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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章
35/37

35 凍てつく青

 赤い火花は途切れることなく、青年の指から次々と放たれていく。

 真上からじりじりと照りつける陽の光が、その軌跡をより朱く輝かせていた。

 

 火花は弧を描き、螺旋を描き、ふたりに向かって降り注ぐ。

 が、すべてユールの魔力からなる青白い光に阻まれて打ち消える。

 

「防いでばっかり?それじゃ面白くないでしょ」

「面白さは求めてません」

 

 不貞腐れたように宣う青年の頬を、青白く光る筋が掠めていった。

 ユールの放ったフォークが背後に突き刺さる。

 

「あっぶね」

 

 青年は目を丸くすると、ハハ、と乾いた笑みを浮かべた。

 

「結構がっつり狙ってくるじゃん」

「お望み通り狙ってあげただけですよ」

 

 ユールはにこりと笑う。

 手元には魔術式のメモを張り付けた、使い捨てのフォークが数本握られている。

 

「てかなんでフォーク?」

「飛ばせそうなものが手元にフォークぐらいしかなくて」

「何で持ってんのって話!」

「マイカトラリーを持ち歩くのは食通の嗜みですよ」

「はぁ~?」

 

 そんな話をしながらも攻防は続き、赤と青の火花が行き交う。

 ユールは飛んできた火花を全て撃ち落とすが、青年は青年でユールの放ったフォークをひょいひょいといとも簡単に避けていく。

 

「そのケーキ、美味しいの?」

「ええ。ベリー系がおすすめです。……狙ったら許しませんよ」

「俺はそんなことしないよ。さっきの喫茶店?」

「そうです。あなた方のおかげで喫茶は諦めましたけど」

「えー、それはごめん。でもうちのセンパイ達だって店を襲ったりは……あー、ま、過激なやつもいるか」

「貴方でまだマシというのが残念ですね」

「まぁ、師匠が師匠だからなぁ……てかそっちの師匠は?守られているだけなわけ?」

「先生に手を出させるまでもありません」

「ふぅん?俺も甘く見られたものだね」

 

 青年は不満そうな顔をして指先に力を籠める。

 勢いを増した赤い火花はレティめがけて一直線に飛び込むが、ユールの指先は侵入を許さない。

 ユールはフォークで攻撃を受け流しながら、ちらとレティを振り返る。

 

「……そろそろいいですかね?」

「充分だろう」

 

 ユールは頷いて軽く息を整えると、指先に先ほどよりも多くの魔力を集中させる。

 手元のフォークをぐるりと青白い光が取り囲むと、貼り付けたメモの文字がきらりとゆらめいて光った。

 ユールの指先から勢いよく放たれたそれは、青年の周りをぐるりと跳ね、背後の壁に突き刺さる。

 

「うわっ」

 

 ピシリ、と亀裂が入った時のような音がしたかと思うと、ひやりと冷たい空気が青年の背を撫でた。

 

「……冷たい?」

 

 疑問に思って青年が地面を見た時には、足元に小さな氷の花が開き始めた。

 視線を周囲に広げてみれば、周りに散らばった青白い光を放つフォークから、氷の塊が茨のように生え広がっていく。

 氷の茨は逃げようとする青年の足元を取り囲むと、手足から上半身まで急速に伸び、肢体をからめとって動きを封じる。

 

「ねえ、ちょっと? なにこれ」

「氷ですよ」

「そういうこと聞いてるんじゃないのわかるだろ」

 

 ユールは足早に氷の茨付近に近づくと、抜け殻のように光らなくなったフォークたちを回収し始めた。

 

「無視すんな」

 

 ふぅ、と息をつくと、ユールは青年に向き直って淡々と告げる。

 

「あなたの選択肢は2つです。このまま氷が解けるまで待つか、こちらの要求を飲んで魔術の解除方法を聞くか」

「要求ってなに」

「幸運の手紙を諦めてください」

 

 青年は、面倒くさそうに顔をゆがめる。

 

「俺もそうしたいけどそれは無理。ファウラー師匠の命令には逆らえないから」

「説得してみては?」

「そう言われてもさぁ、俺なんか弟子の中でも下っ端も下っ端だからさ。肩身も狭いわけ。俺が何言ったって変わんないよ」

「そうですか。頑張ってくださいね」

 

 ユールはフォークの本数を数えながら、青年の方を見もせず冷たく言い放った。

 

「ねーヘイゼ先生?そっちの美人のお姉さん。助けてくださいよ」

「先生に話しかけないでください」

 

「ファウラー師匠の嫌いな食べ物とか話しますからぁ~」

「至極どうでもいいが、興味はあるね」

「先生も構わなくていいですから」

 

 ユールはため息を吐きつつ、数の揃ったフォークをポケットにしまった。

 

「先生、お待たせしました」

「ああ。行こうか」

 

 何事もなかったかのようにのんびりと帰る話をし始めるふたり。

 その間にも、冷気が少しずつ青年の四肢を蝕んでいく。身体の震えが抑えきれない。

 

「……ほんとに帰る気?」

「ええ、ではお元気で」

「君のせいで元気じゃなくなりそうなんだけど?」

「それはお気の毒に。それでは」

 

 背を向けて歩き出したふたりを見て、青年も流石に焦りが隠せなくなる。

 体の動きを封じられている上に、寒さで指先もまともに動かせない。視界の端では青白い光をまとった氷の茨がゆっくりと体を締め付け続けている。

 音を遮断する魔術をかけたばかりに、仲間を呼ぶこともできない。

 相手側の応援を呼ばせないためにやったことだが、自分の首を絞めることになるとはつゆにも思わなかった。

 

「ま、待ってよ……ねぇ!」

「お昼どうしましょうか」

「ランチタイムに間に合えばいいが……」

「ねぇってば、言える範囲で教えるからさ……ねぇお願い!」

 

 ユールは足を止め、しょうがないなとばかりに肩をすくめると、メモ帳を取り出した。

 

「うちの事務所を襲ったのは、貴方ですか?」

「俺じゃない」

 

 青年は強く否定するように首を振った。

 

「否定はするが動揺していないところを見るに、知ってはいるようだね。君の先輩か」

「うちの誰かがやったことだけは知ってる。誰かは知らない」

「幸運の手紙を狙っているのは貴方を含めて何人ですか?」

「師匠と俺含めて5人?あと見張りの学生バイトが数人かな」

「手紙を手に入れてどうしたいんだ?」

「さあね。そこまでは知らない」

「君は一番若い弟子ですか?」

「弟子の中では下から2番目。先輩方はもっと厄介だと思うよ」

「嫌な知らせですね」

「得意な魔術の系統や弱点は何だ?」

「言えるかよ」

「……さすがにそうですよね」

「聞いてみただけだ。まぁ、ファウラーは火を使う魔術が得意だからそのあたりだろう」

 

 途端に青年は目線を泳がせ顔をそむけた。

 

「学生はあからさまでしたけど、貴方も貴方で顔に出やすいタイプですね」

「うるさい」

 

 青年はむすりと口をとがらせてユールをにらみつけた。

 ユールは意にも介さず、黙々とメモを取り続ける。

 

「この手紙のリスクは知っているのか?」

「……聞いてない」

 

 今までどこかへらへらとしていた青年も、一瞬こわばった表情を見せる。

 

「簡単に言えば、幸運を招くきっかけとして不運なことが起こる」

「なんだ、呪われたりするのかと思った」

 

 青年は少し安堵したのか、面持ちが柔らかくなった。

 ユールは反対に不満そうな顔でぼやく。

 

「呪われているような感じはしますけどね」

「『幸運』が謳われている品物にしてはマシじゃない?」

「ふむ……ただ幸運に釣られたかと思ったが、怪しい品物はリスクがつきものだという考えはあるようで何よりだ」

「これでも魔術師の端くれなんで。……それで?もういい?まだ?」

 

 青年は震えながら、おずおずと不安そうに口を開く。

 

「どうです?」

「ファウラーに諦めろと伝えるだけ伝えろ。結果どうなろうととりあえず伝えて欲しい」

「ええー……まぁ、いいけど」

「それでよしとしよう。今回はね」

 

 レティが頷いたのを見て、ユールは1つだけ残していたフォークを引き抜いた。

 すると、氷の茨は砕け散り、周囲は水たまりと化す。

 青年は崩れ落ちるように地面に倒れこんだ。土ですら温かく感じる。

 

「たすかっ……た……」

「まぁ、実を言うと何もしなくても僕たちがいなくなるころには溶けるようにしてましたけどね」

 

 ユールはにこりと笑ってフォークをしまいこむ。

 

「はぁ? それじゃあただの時間稼ぎだったってこと……?」

「先生はお優しいので、無闇に他人に危害を与えたりしません。やり方を考えたのが先生でよかったですね」

 

 青年はきゅっと口を結ぶと、周囲を改めてぐるりと見回した。

 

「ねぇ。……どういう仕組み?前もってこの場所に仕掛けてた……ってわけじゃないよね」

「違います」

「じゃあ最後のフォークだけ?いやでも範囲が……」

 

 青年は水たまりの近くに座り込むと、フォークの跡をなぞりながらぶつぶつと呟き始めた。

 

「魔術の構造が気になるか」

「そりゃあ……まぁね」

 

 レティの視線を受け取ると、ユールはこくりと頷いて先ほど投げたフォークのうち1本を取り出した。

 

「フォークには、魔力をまとわせたうえで『発動条件が満たされていない』氷の魔術式を貼り付けてありました」

「最後に投げたやつが発動のトリガーだったってわけか」

「そういうことです。トリガーを外せばさっきの通り。解除されます」

「魔術式を見せてもらうのは……」

「さすがにそれはちょっと」

「だよね。……っていうか魔力多くない?どうしてあれだけの範囲やってピンピンしてんのさ」

「僕にとっては『少し』の量なので」

「あー、そういうタイプね。わかった。ちっ……今の俺にはどうしようもないな」

 

 青年は大きなため息をつくと、脱力しきった腕で追い払うように手を振った。

 

「ほら、さっさと行きなよ」

「言われなくても」

「じゃあ行こうか」

 

 

 ふたりが歩き出すと、徐々に周囲から人々の声と蒸気の音が現れ出した。

 先ほどユールが買ったのと同じケーキの箱を持っている人もいる。

 

「あ、そうでした」

 

 ユールはレティに左手を差し出すと、預けたケーキ箱を受け取った。

 

「そういえば……今日はフルーツが食べたい気分だったのか?いつもはキャラメルとチョコレートばかり選ぶのに珍しいなと思って」

「ここは果物を使ったケーキが美味しくて。それにたぶん……」

 

 ユールは小さく咳払いをしてから、照れ臭そうに柔らかく笑った。

 

「先生好みの味だから、食べて欲しかったんですよ」

 

「……行こう」

 

 心なしかレティの歩みが早くなる。

 駅はもうすぐだ。

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