37 雑貨店とティーセット
「このあたりのはずですが……」
ふたりは対策を協議しつつ昼食を済ませたのち、予定通り手紙の差出人――ニコル氏が住んでいた住所へと向かった。
街中からは少し外れているが、キャシーの屋敷を含め、バラを咲かせている屋敷からは程近い。
屋敷に通っていたとしても頷ける場所だ。
またしてもファウラー弟子からの妨害にあったせいで、そこまでの道のりは予定通りとはいかなかったが、そこまで迷うことはなくたどり着けた。
辿り着いた場所にあったのは、壁に蔦が這っており、周辺を草木に覆われた小さな雑貨店だった。
そこまで広さはないものの、入口付近の花壇には数種類の花が植えられており、鮮やかな色を添えている。
「建物自体が変わった……ってわけではないと思いますが」
「趣深い建物だしね」
「うちの事務所みたいに上がアパートなんでしょうか……?」
「かもしれないね……パッと見た感じ入り口もポストもなさそうだけれど……」
「とりあえずお店の方に聞いてみましょうか。今のところ追っ手も襲撃まではしてこないですし」
「このままだといいんだが」
「ええ、本当に」
ユールが扉を開くとチリン、とドアベルが鳴り、紙の匂いがふわりと迎え入れる。
「おっと」
と、すれ違いざまに小麦色の猫がふたりの足元を通り抜けた。
小さな先客がいたようだ。
店内は書籍が多いが、他にもアンティークの家具が少しと、アクセサリーなどの小物、焼き菓子、食器など、様々なジャンルのものが散りばめられている。
窮屈とはまではいかないが、所狭しと物が置かれていることで、外から見た時よりも少し狭く感じられた。
室内にもいくつかプラントがつるされており、店主の植物好きが伺える。
店内を進もうとして、一揃いの黄色い花柄のティーセットを目にとめ、レティの足が止まる。
「先生、そういうのお好きですね」
「ああ。ここのは特に絵付けが丁寧で好きなんだ」
「お嬢さん、いい趣味をしていらっしゃるわね」
奥から現れたのは、人のよさそうな顔の老年の女性だった。
「東部のエトリア製ですか?」
「よくご存じね。この辺ではあまり見ないでしょう」
「祖父が好んで使っていたもので」
「センスの良いおじい様ね」
「周囲にそそっかしい子供が多かったので、壊れにくかったのも好んでいたようです」
レティは懐かしそうに笑い、肩をすくめる。
女性はふふっと笑みをこぼすと、大きく頷いた。
「ここのは特にそうね。ごめんなさい、急に話しかけて。気に入って仕入れたのだけど、なかなか目をかける方がいなかったものだから、嬉しくなってしまって」
「いえ、こちらも話しかけようと思っていたところですので」
「あら、何かご用?」
「お忙しいところすみません。人探しをしおりまして、少しお話を伺いたいのですが。お時間少しよろしいでしょうか」
「まあ。構わないわよ」
「プラムヘイゼ捜索事務所のレティ・ヘイゼと申します」
「同じくユールです」
ふたりが慣れた手つきで名刺を手渡すと、店主らしき女性は目を細めて覗き込んだ。
「あら、懐かしい。昔お世話になったことがあるのよ」
「先代に?」
「おそらくそうね。うちの猫を探してもらったことがあったの」
「さっきの子でしょうか」
「ああ、あの子は別のお家の猫よ。よく勝手に来る子なの。うちのはほら、そこでくるまっている黒い子」
視線を店の奥に移すと、大きな黒い猫が眠そうな顔で丸くなっていた。
「それで、探しているのはなあに?」
「この手紙の差出人を探しています」
レティは懐から幸運の手紙と警察からの委任状を取り出すと、差出人が見えるように店主へと差し出した。
「住所はここだと思うのですが……ご存じだろうか」
店主は眼鏡を押し上げると、しげしげと文字を見つめ、少し手が止まる。
「ああ、ニコルね。もちろん知っているわよ。上の階のアパートに一時期住んでいた子ね」
「引っ越されたと聞いていますが、彼は今どこに?」
「勤め先の紹介してくれたところへ住むことになったと聞いているけれど、私も詳しい場所までは……」
「そうですか……彼の勤め先はどちらか、ご存じですか?」
「ごめんなさいね、それもわからないわ。上のアパートのオーナーはまた別なのよ」
「オーナーをご紹介いただくことは可能でしょうか」
「いいけれど、ここ数か月は東部へ旅に出ているから、そう簡単には話を聞けないかもしれないわ。ああ、ちょっとまってね……」
店主はカウンター奥にあったハガキを手に取り、2人へ渡す。
「旅先から送ってきたポストカードよ。メモするならどうぞ」
「ありがとうございます」
レティが名前や滞在先を書き写している間に、ユールが質問を続ける。
「ニコルさん……彼はどんな方だったんですか?」
「そうね……おっとりとしていたけれど、礼儀正しい子だったわ。口数は少なかったけれど、話を聞くのが上手でね。なんだかいろんな話をしたくなるような子だった」
「その口ぶりだと、お若い方ですか?」
「ええ。学生ぐらいの男の子だったわ。学校に通っているところは……見たことないけれど」
「容姿はどのような感じですか?」
「体型は小さめで華奢……ああそう、貴方ほどではないけれど、白っぽい灰色……いや、薄い茶色のような髪だったと思うわ」
「このあたりではあまり見ない髪色ですね」
「言われてみればそうね」
「他に何か特徴的なことや……覚えていらっしゃることはありますか?」
「そうねぇ……ああ、うちの猫と仲が良くてね。それこそいなくなって困っていた時によく探し出してきてくれたわ」
「へぇ。猫探しが得意、と」
「ええ。無くし物を探したり調べ物をするのも得意でね。落とし物はすぐ探し出してくれたし、街中の噂話はなんでも知っていたわね」
「なるほど……?それは興味深いお話ですね」
ユールは目を少し細め、さらさらとペンを走らせる。
気になる話題だ。
「ああそうだ、植物を育てるのが好きで、お勤め先でも植物の世話をすることがあると言っていたことがあったかしら」
ふたりは目を合わせる。
やはり彼の勤務先はこれから行くいずれかの屋敷の可能性が高いのだろう。
「そのぐらいかしらね」
「ありがとうございます。大変参考になりました」
「それならよかった」
「ところで……こちらの店は商品の取り置きや取り寄せは可能でしょうか?」
「え?ええ、もちろんできますよ」
「ティーセットを一揃いいただきたいのですが、ちょっと今は持ち歩くのが難しくて」
荷物になるのもそうだが、いつ襲撃されるかもわかったものではない。
少なくとも今割れ物を運ぶべきではないだろう。
「事務所の備品にするのか?」
「ああいえ、僕が個人的に買います」
「珍しいな」
「たまには……ね」
ユールは視線を逸らし、なぜか少し照れたように頬をかいた。
「何か取り寄せたいものが?」
「あ、ええと……こういうものってあります?」
ユールはメモ用紙に小さく何か書きつけると、店主へ手渡した。
「ええ、ありますよ。確か在庫があったので探しておきますね。いつごろ取りに来られます?」
「そうですね……先生、この件いつ頃片付くと思います?」
「今日、明日中には。少なくとも手紙の処分は終わらせるよ」
「承知しました。では、明後日取りに伺います」
店主はニコニコと頷くと、預かり証をユールへと手渡した。
「こちらにお名前を」
「はい。ああそれと……そちらの焼き菓子セットもいただけますか。これはすぐ持ち帰ります」
レティは怪訝な顔をする。
それを目に入れたユールは慌ててかぶりを振った。
「やだな、違いますよ先生。キャシーさんへの手土産です」
「ああ、なんだ」
「そうです。茶菓子をお持ちすると言っていたのに手ぶらじゃあ、申し訳ないですからね」
「そういえばそんなこと言ってたな」
「ええ。アイリスさん……公園近くのケーキ屋さんの焼き菓子ですよね?僕好きなんですよ」
「あら嬉しい。息子の店なの」
「本当ですか?よく伺わせていただいています」
ユールは会計を済ませると、菓子の入った紙袋を受け取ってにこりと笑った。
「ありがとうございました」
「はい。無事見つかるといいわね」
「ええ」
レティは名残惜しそうに店内を見やる。
「先生、何か気になる物でも?」
「雑貨をもう少しじっくり見たいところだが……今は時間がないな」
「ええ。また改めましょう」
「もし……」
ふたりが店を出ようとすると、店主の控えめな声がする。
振り返ると、少し寂しそうな顔で店主が微笑む。
「もしあの子に会えたら……いつでも遊びに来てと言っておいて」
「伝えます」
黒猫が賛同するように小さく鳴いた。




