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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章
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42/44

42 氷のあと

 周囲に立ち昇っていた炎がひとつまたひとつと勢いを無くして鎮まっていく。

 ジャレッドは頭部に纏わりついている煙を引きはがせないと察すると、自身が生み出した炎を次々に灰塵へと変えていった。

 わずかながら煙は立つが、炎を灯し続けるよりはましだ。せめてこれ以上相手の利になるものは増やすまい。

 喉の奥に苦い味が広がる。灰の味か血の味か。

 

 突き刺さるような冷気が、じわじわと身体の自由も奪っていく。

 氷塊は気づけば柱ほどの大きさになり、取り囲むように聳え立っていた。

 

「言葉が通じない獣に対しては力で黙らせるのが一番だと、僕の地元ではよく言ったものです。野蛮な考え方だと思っていましたが……一理ありますね」


 膝をついてなんとか倒れずに踏みとどまっているジャレッドを見下ろしながら、ユールは淡々と言い放った。

 レティが来られないようにしていたのはかえって助かったかもしれない。あまり見せたい光景ではない。

 氷の檻の中で、ユールの指先の青白い光に従って、煙はなおもジャレッドへと集まっていく。

 

「……紫煙の魔術師……か……」

「ああ、覚えていたんですね」

「聞いていた使い方とは……ずいぶん違うようだが?」

「工夫次第で様々な使い方をできるのが煙の面白いところですね」

 

 ユールはジャレッドにまとわりついた煙を少しだけ緩ませる。

 ジャレッドにゴホゴホと咳を吐き出し、苦し気に肩で息をしながらも、飄々とした表情だけは崩れない。

 

「いつのまに……仕込んだ……」

 

 ジャレッドは素直な疑問を口にする。

 覚えている限り、そんな暇はなかったはずだ。

 

 

「あなたがたくさん燃やしてくれたフォーク。先生に組んでもらった魔術式が仕込んでありました。燃えて煙になってから扱いやすくなるように」

「彼女の……策か」

「ええ、概ねは」

「思っていたより……野蛮な……お嬢様だ」

「ああ……いえ、単純に動きを鈍らせる目的ですよ?先生に苦しませるような意図はありません。そうしたのは僕の私怨です」

「……ハッ……そうか」

「本来ここまでする予定ではなかったのですが。……ちゃんと知ろうともせず、根も葉もない噂で先生を侮辱されて聞き流せるほど、人間ができていないもので」

「人当たりが良い……好青年だと聞いていたが……思ったより短絡的なのだな」

「ええ、僕はもともと短気で怒りっぽい人間ですよ。先生のお側にいても問題ないように、穏やかで害のない人間を繕っているだけです」


 ユールはつい口元を抑えた。

 なぜかぽろぽろと言わなくてもいいことまで口から零れ落ちる。

 魔力の制御を緩めるとつい感情の制御も緩んでしまうのが厄介だ。

 

「師を崇めているのは……お前も同じじゃないか」

「一緒にしないでください。僕は先生に理想を押し付けたりしません」

「押し付け、か……そうかもしれないな」

 

 ジャレッドは瞬きするほどのほんのわずかな間だけ、表情を崩す。

 胸の奥がほんの少しだけ痛む気がするのは、煙のせいか、身体の凍えからなのか。それとも何か思い当たることがあるからなのか。

 ジャレッドにはもうわからない。

 

「僕からの要求は2つです。先生に謝罪して二度と近づかないこと。そして幸運の手紙のことはキッパリ諦めること」

「嫌だと……言ったら……?」

「そうですね。耐久力勝負といきましょうか。あなたの体力が尽きるのが先か、僕の魔力が尽きるのが先か」

「ハッ……笑わせる」

「笑う元気があれば思う存分どうぞ」


 ジャレッドの額に汗が滲む。

 思う存分笑いでもしたら、痛みで喉が裂けそうだ。

 ユールの方に視線を向けると、余裕そうに構えていても、身体は少し震え始めている。

 やはり、このタイプの魔術は術者本人に影響がでないような都合の良いものではない。


 ユールは自身の指先から零れ出る青白い光を握り締めた。

 自分でもここまで冷気や氷を出すつもりはなかった。感情が高ぶっているときは制御が不安定になりがちだ。

 まだまだ魔力には余裕があるが、どこまで身体の方が耐えられるだろうか。

 

 「今持っているのが先生ではあるとはいえ……こんな状況に陥っている僕が幸運と言えるんですか」

 「幸運?」

 「貴方が欲しがっているんでしょう、幸運の手紙を。本当に欲しいんですか?」

 幸運の手紙があれば、こんなとき……いや、本当に幸運の手紙など必要なのか?いいや、手に入れなければ。本当に?

 自問自答の答えが出せるほど頭が回らない。

 

 もう一押しか。

 ユールはジャレッドの様子を見て深く息を吸う。

 いっそもっと畳みかけたほうが良いだろうかと一歩踏み出したそのとき、突然ピシリと氷の柱に亀裂が入った。

 

 頑丈に作ったはずの氷塊がぼろぼろと崩れ落ちていく。

 振り返り身構えたユールはその輪郭を見やり、握りしめた手のひらを緩めた。

 

 

 崩れ去った氷の後ろから現れたのは、レティだった。

 

 

「やりすぎだ」


「先生……」

 

 

 レティはジャレッドに駆け寄ると、すぐさま煙を散らした。

 ジャレッドは大きく息を吸い込むと、解放された反動で盛大に咽せ、地面に崩れ落ちる。



「私の弟子がすまないね」

「いや……自業自得では……あるさ。幸運の手紙が欲しいとはいえ、あまりに強引だった」


 ジャレッドは苦しそうな顔をしながらも、どこか少しすっきりとした顔つきになっていた。

 

 レティは深く息を吸うと、一歩一歩ゆっくりとユールに近づいていった。

 

「予定通りにやれと、言ったはずだ」

「……こういう輩は少し痛い目を見るべきです」

「だとしてもだ」

 

 ユールは不満気な表情を浮かべ、視線を逸らす。

 氷の柱の残骸を掬い上げ手のひらでぱらぱらと零し移して確かめる。ただ砕けているだけだ。

 

「……どうやって解除を?」

「君に渡している魔術師式は全て、私にはすぐに解けるような仕組みを入れ込んである」

「はは……」

 

 ユールは乾いた笑みを浮かべる。

 やはり先生の方が何枚も上手だ。予防線を張られている。


 

 レティはジャレッドに向き直ると、わずかに残っていた煙も丁寧に散らしていく。

 

「ジャレッド……だったか。きみが言っていたことは的外れにも程があるが、私の魔力がほとんどないのは事実だ。認めがたい気持ちもわからないでもないよ」

「今日で分かったさ……貴方についての噂の多くが本人と乖離しているようだということはね。申し訳なかった」

「噂も重要な情報源のだが、精査は必要……そんなに悪い噂ばかりなのか?私は」

「いいとは言えないな」

 

 ジャレッドは肩をすくめる。

 ちらとユールを見やると、ユールもバツが悪そうな顔で視線を逸らした。

 

「まぁそれはそれとして……認定試験を軽んじるように受け取られかねない発言は控えた方がいいだろう」

「ああ。それはもっともだ」

「あれは……コネや運程度ではどうにかなるものではない。まぁ……そのあたりは、君の師匠に聞け。彼も認定魔術師の一人だろう」

「そうだな。その通りだ」

 

 ジャレッドは眉を顰め、考え込むように俯いた。

 

「今日のところはもう帰れ」

「幸運の手紙……」

「あなたも強情ですね……まだ言いますか」

 

 ユールは怪訝な顔でジャレッドをにらみつけるが、ジャレッドはかぶりを振った。

 

「いいや、欲しいということではない。いや、欲しいが、諦めるべきなんだと頭では理解している」

「どういうことだ」

「少し、時間をくれ」

「いくつ聞きたいことはあるが……それはまた後ほどで構わない」

「……すまない、普段はここまで軽率な判断をする人間ではないはずなんだが。幸運の手紙のことを考えると……すごく気が焦ってしまうんだ」

「ふむ。……それもあとで詳しく聞かせてくれ」

「ああ」

 

 ジャレッドは額に手を当てながら、噛み締めるように頷いた。


 

「それと、ユール」

「はい」

 

 レティは改めてユールに向き直ると、自分の中指の指輪を外し、ユールの小指に無理矢理はめた。

 

「やはり3つはやりすぎだ」

「……はい」

「頭に来た気持ちはわかるが。売られた喧嘩だからといって、他人を過度に苦しめてもいい理由にはならない」

「すみません」

「私が気にしない分君が怒ってくれるのは……いつも有難くは思ってはいるんだ……勿論やりすぎなければね」

「……はい」

 

 ユール自身不貞腐れながらも反省はしているのか、借りてきた猫のようにおとなしくなっている。

 

「……先生」

「何だ」

「貴女自身が話したがらないこと……特に昔のことは聞かないことにしているのですが……」

「私の生まれ、か?気になるか」

「気にならない、と言えば嘘にはなりますが。それよりもあの……あいつが知ってて僕が知らないのはなんか癪で」

 

 すっかり落ち込んでいる様子に見えたユールのいつもの調子に、レティは思わず笑みをこぼした。

 

「いいよ。話そう。いろいろと片付いたらね」

「はい、先生」

 

 溶けて水溜りになった氷塊の跡に、ふたりの影が映った。

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