちらへどうぞ。お話だけなら応接室でもいいのですが……せっかくなので温室にご案内いたしますね」

「ありがたいですが……よろしいんですか?」

「レティさん……あぁ、ヘイゼさんたちの素性は先輩に保証されてますからね。温室は他の業者もよく出入りしますし」

「助かります。ああそれと、レティで結構ですよ。もっと話しやすい喋り方でも構いません」

「では、遠慮なく。レティさんもそこまでかしこまらなくても大丈夫よ」

「それでは、こちらも遠慮なく」

 

 カルメラは改めてじっとレティを見て微笑んだ。

 

「なんだか少し不思議な気分。先輩からよくお話を聞いていたから、初めてお会いした気がしなくて」

「ガルサが?」

「ええ。あなたと、たまにそちらのユールさんのお話も」

「僕の話も?」

「単純作業を長時間する時は結構雑談をしながらのことが多かったので。おふたりとも、先輩が信頼してる方なんだなというのは……何となく」

「ふうん、ガルサがね」

 

 レティは髪を耳にかけ、少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。


 温室へと続く扉をくぐると、眩しい光と熱気が出迎え、ふたりは思わず目を細めた。

 ガラス張りの温室内は日差しが燦々と差し込んでおりとても明るい。

 そこかしこに配置されたパイプからシューシューという音と共に蒸気が溢れ出ている。

 

 目を見開いてあらためて見まわしてみると、副支部長の家の温室とは異なり、花は少なくほとんどが緑だ。

 区画ごとに整然と並んでいる植物たちは、立て看板に細かい字で分類等が記載されており、観賞用と実務用の違いを感じさせる。

 入口から少し見ただけでもその広さと種類の多さに圧倒される。

 

「本当に……入っても大丈夫なのか?」

「毒性が強いものや生育環境が特殊な物は隔離してあるのでお気になさらず。ああでも、手は触れないようにお願いしますね」

「承知しました」

「やはり薬草や薬効のある植物が多いんですね」

「研究が目的ですから。観賞用ではないので見た目はあまり華やかではないけど……きれいでしょう?」

「ええ、どれも瑞々しくて美しいです」

 

 入口からすぐのところには、おおまかな配置を示した地図が掲示されていた。

 

「……バラはないか」

「バラ?……ええと、たしか前に生育していたこともあるけど、今はなかったはずよ」

 

 カルメラは周りを見渡すと、少し考えこみ手元のノートをパラパラとめくった。

 

「やはり花は少ないですか」

「そうね……ハーブぐらいかしら。それに、花が特徴的な物はいろいろと使い道があるのですぐ採取してしまうのよ」

「なるほど……」

「バラにもいくつか期待すべき効能はあるのだけど、集中的に研究対象にしている人はいなかったはず。うん、私が記録している限りはやはり今はないわね」

「探している人物が、バラに関係する可能性が高いもので」

「そうねぇ……この温室では研究対象の植物と、比較的入手が難しかったり、鮮度が重要だったりするものを中心に育てているから……バラは最近では生育していないみたい」

「そうか……」

 

 周囲に目をやると、確かにあまり見かけない種類のものが多いように感じる。

 昨日訪れた2つの屋敷に比べてもと、一線を画している。

 カルメラは木の影になっており比較的日差しが少ない場所を案内すると、椅子へ座るように促した。


 

「それで……ニコル君のことよね」

「ご存じなんですか?」

 

 ふたりは思わず顔を見合わせた。

 バラがないと聞いて正直ここは情報が出ないかと思っていたが、嬉しい誤算だ。

 

「ええ。その……幸運の手紙?のことは知らないけどね。アルバイトをしてくれていたわ。主に温室の植物の世話と、雑務の担当ね」

「それはいつごろ?」

「確か……先輩が辞めた後すぐから、半年ほど前まで……かしら?先輩とはおそらく面識はないかと」

「なるほど……」

「ニコルさんはどのような方でしたか?」

「真面目で仕事ぶりも丁寧な子だったわ。素直で礼儀正しいし……ああ、ただ……ちょっと世間知らずなお坊ちゃん、って感じのイメージがあるかな」

「世間知らず?」

 

 レティは眉根を顰めた。

 ここまでに出てきた情報とは違う話だ。

 

「ええ。業務に関わる部分は問題ないんだけど、たまにちょっとズレてるっていうか」

「例えばどんなことでしょうか」

「そうね……食材や調理後のものは知っていても調理過程は知らなかったり。お茶の入れ方を知らなかったりとか。あ、でもお茶の銘柄は詳しかったのよ」

「確かに……ちょっとお坊ちゃんって感じがしますね」

「それに、街の噂とか美味しいお店の情報とかにも詳しかったのよね」

 

 ユールは少し前のめりになりかけるが、横からの視線に気づいたのかすぐに姿勢を正した。

 

「でも自分で食べたことはないって言うし、食事に誘っても断られるし。今思うとちょっと不思議だったわね」

「美味しいお店の情報は知っているのに食べたことはない?……それは妙ですね」

「ユール」

「ああいえ、まぁそういうこともありますか」

 

 ユールはまだ腑に落ちなさそうな顔をしながらも、自分に言い聞かせるように頷いた。

 

「そもそもここにはどういった経緯で?」

「バイトとして働きつつ、植物や薬学について勉強したかったらしいのよね。採用の経緯はよく知らなくて……運営会社のお偉いさんの知り合いの知り合いの紹介らしいんだけど、詳しいことはあんまり聞くなって言われてたのよ」

「それは……何かちょっと怪しいですね」

 

 少し訝し気なユールの口ぶりに、同意するようにカルメラも頷く。

 

「最初は私たちもちょっと不安だったんだけど、仕事ぶりも丁寧だし欠勤もなく真面目だったから気にしないことにしたわけ。……とにかく夏場は人手が欲しいからどうこう言ってられないしね」

「ああ、夏場はガルサもいつも忙しそうにしてたな」

「そうなのよ。本当に猫の手も借りたいぐらい」

 

 そう言ってカルメラは肩をすくめようとして、ハッと何かを思い出した顔つきになり身を乗り出した。

 

「猫といえば、ニコル君でちょっと不思議な話があったわ」

「なんでしょう?」

「ここ、生垣で囲っているから人間は門以外から入り込むことは難しいんだけど、動物……とくに鳥や猫なんかは結構入り込んでくるのね」

「確かに、猫であれば入り込めそうな隙間はあったな」

「植物の研究が主だから、外で時間をかけて作業したりとかも多くて。見る分には癒されるんだけど、作業スペースに入り込まれるとどうしても作業の邪魔で」

「それは困りますね」

「邪魔されるだけならまだしも、物を倒してしまったりとかもあって。その愚痴を誰かが零した後に、ニコル君がよく入ってくる猫のそばに寄って行って……すぐ戻ってきたら妙にきりっとした顔つきになっていて。どうしたのか聞いたら『話をつけてきた』と」

「ふうん?」

「あまり冗談を言わない子だったのでみんな笑ってしまったんだけど、その後からぱったり猫が業務中に入ってくることがなくなったから……本当に話をつけてきてくれたのかもしれないわ」

 

「そういえば……雑貨店の店主さんも、猫と仲が良いというような話をしていらっしゃいましたね」

「そうだったな」

「猫を飼っていたのかも。確か、猫について他の研究員が相談しているのを聞いたことがあるわ」

「植物や薬物について勉強していたというのは、何を勉強していたか分かりますか?」

「そこは私もよくはわからないのだけれど……家族か身内の誰かが魔法使いか魔術師で、役立てるように勉強していると言っていたわ」

「なるほど……」

「彼について伝えられることは……大まかにはそのぐらいかな。辿るのは大変だろうけど……彼の採用に関わった担当者の連絡先も伝えておいた方がいい?」

「ありがとうございます。非常に助かります」

「突然辞めちゃって……私もちょっと気になっていたのよね」

「そうだったんですか?」

「まぁ、アルバイトだからいろいろ事情はあるとは思うんだけど。その後誰も見かけていないっていうしね。もし彼が見つかったら……元気だったかどうか教えてくれる?」

「ええ。もちろん」

「楽しみにしているわ」

 

 一通りの連絡先を確認し、その場を退出しようとしたとき、ユールの足が止まる。

 

「どうした?」

「いえ、ちょっと気になる香りが……」

 

 ユールはキョロキョロと視線を巡らせる。

 周りを見やると、数種類のハーブが植えられているエリアだ。

 レティは息を吸い込み香りを確かめると、その香りのもととなっている花のそばでひざまずいた。

 

「ああ、そういえば確か……彼が特に気にしていたのはそれだったかも」

 

 カルメラはそれを見やると、懐かしそうに声を上げ、小ぶりな白い花を指さした。

 記憶に新しい、甘酸っぱい果実のような香りがレティの鼻腔をくすぐった。

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