41 炎のあと
ユールの瞳に幾度も赤が映る。
ジャレッドの指先から放たれた赤い火花は、ふたりに向かって一直線に飛び掛かる。
ユールは魔力をまとわせた指先で散らし続けてはいるものの、止めどなく降り注ぐそれは、本人と同じく厄介なことこの上ない。
散らすたびに火の粉のような光が目先をかすめるのも鬱陶しい。
少しでも逃すと弧を描いてユールのもとへとまた戻ってくるのも面倒だ。
「チッ……魔術は性格が出やすいとは聞きますけど……ここまで顕著とは」
「お褒めに預かり光栄だな」
「しつこいってことですよ」
「根気強いのが長所でね」
最初のうちはレティへと向かっていたものもユールが対処しようとしていたが、あまりの数の多さにその余裕もなくなってきていた。
ちらと後ろに視線を向けると、レティが何やら本のような薄い板のようなもので躱しているのが見える。
「こっちは気にするな」
「すみません、先生。……っと」
視線を戻そうとした瞬間、またすぐ目の前を火花が横切る。
すんでのところで避け、過ぎ去ろうとする端を指先で捕えて散らす。
「ふうん、思ったよりちゃんと動けるのだな」
「そりゃ……どう……もっ……!」
ユールの指先から放たれたフォークが青白い軌跡を描いて赤い火花を潜り抜ける。
が、羽虫を振り払うような軽い仕草ひとつで落されてしまった。
「テオにやったのと同じことをしようとしているんだろうが、私はあいつほど単純じゃなければ素直でもない」
「……そのようで」
続けざまに放ったもう1本も、赤い火花に迎えられて手のひらで転がされる。
まるでただ手渡されたカトラリーを受け取っただけかのようだ。
ジャレッドはフォークを少し眺めると手の中で火を灯す。フォークは煙を残し灰と化した。
「火の魔術が得意な人間を相手にして、燃える素材はやめた方がいいんじゃあないか?」
「急拵えなもので。とりあえずその場しのぎには使えますよ」
「この程度で凌げるつもりでいるのだとすれば、舐められたものだね」
「安心してください。序の口ですよ」
「どうだか」
ジャレッドは肩をすくめると、手の中で灯した炎をもてあそぶ。
ふいに視線をレティへとむけると、口元に指を添え、にやりと笑った。
「手紙を持っているのはお嬢様……いや、レティ先生、とお呼びしようか。貴方が持っているということでいいんだな?」
「そうだが」
「ふむ。であれば手紙が燃えるのは私も困るが……」
ジャレッドの放った火花がレティとユールの間を迸る。
また躱そうと身構えるレティだったが、火花は徐々に火そのものに形を変え迫りくる。
「先生!」
とっさにユールが放ったフォークは、火を追い越してレティの足元へ突き刺さる。
それは青白い光と共にたちまち氷の茨を出現させる。
氷の茨は徐々に氷塊となり、壁のごとく聳え立ち炎を防いだ。
ホッと息をついたのもつかの間、ユールの視界が炎の色に包まれる。
氷の壁で行き場を失った炎は、ユールに襲い掛かる。
「貴方の弟子が燃えても、私は困らないな」
ユールは目を見開く。
炎の揺らめきがひどくゆっくりと感じられる。
ここまで間近で炎を見たのはいつぶりだろうか。
近づく熱が、身体をこわばらせる。叫び声が、遠くで聞こえる。
ああ、あれは、あの日の篝火か。あれは確か――
「ユール!」
レティの声でユールはハッと我に返り、急いで後ろへ飛びのく。
前髪があぶられかけたが、大したことではない。
フォークをいくつか投げつけて氷の茨を出現させると、炎はたちまち蒸気へと形を変えた。
ユールは額の汗をぬぐい、ふうと息をつく。
まだどくどくと跳ねる心臓の音が聞こえる。
一瞬、何かに飲まれそうになった気分だった。
「これで手紙が燃える心配はなくなったな」
ジャレッドは氷の壁でこちら側に来られなくなったレティを見て、満足そうに頷く。
「はは……なるほど。僕に氷の壁を作らせて先生を隔離したかっただけってことですか」
「ああ。きみはどうやら彼女が関わるといい魔術を使うようだからな」
ユールは首筋にぞわりとした冷たさを感じた。
この男はユールのことも、ユールの魔術も、ちょうどよく使えそうなモノとしか思っていない。
本当に舐めているつもりはなかったが、これは本気でかからないと身が持たない。
「結果的にきみが多少焦げてしまっても、私としては構わないし」
「焦げなくてよかったですよ」
「だが、彼女の方はどうだろうな。手紙を渡すと約束してくだされば、彼が燃える心配もなくなるが。どうだ、レティ先生?」
「断る」
「残念だ。気が変わったらいつでも受け付けるぞ」
ジャレッドはやれやれと首を振ると、ユールに向けて火花と火球をいくつか投げつけた。
「焼き方の好みはあるか?」
「僕はステーキじゃありません……よ……っ」
対抗してユールも氷の魔術を載せたフォークを次々と投げつけるも、ジャレッドは軽々とよけ、その手に届く範囲のものは次々と燃やされる。
周囲には避けられたフォークが氷塊となって何本も聳え立ち始める。
ジャレッドは軽く手を仰いで煙を散らすと、手の中で小さな炎を出したり消えたりともてあそび始めた。
「氷は避けても氷。テオのように足元を掬われなければどうということはないのは楽だな。氷以外の魔術は不得手か?」
「いいえ?比較的優劣はありませんよ。師匠がいいですから」
「それにしては氷ばかりだが」
「今回は氷がいろいろと都合がよかったもので。あなただって火ばかりじゃありませんか」
「火が一番優れているからだ。大抵のものは燃えるだろう」
「はぁ」
「何をするにも話がはやくて効率的だ。ファウラー師匠も一番火の魔術が得意だしな。極めるべきだ」
「師匠が得意な魔術を極めるべきだという点においては同意見です」
「まぁ、私たちが何でもできることはきみだって知るところだと思うが」
「それも、まぁ…………」
「師匠がいいからな」
「はぁ…………」
ユールはだんだんと呆れ顔になっていく。
どうして自分はこいつを相手取らねばならないのだったろうか。
殴りたい気持ちは変わらないが、面倒くさい気持ちも徐々に広がっていく。
軽口を叩きながらも、火球と氷塊の攻防は続いてゆき、局所的に温度がちぐはぐになっていく。
蒸気パイプもないのに周囲には蒸気が立ち込め、湿度で体がべたつく。
魔力の消費も激しく、ただでさえ疲れはたまっていくなかで、両者とも不快感に苛まれていた。
ジャレッドの周りには次々と氷塊が聳え立ち、次第に視界が狭まっていく。
「魔力が多いとは聞いていたが、適当に大きい氷塊を作っていればいいというものではないだろう」
「そうですか?」
「狙いがずれすぎ。邪魔だ」
「ああ、それはどうも」
「はぁ?」
「あなたが邪魔だと感じているのならば概ね狙い通りですね」
「チッそういうことか」
面倒くさがってそのままにしていたが、氷塊など炎ですぐに溶かせばいい。
ジャレッドは炎を燃え上がらせる。
氷塊が溶け視界は広がっていくが、今度は蒸気と煙が鬱陶しい。
ジャレッドは頬を何かが伝うのを感じた。
汗かと思ってぬぐったそれは、自分の瞳から零れ落ちていた。
「目に染みた……か?」
いや、おかしい。
視界が極端に曇っている。
落ち着こうと息を吸っても、煙が邪魔をしてむしろ気持ち悪くなる。
ジャレッドは煙から逃れようと体制を低くするが、煙はそれに付き従うように姿を覆う。
手で振り払おうとしても、煙がまとわりついて離れない。
魔術を使おうにも、指先にも喉の奥にも違和感が絡みついてはがれない。
それなのに、近づいてくるユールは一切煙をまとっていない。
「炎を使うことしか考えなかったようで、助かりました。煙を集めやすいですからね」
「ま……さか……お前……」
「僕の先生が一番何の魔術が得意か、思い出しました?」
ユールはにこりと笑ってジャレッドを見下ろした。




