26 たどり着く街
ふとした思いつきだった。ちょっとした、好奇心だった。
たまたま研究対象として運ばれてきた遺物と、たまたま保護対象として記録照合のため一時的に預かったサラマンダー。
石化魔法が使える遺物。大量の魔力を保有しているサラマンダー。
遺物には、発動方法について、"魔力を用意して祈ること"としか書かれていない。
ほかの研究員であれば、他人の魔力を借りて魔法を使うだなんて、思いもしなかったかもしれない。
失敗に終わる可能性のほうが高いだろう。古い魔法は、思う通りには発動されないことの方が多い。
でも、もしかしたら——そんな淡い期待だった。
本当に、魔法が使えてしまうなんて。
「幸福というのは、中毒のようなものですね」
はは、と伏し目がちにガーデン氏は笑う。
それまで興奮気味に意気揚々と語っていた両腕は、全身の力が抜けたかのように、崩れ落ちた。
レティは微動だにせず、ただ真っ直ぐ彼を見つめていた。
「何度も魔法を――遺物を使いました。とっくに調査の域を超えていることは自覚していました。どうにか保管期限を延ばせないか、どうすればこの手から離さないでいられるか。そればかり考えていました。実際、かなり無理を言って長引かせました。でも所詮借り物です。返すべき時が来ます」
ガーデン氏は一瞬口を押えようとしたが、唇は次々と言葉を紡ぎだして一向に止まらない。
レティの背筋に、ぞわりと冷たい感触が走った。嫌な予感がする。
続きを聞くべきではない気がする。でも、聞かなければならない気がする。
「焦っていた時、手紙が届きました。中には便箋が1枚と、印がつけられた地図、そして切符。
『秘密を知っています。私もあなたと同じ。助けたい。ここへ向かってください。』
そこからは転がり落ちる石のようでした。用意された逃げ道を追い立てられるように走りました。どうにかしていました。汽車に乗って、気づけばアルディアにいました。」
「それで、アルディアに」
「ええ。地図の場所に向かうと、封筒の差出人と名乗る人物に会いました。そして、彼も魔力が少ない仲間だと。魔法使いに復讐しよう、と言われました」
魔法使いへの、復讐。
石化させられたバイトの少女は、魔法使い見習いだったはずだ。
レティは一気に血の気が引いた。
「まさかそれで人を石化――」
「いいえ、違います!あれは……あれは、事故だったんです」
ガーデン氏は慌てて否定する。
震える手をもう片方の手で押さえ、爪を立てる。目を見開き、 表情からも焦燥が見て取れる。
「故意ではないと?」
「石化魔法が実際にどんなものなのか見せてくれと言われたので、人が少ない路地裏に場所に移動して、そこで実践することになっただけです。まさか、人間がいたなんて……本当に、気が付かなくて……」
「でも、すぐに通報しなかった」
「それは……本当に申し訳ないとは思っています」
「その場で手紙の差出人に、石化魔法で協力するか、サラマンダーと遺物を売って逃走資金にするしか選択肢はない、と脅されたのもあって気が動転していて。私は……そこで急に怖くなりました。」
後戻りはもうできないと思った。
「魔法はもう使わないと誓うつもりでした。競売でお金だけ手に入れて逃げるつもりで。最低な人間ですね。だからでしょうか。運にも見放されて、ケージがうまく閉まっていなかった。料理屋の前で急に暴れだして取り逃がす始末で……あとは知っての通りです」
「依頼時に商談と言っていたのは、そのことですか」
「ええ、あの後手紙の差出人に状況の説明をしに行きました」
「それは……誰に?」
「名前は教えてくれませんでした。フードをかぶっていて……顔も隠していたのでわかりません。声は低かったのでおそらく男性でしょう。背は私よりも高かったです。」
ざっくばらんとしすぎていて、ほとんど情報がない。
「あなた方を知っているようでした。任せておけばおそらく大丈夫だろうと。そして、貴方が力になってくれるかもしれない、とも言っていました。ユールさんではなく貴方が、というのが気になっていたのですが——先ほど魔力が少ないと聞いて、納得しました」
レティが魔力がほとんどないことは、アルディアに長くいる魔術師なら周知の事実だ。知らない人のほうが少ないぐらいだろう。
魔力が少ないもの同士で何かしようなどと。思ったこともない。
ましてや、魔法使いに復讐だなどと。知らない。なんだ、それは。
レティは内心困惑でいっぱいだった。だが、表向きは冷静を装わなければいけない。
今日は、ただ答え合わせがしたかっただけではないのだ。
「……私は貴方が魔法に関わり続けようとしたことは、尊敬する。私にはとても、できなかった」
「わずかな希望に縋りついていただけですよ」
「それでも。研究者にまでなるのは、並大抵のことではないはずだ」
「……それも、失ってしまいましたけどね」
ガーデン氏は、少し寂しそうに微笑んだ。
被害者の身体的な被害が少なかったことと、競売の摘発に協力したおかげで罪は軽く済んだものの、遺物の不正使用に横領だ。職場からは解雇された。
罪を償ったとしても、今後の魔法や遺物関連の仕事については、絶望的だろう。
何より、ガーデン氏は自分の恐ろしいところに触れて、もうこのまま歩むことが怖かった。けれど。
「時を戻すことができるのであれば、昔の自分にいくらでも助言はします。それでも……同じことをする可能性は、ないとはいえません。それぐらい、幸せな時間でした」
「そう……か」
「あなたは――アルディアが、どんなところか知っているか?」
「……比較的近年に開発された商業都市だと、記憶していますが……?」
西と東の間にある、どちらにも属しきらない街。
交易や商業が盛んで、比較的自由な都市だと聞いている。
蒸気機関を動力とした道具や魔道具の設備が多いこの街は、魔法使いだらけの東部に住んでいるガーデン氏から見れば、不思議な町だった。
「そう。今でこそ、そう言われているが――開発当初は『流れ物の地』だとか、『外れ者がたどり着く場所』、『掃き溜め』だとか言われていたらしい」
「そんな……」
「西からも東からも外れた田舎の何もない土地だよ。魔法使いはまず行きたがらない。魔法も魔術も使えない者、他の地を捨ててきた人など訳ありの人が多かったらしい」
東西の交流をはかる、などという建前で開発されたと聞く。
行き場を失くした人々が、希望を求めてたどり着いたという。
「そんな人たちが蒸気機関や魔術、魔道具の開発でなんとか発展させたのがアルディアだ。今も、いろんな理由で魔法を使えない人がこの街にたどり着いている。私も含めて、ね」
西から魔法に憧れて東へ進み、この場所に戻ってきた者。東から、魔法から逃げるようにこの場所にたどり着いた者。
もちろん、街自体が気に入って長く住んでいる人もたくさんいる。
でも、いろんなことを諦めたり、諦めきれなかった人たちが多くたどり着いているのも事実だ。
「私も、魔法が使えないとわかって心が折れた時、魔術の師匠がこの街に導いてくれた。この街は、いろんな人がいるよ。魔法の素質がなくて魔法生物の研究をしている人。魔法が使えない代わりにと魔道具の開発をしている人。魔法使いが嫌いな魔法使い。他人の感情が好物の占い師。真面目な公務員に、凄腕の料理人もいる」
周囲の人間を少し思い出しただけでも、個性豊かな面々だ。
「だから私は、ただ祈るだけの日々はもうやめたんだ。自分が居たい場所を自分自身の力で守れるように」
レティは少し寂しそうに微笑んだ。
「一旦崩れた道から先へ進むのは決して簡単ではないだろうし、平坦な道ではないだろうと、思う。でも貴方が望むならまだ進むべき先は選べるはずだ。そのとき、もし貴方がアルディアに興味があるなら。選択肢の1つとして覚えておいてくれたら、嬉しい」
ガーデン氏は、驚きのあまり石のように固まっている。
自分にはもう選ぶ道などないと、思っていたから。
自分より年下の、体躯も小さなはずのレティが、不思議と大きく見える。
こんなに力強い目をしていただろうか。
「それを言いに、今日はきた」
レティはそう言いきると、ゆっくりと立ち上がって小さく微笑んだ。
制御具の腕輪を外し、しっかりとした足取りで扉を出る。
「また、どこかで」
4/20 一部内容を追加修正しました。




