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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第一章
25/37

25 魔法使いに憧れて

 面会室は、石壁と鉄柵に囲まれた小さな部屋だった。

 むき出しの蒸気パイプと排気管が余計に狭く思わせる。

 

 しかし、想像していたよりも照明も明るく、蒸気のはじける音が時折聞こえてくるほど静かだった。

 後ろに待機している立会人から、簡単な手順の説明が終わると、腕輪が手渡された。

 

 面会希望者は、魔法や魔術が使えないようにユールがつけている制御具の強力版のような腕輪をしなければならない。

 いかに魔力が少ないレティであれど、例外ではない。

 レティは、普段であればつけることはないであろうそれに、興味深々だった。

 ついぐるぐると眺めまわしているうちに、気づけば目の前にガーデン氏が座っていた。

 

「正直……またお会いするとは、思いませんでした」

 

 ガーデン氏は、ひどくやつれていたりするのかと思いきや、思ったよりも元気そうだった。

 むしろ何かが吹っ切れたかのように、さっぱりした顔つきだ。

 

「いくつか……気になることがあったので」

「私で良ければ、お答えしましょう。まぁ、ほとんどは……すでに警察にお話しした内容でしょうが」

 

 レティは頷いた。少し目を伏せ、ゆっくりと指を組む。

 目の前をしっかりと見据えて、口を開いた。

 

 

「人間を石化させてしまったのは、貴方ですね?」


 

「やはり、分かっていたんですね」

 

 ガーデン氏は、ふうと息を吐くと、噛み締めるようにそう答えた。

 

「ええ」

 

 レティはゆっくりと頷く。

 

「いつから――私だと?」

「最初に違和感を感じたのは……『魔法使いではない』と聞いた時です」

「え?」

「……初めて会ったとき、おそらく貴方は……魔力の残滓をまとっていた。けれど魔法使いではないと言う。他にもいろいろと気になるところはあったが……今にして思えば、そこがきっかけだった」

「ああ、なるほど」

「その後……調べさせてもらった結果、あなたが遺物評議会の人間であること、トカゲがサラマンダーであったことがわかった。それからは、サラマンダーが魔法を使ったのかと思っていたんだ」

 

 ガーデン氏は、寝物語でも聞いているかのように、穏やかな表情だ。しかし視線はどこか何もないところを見ているようだった。

 レティは、なおも淡々と続ける。

 

 「サラマンダーが訪れた場所で石化事件が起こったから、やはりそうなのだろうと思っていた。石化魔法が使えるサラマンダーなんて、貴重だろうから高く売れるだろうしね。――けれども、実際は違った」

 

 レティはかなり直前まで、サラマンダーが魔法を使った結果なのではないかと思っていた。

 サラマンダー自体は発熱させることでまた別の事件を起こしてはいたのだが、それはサラマンダーの魔力と、もともとの特性が引き起こしたものであり、魔法ではなかった。

 サラマンダーが別の魔法も使えるのではないか、とも思っていたが、確証は得ていなかった。

 

 ユールが捕えたサラマンダーの、首輪を見るまでは。

 

「模様にも見えるが、これは古い文字の『石』という単語だ。サラマンダーのしている首輪、これが――石化魔法を使える遺物。そうですね?」

「よく、わかりましたね」

 

 ガーデン氏は素直に驚いた。

 遺物に使われている古い魔法文字は、長く生きている魔法使いや、自分のような遺物の研究者以外、ほとんど読める人間がいない。

 東側の人間でさえそうなのだから、西側にほど近いアルディアで、読める人間がいるとは思いもしなかった。

 

「東部の生まれで……昔に勉強したんです」

「なるほど。ご指摘の通りです。この首輪とサラマンダーの魔力が、石化魔法を使わせてくれた」

「やはり、私と同じか。貴方も魔力が少ないんですね」

 

 『貴方も』と言われて、ガーデン氏は息をのみ、レティの方を向いた。

 彼はこの時初めて、しっかりとレティの目を見た。

 今にも溶けだしそうなハシバミ色の瞳が、真っ直ぐに彼を見据えていた。

 

「……あなたも?」

「ああ。きっとあなたよりも、もっともっと……少ないだろうね。魔術は使えるけれど、魔法を使うほどの魔力は……ない」

 

 レティは何度か目をしばたかせると、右耳のピアスを触りながら、自嘲気味に笑った。

 魔術と比べて、魔法はより大きな魔力が求められる。

 レティの魔力量では、一切魔法を使うことができない。


「どれだけ願っても、祈っても……魔法を使えたことはない。一度もね」

 

「ああ、そういうことか……」

 

 ガーデン氏は、自分よりも魔力が少ない人間に合うのは初めてだった。

 どう反応したらよいか、わからない。さぞつらい思いもあったろう。

 可哀想に。

 そこで、自分の口の端が笑みを浮かべかけていることに気が付き、ハッとした。

 

 『可哀想に?』

 

 幾度となく自分が言われた言葉だ。憐れまれ、惨めな気持ちになった言葉だ。

 それなのに。自分がその立場になった途端、その考えが頭がよぎるのだ。

 

 そのうえ。一瞬、ほんの一瞬だけだが、自分よりも魔力が低い人間がいたことを嬉しいと思ってしまった。

 その愚かさに嫌気がさす。いたたまれない。所詮自分はその程度の人間なのだ。

 

「……遺物はサラマンダーの魔力を借りて?」

「え、ええ。あの子の……サラマンダーの魔力を借りなければ、遺物を使うことはできませんでした」

「遺物は魔法と同じで、魔力があっても、使おうと思わなければ使えない。祈らなければ、叶わない。魔法を使いたいと思ったのは、あなた自身だ。――そうですね?」

「そうです。私は――魔法が使いたかった」

 

 言われて思い出した。最初はそうだった。

 ただ、使って見たかっただけだった。

 

「どうして、こんなことを?」

「どうして……こんなことになったんでしょうね」

 

 ガーデン氏は、本当にどうしてなのわからないとばかりに、呆けた表情をする。

 

「魔法が使いたかったから。それだけだったはずです。ええと、少し——自分語りをしても、いいでしょうか?ここまで詳しくは……誰にも言っていなかったかもしれないな。魔力が少ないあなたになら、話してみたい。あなたにしかきっと、話せない」

「構わない」

「私は……小さい頃から魔法使いになりたかったんです。ずっとずっと。でも残念なことに、私は魔力が少なかった。できる魔法はほんの僅か。職業としての魔法使いなんて、夢のまた夢だった。あなたも——東部の出身と言っていましたね」

「ええ。」

「東部の出身で、魔法が使えない貴方なら……わかるでしょう?魔法が使えない人間が、東部でどれほど惨めで苦しいのか。周りが何の気無しに使う魔法が、どれだけ羨ましくて、妬ましいのか。」

 

 レティは、爪を立てて拳を握り締める。

 憧れて、羨ましくて、妬ましくて、そんな自分にも嫌気がさす。

 そんな思いを、レティは何度もしてきた。

 

「わかるよ。痛いぐらいに」

「そうでしょう。私は諦めきれなくて――どうにか関わりたくて、遺物評議会に入った。魔法が使えるようになるわけでも、魔力が増えるわけでもない。周りの魔法が使える同期はどんどん出世していきます。でも、遺物の研究は好きでした。遺物が使えなくても、古い魔法文字を解読しているだけで充分でした。」

 

 ガーデン氏は、一瞬遠い目をする。

 

「でも、出会ってしまったんです。大量の魔力を有するサラマンダーと、石化魔法が使える遺物に」

「……」

 

「最初は本当にただ、調査のためにやったことでした。けれどね、手放せなくなってしまった。私が祈って魔法が発動する。一種類だけだけれど、私の思うように魔法が発動する」

 

 ガーデン氏は、今までになく、生き生きとした表情で、身振り手振りまで交えて話し出す。

 目は好物を前にした子供のように、爛々と輝いている。

 

 「夢にまでみたことが、自分の手で起こっている。それが、どれだけ――幸福か」

4/20 内容を一部追加修正しました。

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