27 小鳥のブローチ(第一章 完)
「僕は……あのひとはそんなに悪い人ではないんじゃないかなと思っています」
人数分のケーキを配りながら、ユールは遠慮がちに話し出した。
面会室での話について、促されるままレティが説明をすると、いつの間にかティーセットと茶菓子が広げられていた。
今日の茶菓子は、療養中に魔力回復を兼ねてユールが作ったというバターケーキだ。
アーモンドとキャラメルが上にかけられていて、頬張った瞬間にバターの香りとキャラメルの甘さが口に広がる逸品である。
「……というと?」
ちゃっかりアイヴス捜査官も味わっている。
筋肉質な彼女だが、甘いものが好物なのだ。食べた分しっかりと動くのが彼女のえらいところである。
「聞き込みでいろんな場所に行きましたが……結構な場所で僕たち以外のサラマンダーを探している人が目撃されていましたし」
「そうだったね」
「僕が彼に声をかけたのも、顔が真っ青になるほどだったからですしね。自分のことだけを考えている人だとは……思えません」
「そうかもしれないね」
「フードの男は気にはなりますが……彼がこの街に来たのも、僕たちのもとに来たのも、良い巡り合わせだったらいいなと……思います」
ユールはケーキを口に運び、少し寂しげに笑った。
「そうだと……いいね」
「いろんな人が辿り着く街ですからね」
「……そういえば、おまえたちはどっちも別の場所出身だったな」
「言われてみれば……ここにこうしているのが不思議なぐらいそれぞれ違う場所から来ているね」
「紆余曲折を経てアルディアに来て……そこから長く住んでる、って人の方が多い気がしますね。僕もそうですし。居心地もいいのでわかります」
「アイヴスはアルディア近郊の出身だったよね」
「ああ。ここよりもう少し田舎のね。私は別に紆余曲折などはなく、近場でこの体力を活かせそうな職場を探したらこの街だっただけだけど」
「適職だよ」
正義感が強く、活発に動くアイヴスには、警官がぴったりの仕事だとレティは思う。
それにしてはサボり気味な気がしなくもないが。
「適職でいえば……おまえ、探偵はやらないのか?それだけ推理もできるんだったら捜索だけに絞らなくてもいいように思うけど」
「向いていないよ」
レティは首を振り、きっぱりと言い切る。
「それに……師匠が残したこの事務所を続けていきたいっていうのもあるからね」
捜索事務所は、レティの魔術師の師匠である先代から受け継いだものである。
探偵ではなく捜索だけ、というのも、師匠の理念に沿っている。
「そうなのか」
「まぁ……正直魔術師としての仕事の方が多いし、捜索の仕事自体は閑古鳥が鳴いている始末だけれどね」
「さっき片付けた書類も大半は魔術師の方のお仕事の資料でしたもんね」
ユールの見事な書類整理の手腕によって、大方の書類は無事に元の棚に収められ、雪原のようだった床は地面を取り戻した。
「それじゃあ、そろそろ休憩は終わりにして、捜索の仕事をしてもらおうかな」
アイヴスに促されて立ち上がり、3人は作業机に向かった。
「ガーデン氏の協力のおかげで、サラマンダーが出品される可能性があった違法競売の会場が摘発できてね。無事に品物は全部回収できたわけなんだが」
ユールは箱から中身を1つずつ取り出し、一覧表照らし合わせながら机に並べだす。
「盗品だらけなうえに、管理が雑で元の持ち主がわからない物ばっかりだったっていう訳だ。それがこの箱。お前らにはこの品物の持ち主の捜索を依頼したい」
「ああ、それでこの量なわけだね」
「そういうこと。特に期限はないけど……早めに返してあげられたら嬉しいかな」
指輪やピアスなどの小さなアクセサリーから、細やかな彫が入った宝石箱、水晶玉に、風景が描かれた絵画、手紙まで様々だ。
あっという間に作業机がいっぱいになる。
「これはなかなか……長くなりそうだね」
「これでも結構絞って持って来たんだよ。まだまだあるから、全部終わったらまた教えて。うちの調査チームも手が空き次第調べるとは言ってたんだけど、正直おまえたちのほうが早い……いや、腕がいいからね」
「それはそれは、お褒めにあずかり光栄……だ……」
と、ユールがある品物を取り出したとき、レティの動きが止まる。
伸ばした手は震えだし、口はパクパクとするだけで声が出ていない。
普段感情を抑えがちなレティが、傍から見ても明らかに動揺しているのがわかった。
「先生、大丈夫ですか」
「レティ。落ち着け」
「そ、……っ……れ」
絞り出した声は崩れてまともに言葉にならない。
震える指先でかろうじて指し示す。
「これですか?」
レティはユールの手からその品物――鳥の形をしたブローチを受け取り、まじまじと見つめる。
小さな赤い宝石でできた実を咥えた、小鳥のブローチ。
手の中にあるそれを大事そうに両手で抱えると、目を閉じて深く息を吸った。
金属製のそのブローチに、レティは見覚えがあった。
「これは、師匠の――先代の着けていたブローチだ」
「おや。もうさっそく探し出すとは。さすがだねぇ」
気楽な口調で茶化すアイヴスとは反対に、レティは泣きそうな顔で頷く。
「先生、ご無理なさらずに」
「ああ、いや……すまない。大丈夫だ」
少し落ち着いたのか、手の震えは収まっていた。
「似たものという可能性は?」
「これは、師匠の誕生日に私とガルサで作って渡したものだ。1つしかない……はずだ。それに」
ブローチの裏側を見ると、師匠のイニシャルが彫ってある。
「やはりそうだ。これは師匠のブローチだ。これが、なぜここに……?」
「さぁなぁ……。まあでも、持ち主が見つかったならよかった。早速返してあげられるじゃないか」
その言葉に、レティは眉間には皺が寄り、唇は引きつった。
戸惑いと困惑の感情が入り混じる。
「どうした?」
「先生の師匠って――」
「師匠は、『探さないで』って手紙を残して出ていったっきり、行方不明なんだ」
「それじゃあ、返す先を探さないといけないってわけ?」
「……そうなる」
師匠の行方については、もちろん今までも幾度となく探していた。
しかし、捜索に詳しいということは、探され方も熟知しているわけで。どれだけ進んでも手がかりはプツンと途切れてしまう。
ユールと出会い、捜索事務所が軌道に乗ってからも隙間を見つけては情報を調べてはいたが、何も得られずじまいだった。
探し始めてからはもう数年が経ち、ほとんど諦めていた。
レティは握る指につい力が入りそうになる。
「今更……どうしろっていうんだ」
あんなに大切にしてくれていたブローチが手放されている。
師匠はいまどこで何をしているのか。
生きていてくれているのか。
何もわからない。
「先生」
レティがブローチを持ったまま瞳を逸らせず立ち尽くしていると、ユールがその手を引く。
「見てください」
導かれるまま前を向くと、目の前には大量の物品が並べられている。
統一感はなく、大きさも色も形も違う。
同じところにたどり着いた品物、ただそれだけだ。すべてどこから来たのかも、持ち主もわからない。
レティが唇をかみしめた時、ユールがにっこりと笑った。
「先生。このすべてが、手がかりですよ」
レティは大きく目を見開いた。
手元にあるブローチだけではない。
同じところにたどり着いたのであれば、……どこかで接点があるはずだ。
探し出すのは、ふたりの仕事だ。
第一章 終わり
ここまでお読みいただきありがとうございます。
閑話を1話はさんで二章を投稿予定ですが
執筆途中のため、投稿ペースは週1回程度になる予定です。
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ふたりの捜索はまだ続きますので、ゆっくりお付き合いいただけますと幸いです。




