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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章
36/37

36 甘い思考

 コーヒーの香ばしい匂いが漂い始めた室内に、窓から真昼の眩しい日差しが差し込む。

 宝石のごとく艶めくベリーのタルト、ふわりと揺れるワインレッドの髪、読みかけの本のざらざらとした表紙、柔らかなソファーの布地。

 室内の赤という赤はその色をより一層強く輝かせている。

 レティは光に目を細めると、地図をテーブルに放り投げ、ソファーに倒れ込んだ。

 

「……やっと落ち着ける」

「ええ。まさか駅からずっと……とは思いませんでした」

 

 駅から事務所にたどり着くまでの間に、学生に2回、ファウラーの弟子に1回遭遇している。

 直接攻撃はしてこないものの、行手を阻む壁を作られたり、突然現れた障害物に足を取られそうになったりと、邪魔をされてかなり遠回りを強いられた。

 気味の悪い視線に付き纏われながらそんな道のりを進まされて、ふたりともかなり気疲れしてしまった。

 

「先生、コーヒーが入りましたよ」

「ん。ありがとう」

 

 ユールの声にレティは体を起こすと、居住まいを正してケーキに向き直った。

 

「どれがいいですか?」

「君のおすすめで」

「うーん、どれもおすすめではあるんですが、やっぱりベリーのタルトですかね。ベリーの甘酸っぱさと主張しすぎない味が絶妙で……まぁ、とにかくどうぞ」

 

 レティはユールから差し出されるままに受け取ると、きらきらと輝くそれを見つめた。

 白い皿に赤いベリーが映える。赤は好きな色だ。

 タルトにフォークを入れると、クランベリーとラズベリーの赤い果実がごろごろとあふれ出す。

 掬いあげて口にふくむと、穏やかな甘みと果実の酸味が口いっぱいに広がった。

 ほのかに塩気のあるタルト生地は口の中でほろほろと崩れ、アーモンドクリームの豊かな風味と混ざり合う。

 優しいが上品な華やかさもある、確かにレティ好みの味だった。

 

「お気に召したようで何よりです」

「うん。美味しい」

 

 口元に笑みの零れたレティを見て、ユールは優し気な目で満足そうに微笑んだ。

 

 

 コーヒーを一口飲んでから、ユールもリンゴのカスタードケーキを食べ始める。

 カスタードとリンゴが層をおりなし、その上にはほろ苦いカラメルソースがかかっている。

 こちらも甘すぎずちょうどよい。

 

「しっかりしてそうなのを選びはしましたが、無事崩れることなく持ち帰れてよかったです」

「ああ。君がしっかり守ってくれたからね」

「内心結構ひやひやでしたけどね。彼……コントロールうまかったし」

「この前の……サラマンダーを捕えた時の魔道具から着想は得たはいいものの、まだ実験段階だったから少し不安だったんだ」

「最終調整前でしたもんね。彼が素直で良かったです」

「場所を大きくずらされたらさすがの君でも難しかったろうしね。そのあたりを考えて改良しないと」

 

 レティはふぅと息をつくと、眉間を抑えて考え込んだ。

 魔術には熱心で憎めない様子の青年に、つい手の内を伝えてしまった。

 このままでも出力等を調整すれば充分戦えるとは思うが、対抗策を練るにも、ある程度の調整はしたほうが良い。

 

「そういえば……ファウラーさんってどんな人なんですか?」

 

 ユールは自分の分のケーキを食べ進めつつ、地図を見て経路をまとめながらレティに問いかけた。

 

「ああ……君は実際に会ったことはなかったか?」

「遠目に見たことはある、程度ですね。”お手紙”の差出人については皆軽く調べましたが……彼も先生と同じく、若くして魔術師連盟の認定魔術師で、大規模な魔術で有名らしいってぐらいですかね」

「大量の魔力を使って、シンプルで大胆で大規模な魔術を使う。私の対極にあるような魔術師だ」

「対策を考えておこうかと思ったのですが、ひととなりや魔術の傾向性までは知らないので……」

「そうか」

 

 レティは一瞬だけ眉間にしわを寄せると、頬杖をついて記憶を手繰り寄せる。

 

「彼は――魔術の腕だけはすごくいい。得意なのは炎系統の魔術だが、求められた結果はなんでも確実にこなす。害獣の駆除から道路整備に暴徒の一掃、劇の演出効果までなんでもやる」

「手広いですね」

「ほら、去年の夏祭りで町中に花を降らせたのも彼らだよ」

「へぇ、あれは素敵でしたね」

 

 アルディアでも特に盛り上がる夏祭りの終盤。色とりどりの花びらが風に乗って町中を舞い踊る様子は、本当に美しかった。

 

「……が、求められた結果を出せれば経緯はなんでもいいというのが彼のスタイルらしくてね。かなり強引なやり口なうえに、付随して起こったことの後処理はおざなりだ。私も含め、他の魔術師が後始末をさせられることもままある始末だ」

「ああ……花の片づけ、大変でしたね」

 

 ユールも魔術師連盟に召集されてレティと共に片付けを手伝ったが、数があまりにも多くてなかなか骨の折れる仕事だった。

 

「そういうことだ」

「……それで許されてるもんなんですね」

「何しろ実力は確かだしなんでも請け負うからね……連盟も彼らには甘いんだ」

「はぁ。なるほど」

 ユールは怪訝な顔になる。

 それでいくら"お手紙"について通報しても反応が渋いわけだ。

「そんな彼がどうして先生につっかかってくるんです?先生も魔術師としての成果は出してるじゃないですか」

 

 ユールはふと引っかかり、疑問を呈す。

 レティの魔術は複雑で繊細。規模が大きなものではないが、いつもしっかりと結果は出している。

 経緯を気にせず結果を気にするのであれば、彼のポリシーに反しているわけではないだろう。

 

「そこが私も少し腑に落ちないところではあるんだが、詳しくはわからない。以前人伝いで聞いた話では……魔術師に専念せず、捜索事務所をやっていることが気に食わないらしい」

「そんな……兼業魔術師も多いでしょうに」

「そうなんだけれどね。ああ、あと……」

「あと?」

「私が彼より1日前に連盟から認定されたのも、気に食わなかったらしい」

「ただの嫉妬じゃないですか」

 

 ユールは呆れて口をぽかんと開ける。

 レティは面倒くさそうにため息をついた。

 

「こんなことなら師匠に言われるがままに認定試験を受けに行くんじゃなかったよ……もう少し寝かせてからでもよかったな。考えが甘かった」

「お師匠様の勧めだったんですか?」

「うん。いろいろと便利な制度もあるからね。規定の年齢に達したから試験を受けただけなのにこれだ」

「先生には何の落ち度もないじゃないですか」

「何かほかにも気に障ることをしたのかもしれないが……あいにく覚えがない、と、いうか……」

 

 レティの視線が一瞬泳いだのを、ユールは見逃さなかった。

 

「……覚えてなかったんですね?」

「ちゃんと意識するようにしているさ。最近は」

「最近まで顔と名前が一致してなかったんですね」

 

 レティはバツが悪そうな顔をして手で顔を覆う。

 

「そうだよ……」

 

「他人に興味がないのは別に構いませんけど。せめて魔術師関連の人は早めに覚えておきましょう。僕がついていけないような場所もありますし」

「善処する」

「先生……」

 

 ユールがどうしたものかと考えあぐねていると、レティがハッとした顔つきでユールを見やる。

 

「……そうだ。君も魔術師として活動し始めてもうすぐ2年経つだろう」

「認定されればどこにでも連れていけるなとか考えてます?」

「そ……れだけじゃないさ勿論。君の力を試すいい機会にもなる」

「簡単に言いますけど。認定魔術師に合格できるのはかなり上位層なんですよ?僕がすぐ受かるはずないじゃないですか」

「そんなに難しく……なかった……と、思うが」

 

 レティはぼそぼそと言い募り口ごもる。

 

「ご自身の能力の高さを自覚してください。あと外でそんなことを言ったら絶対にダメですよ。本当に嫉妬で刺されかねません」

「……そうか?」

「そうです。……ちなみに、認定受けた時って魔術を学び始めて何年ぐらいですか?」

「10年ぐらい?」

「確か……魔術を学び始める前に魔法も勉強していたんですよね」

「8歳までね。……無駄だったけれど」

「無駄なんかじゃないです」

 

 途端に、ユールは真っ直ぐにレティを見つめ、真剣な顔つきになる。

 

「その年月の積み重ねが貴女の実力を作っているんですから。努力が高い能力を築き上げたんです」

 

 レティは褒められているのか怒られているのかいまいちわからず、困惑の色を浮かべる。

 

「……もっと誇ってください」

「はぁ……まぁ……わかった」

 

 レティはまだあまり納得がいっていないような顔つきではあったがしぶしぶ頷いた。

 きっとユールがそう言うならそうなんだろう。

 自分の中ではまだ噛みごたえがないが、ゆっくりと咀嚼していくしかない。


 

 ユールはそんなレティを見つつ、残ったリンゴタルトを口に運ぶ。

 頭を使う時は余計に甘い物が必要だ。

 ファウラーの情報から考えをまとめようとしたとき、はたと思い至る。

 

「……もしかしてそれを知らないから嫉妬してるんじゃないですかね」

「うん?」

「先生は魔術学校に通ってないですよね」

「通ってない」

「他の魔術師の方との交流も薄いですよね」

「うっ……薄いが」

「ぽっと出のよく知らない甘っちょろい魔術師がまぐれで認定されたと思われてるのでは?」

「……ああ、なるほど」

 

 最後の一口を運んでいたフォークの動きが一瞬止まった。

 言われてみれば確かにそうかもしれない。

 認定を受けたばかりのころ、異物や腫れもののような扱いを受けた覚えがぼんやりとよみがえる。

 他の魔術師からどのように思われているかなど、レティにとってはどうでもよいことで――考えたこともなかったのである。

 

「ふむ……ちょうどいい。それを逆手にとって考えようか」

 

 レティは食べ終えた皿を片付けると、きれいになったテーブルへ紙を広げた。

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