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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第二章
30/37

30 簡単で難しい魔術

「先生!」

 

 ユールはとっさにレティの腕を引いて窓から離れさせ前に出る。

 窓自体には特段変わった様子は見受けられない。

 窓越しに外を見やると走り去る男の姿が見て取れたが、今から追うのはさすがに無理だろう。

 レティに視線を戻すと、目をパチパチとさせながら固まっていた。

 

「大丈夫ですか、先生」

「あ、ああ」

 

 音と光に驚きはしたものの、実害はない。

 防御魔術がうまく作動したようで、建物自体にも影響はなさそうだ。

 いつも防御魔術は施しているものの、実際に窓を直接攻撃されて作動するようなことは久々だった。

 レティが呼吸を整えようと胸元に手を置くと、心臓がまだどくどくと音を立てているのがよくわかった。

 

「なんですか、今のは」

 

 ユールはいつも使っている魔術のそれとは違う衝撃に、落ち着かない様子だった。

 

「魔術というよりも、あれは……」

 

 ユールは己の指先を見つめる。

 指先から溢れ出る魔力そのものに、似ていた。

 レティは何度か深呼吸をすると、ユールに向き直る。

 

「おそらく思っている通りだ。魔力を直接何かにぶつける、低級な攻撃魔術だよ」

「魔力自体を?」

「ああ。おそらく君にもできるが……私はやれたことがないし、君は加減が難しそうだからあえて教えていなかったんだ」

「それは……賢明な判断ですね」

 

 最近はある程度コントロールできるようにはなっているが、それでも魔力そのものを取り扱うのは怖さがある。

 何かを壊してしまわないかが不安だ。

 

「一般的には非常に簡単な部類の魔術だが……私たちにとっては一番難しい魔術かもしれないな。まぁ……最近はかなり扱いも上達してきたし。そろそろ大丈夫だろう」

「そう……でしょうか?」

「ちゃんと加減を間違えなければ、ね。指輪を2個以上外したときは使わないことだ」

「うっ……はい」

 

 ユールは先日の魔力の使い過ぎ事案を思い出して苦い顔になる。

 なんとなく落ち着かず、左手の指輪をくるくると回した。

 

「やり方だけは私も伝えられるが、本当にやり方しか知らないしな。……そうだな。実践的な訓練を積みたいなら、ガルサかアイヴスが扱いがうまかったはずだ。聞いてみると良い」

「ガルサさんはわかりますが……アイヴス捜査官も?」

「簡単な魔術と魔法は警察学校で取得したらしい。ああみえて、魔術も魔法も使える珍しい人間なんだよ。本人は筋肉にしか興味がないのだけれど」

「意外です」

 

 ユールは初めて聞く話に驚きを隠せなかった。正直なところ、物理的な能力のイメージしかない。

 覚えている限り、本人が魔法や魔術を使っているところは見たことがない。

 

「応用的な部分を考えるとガルサの方がいいかもね。呼びつけやすいし」

「そう思ってるのは先生だけですって」

「まぁ……それはともかくとして。攻撃魔術を放ってくるような人間に狙われているのは厄介だね」

 

 レティは机の引き出しを開け、1枚の紙を取り出した。

『ここにあるのはわかっている すぐに手放せ』と、新聞か何かを切り貼りした文字で書かれている。

 昨日事務所の郵便受けに入っていたものだ。

 

「さすがに関連しているとしか思えませんね」

「脅迫文を送られるのは初めてじゃないが……本当に襲ってくるやつがいるとはね」

「今のところ、防御魔術がしっかり効いているようで何よりですけど……」

「相手の力量もわからないしね。後で調整しておこう」

 

 建物に施している魔術は、あくまで防御するためのものだ。

 ある程度の魔術を打ち消したり、威力を抑える効果はあるが、何が起きるかはわからない。


 ユールは競売品リストと脅迫文を並べて眉根を寄せた。

 

「せめてどれの話をしているのか教えてほしいものですね。脅迫文なら、要求もちゃんとわかるように書かないと」

 

 現在、この事務所の中には過去に類を見ないほどたくさんの預かった品物があるのだ。

 おそらく競売品の中のどれかの話をしているとは思うのだが、数十個あるうちのどれの話をしているのか。

 

「それも……そうだね」

 

 レティはユールの論点に急に肩の力が抜け、口の端に笑みを浮かべた。

 注目するところはそこではない気はするが、そこも大事なところではある。

 

「この脅迫文と窓への攻撃……少なくとも今はまだ脅かすぐらいの段階ではあると思う」

「なるほど。先生、最近視線を感じたりとかはありますか?」

「監視されていそうかってことか?」

「ええ」

「少し。でもいまだに嫌がらせの噂を流すような魔術師もいるからなぁ。あまり参考にはならないかもね」

「まだいますか」

「……ああいうのは私の存在自体が気に食わないんだ。私が何をしようと変わらないよ」

「でも……」


 レティは口の端に笑みを浮かべ、気にするなとばかりに手を振った。

 

「なんか変な噂流したりするやつは全部特定して連盟に通報しているよ。あいつらは私の得意分野が捜索であることすら理解できていないらしい」

「…………さすが先生ですね」

 

 ユールはレティには柔和に微笑みかける一方、見えないところでこぶしを握り締めた。

 まだまだ自分は力不足だ。

 

「……君の方は?」

「僕ですか?うーん、僕は見た目的に目立つ方なので視線を感じることの方が多くて」

「まぁ、君はそうか」

 

 薄灰色の長い髪はこのあたりでは珍しい。そのうえ、制御具とはいえアクセサリーを大量につけているため、どうしても目立つのだ。

 

「とりあえず……なるべく分かれずにふたりで行動したほうがいいだろう」

「そうですね」

 

 ユールは地図を片付けながら頷く。

 もう一度窓から通りを眺めてはみたが、とくに気になるような人影は見受けられない。


「君は攻撃した人物を見たか?」

「おそらく若めの男で、黒いジャケットを着て、青い帽子をかぶっていました。見たは見たんですが、走り去っていくところだったので顔まではハッキリとは見えなくて……」

「充分だ。ありがとう」

「たぶん見覚えがある顔ではなかったとは思うんですが、遠かったので何とも……」

「そうか……いや、仕方ない」


 レティは適当なメモ用紙をちぎり、ユールから聞いた特徴をまとめる。

  突然のことで、ふたりとも動揺していたのだ。大まかな情報だけでも有難い。

 

「大通りへ向かったのか?」

「そうです。すぐに向かえばある程度辿れるとは思いますが、どうします?」

「そうだな……いや。今追ったところで、下っ端を捕まえて終わりだろう。時間がもったいない。それよりも先に、建物の住民に注意喚起を出しておこう」

「承知しました」

 

 レティは唇をかむ。

 事務所やふたりを狙うのであればどうにでもなるが、一番避けたいのは、この建物の他の住人たちに危害が及ぶことだ。

 

「大丈夫ですよ、先生。窓を直接狙いに来るとは思いませんでしたけど……建物自体には罠もいくつか仕掛けてありますし。何より、ここの人たちは腕っぷしが強い人ばかりですしね」

 

 ユールはゆったりとした口調で不安そうなレティに声をかける。

 

「まぁ……それはそう、だが」

「狙いが僕たちか、預かった品物のどれかなのであれば……明日出かける時におびき出せたりしませんかね?」

「そうだな。一番狙われやすそうなのは、やはりこれか?」

 

 こちらで預かっているものは、そこまで希少価値が高いものではない。

 そうなると、一番狙われそうなのはこれかもしれない。

 レティはリストの『幸運の手紙』の記載のあるページを開いた。

 

「ですかねぇ。じゃあ僕、とりあえずジョー君に知らせてきますけど……明日出かけることを大きめの声で喋ってきます」

「そうしてくれ」

 

 外へと向かうユールの背を眺めながら、レティはため息をつく。

 師匠への手がかりと思ったが、共通点を探そうにも、たどり着くまでに厄介なことが多すぎる。

 敵を想定した動きや罠を張ったりするのは、どちらかというとレティの苦手分野だ。

 

「うわぁ……」

 

 と、ユールが突然声を上げる。

 

「どうした?」

「いえ、突然大雨が降ってきて……」

 

 ユール越しに外を見てみれば、先ほどまであんなに晴れていたのに、大粒の雨が降っている。

 天気予報でも今日は一日晴れの予報だったはずだ。

 

「あれ、……本当に『幸運』の手紙、なんですかねぇ?」

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