29 幸運の手紙
手紙。伝えたい言葉。残したい言葉。
口に出すのは言いづらいことも、文字にしてしまえば伝えられることもある。
遠く離れた相手にも、距離を超えて思いを伝えられる。
レティはその日、便箋を前にして、ペンを持ったまましばらく固まっていた。
目の前には書き損じが何枚も転がっている。
「うーん……」
「珍しいですね、先生」
ユールはユールで別の書類を書き進めていたが、同じぐらいに始めた書類の3通目が終わったところだ。
「文章を書くのは嫌いじゃあないが、自分の気持ちを文字にするのは苦手なんだ。それも、直接の面識のない人に……やっぱりユール、君が」
「いいえ、これは先生宛の手紙ですから。先生が返信を書くべきです」
レティは口をとがらせてまた便箋に向き直る。
彼女が頭を悩ませているのは、先日のサラマンダーの飼い主からのお礼の手紙の返信だった。
どうやら、レティ本人に興味があるようで、手紙には沢山のお礼の言葉だけでなく、捜索事務所とレティへの質問がたっぷりと記されていた。
「ただの社交辞令だったらよかったのに」
「こういうところで細やかな気配りができるかで、今後のお客様に繋がっていったりするかもしれませんから」
「いいよ東部の客はもう……魔法関係はしばらくいい……」
「もう……そんなこと言わないでください」
レティは書きかけの便箋をくしゃくしゃに丸めると、机に突っ伏した。
手紙を書くのはいつも苦手だ。
気を逸らせようと、同じ机にのせていた競売の品物リストをパラパラとめくる。
ふたりに任された持ち主不明の競売の品物は、競売らしく紹介文が添えられており、そのおかげで持ち主を早めに特定できたものもいくつかあった。
意匠がわかりやすく製作者がわかっているものは特定がしやすかったが、それ以外のものはまだざっくりとした特徴の書き出しと分類しかできていない。
今ところ、師匠へとつながりそうな共通点を探す段階にはまだほど遠い。
「競売品の確認進捗は?」
「宝飾類・装飾品の類は先生の記載した特徴の一覧をもとに、そういったものを扱っている商人の方へまとめて確認を依頼中です。彫刻品と絵画は確認先へ依頼の手紙を書き終わったところですね」
ユールは先ほど書き終わった手紙をレティの目に入るように掲げる。
「わかった。ありがとう」
「水晶玉は……宝飾類のリストになかったんですけど、これはどうします?」
「確か占いで使うものだと聞いたことがある。後でアウロラに聞いてみるよ。あの子はカードで占うからわからないかもしれないけれど、扱っている店ぐらいは知っているだろう」
「ああ、なるほど」
ユールは水晶玉をまじまじと見つめる。これでどうやって占いをするのだろう。
アウロラには何度か占ってもらったことがあるが、思っていたよりもいろいろと言い当てられてびっくりした覚えがある。
何かの理論をもとに組み上げられた結果を読み解いているらしく、魔術式と似た印象を持った。
そういうところがレティと仲が良い由縁の1つなのかもしれない。
「後は手紙ですね」
「ああ、この『幸運の手紙』とかいうやつか」
リストの中でも紹介文が異彩を放っていたのが、この手紙である。
手紙の内容としては、くじで当たって旅行に来ている旨が書かれているものだが、幸運なのはそれだけではないらしい。
「たまたま欲しかったものが手に入ったり、たまたま落下物を避けることができたり、たまたまギャンブルで大勝ちしたり……手紙を所持した人に幸運が訪れるらしいです」
「……これだけちょっと趣が違うな」
「他にも幸せを運ぶ云々……みたいなのはいくつかありましたけど、なんかちょっと変というか……これも遺物でしょうか」
「いや。紙が新しいし……使われている文字も現代のものだ。それはないだろう」
ユールは再度手紙を開いた。
確かに、文字も言葉遣いも現代的で、ユールにも読みやすい文章だ。
紙も汚れてはいるものの、そこまで古さは感じない。
「何より、差出人と宛先がこの街と隣町だ。この辺はアルディアも含めてここ数十年で開発されたばかりの土地だからね。古代の魔法が関連しているもの――遺物ではないだろう。」
「それもそうですね。……手紙なんて名前も住所も書かれてるから、すぐ持ち主が見つかると思ったんですけどねぇ」
宛先の住所はアルディアにはなっているものの、どうやら住人は引っ越した後らしい。
名前も住民登録している名前ではないようで、宛名からも特定に至らなかったそうだ。
「他の品物もそうですけど……経緯を辿るのが厄介そうなものはだいたい回されている気がします」
「まぁ……警察側ですぐには特定が難しいと判断したであろうものが、こっちにまわってきているからね。そう簡単にはいかないとは思っていたけれど」
レティはなかなか減らないリストの文字を眺めて目を細めた。
「思ったより進捗は芳しくないな」
「まぁまぁ。地道にやっていきましょう」
「そうするしかないね」
「管理だけは大変ですけど…………」
「ああ……」
捜索の際には、今回のように品物を預かることが多いため、事務所の奥には保管用に大量の金庫が置かれている部屋がある。
「それぞれ全部を小さい金庫に閉まったうえで1つ1つ魔術で鍵をかけて、金庫室にも魔術をかけて、事務所自体にも魔術かけて……取り出すときも1つ1つ丁寧に魔術を解除して……ですからね」
ユールは思い出しながらため息をついた。
1つに限ればそこまで時間もかからないし、ユールの作業自体は少し神経を集中させて魔力を流すだけなのだが、今回はとにかく数が多い。
「早く数を減らしたいところだね。都度魔術式を変えて書いているから腕が疲れるし……君も大変だろう」
「魔力を使う量自体は全然微々たるものだし問題ないんですけどね。数十個はさすがにちょっと……」
初日はふたりとも少し泣きそうになった。
翌日からは現物を見る必要があるものだけ出すようにしたが、いかんせん最初のうちは確認することも多い。
ここ数日はほとんど毎日その繰り返しだった。
それだけ厳重にしているからこそ警察からの依頼を受けられるのだが――それはそれ、これはこれである。
「差出人の方の住所に行ってみたほうが早いですかねぇ」
「かもしれないね。明日にでも行こうか」
ユールは差出人の住所と名前をメモする。
2駅ほどの距離にある、隣町の住所だ。そう遠くはない。
レティもその住所を覗き込み、隣町の地図を広げた。
依頼で何度か行ったこともあり、ある程度は知っている街だが、住所を見て場所を把握できるほどは記憶にない。
「この住所だと……そこまで駅から離れてはいなさそうだね」
「ええ、この通りに美味しいコーヒー屋さんがありました。ケーキも美味しい。せっかくだから寄りましょう」
「君は……そういうところは本当にしっかりしているね」
ユールはもともと記憶力が良い方ではあるが、食が関わる記憶については、より一層の自信があった。
「大事なことですからね」
呆れ顔のレティと反対に、ユールはにこりと笑う。
どのケーキを買って帰るか考えるだけで明日は頑張れそうだ。
「わかりやすい特徴がある場所で良かったです。……そういえば、差出人の方はこんなにはっきりと住所が書いてあるのに、僕たちが調べるんですね?」
「何か管轄が違うから手続きがどうのこうのと……アイヴスが言っていた」
「お役所関係はそういうところが大変そうですよね。あれ、手続きで思い出しましたけど、町を離れるときって……」
「……一旦警察署に届け出をしに行かないといけないんだったね」
レティが面倒くさそうに立ち上がろうとした時だった。
背筋にぞわりとした違和感を感じ、レティは思わず窓を振り返る。
バチリ、という音と共に、窓に赤い火花のような光が走った。




