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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第一章
24/37

24 苦いコーヒー

「おはようございます、先生」

「おはよう、ユール。帰って寝なさい」

 

 翌日、まだ少しふらつく足取りを隠して出勤しようとしたユールだったが、ドアを開けるやいなや、一目見たレティに即座に事務所を閉め出された。

 しぶしぶ階段を降りて1階の喫茶店へ、準備中の札を押しのけて店内へと入る。

 

「おはようございます、ジョーくん。あの~~先生に閉め出されちゃったのでお手伝いでも――」

「おはよう、ユール。やっぱりまだふらふらじゃないか。これ食え。さっさと帰って寝ろ」

 

 ジョーは賄い用のベーコンサンドを差し出すと、追い払うしぐさでユールをたたき出した。

 不貞腐れたユールはとぼとぼと帰路につき、自宅につくと、何もせずひたすらに寝た。

 ユールが事務所に完全復帰したのは、それからさらに3日後のことだった。

 


 

「おかげさまで、体力も魔力も、無事元気いっぱいに回復いたしました」

「よかったよ。後遺症もないね?」

「問題ありません」

「そうか。それで?何か言うことあるよね」

 

 レティはにこやかに笑っている。

 ユールは知っていた。レティが特別にこやかに笑って催促をしているときは、やや怒っているときである。

 

「ええと、その……無茶しすぎました。すみません」

「そうだよね。君は一体何のために制御具をこれだけいっぱいつけているんだっけ」

 

 レティは、魔力の制御をしている魔道具であるシルバーのアクセサリー類を、片端から順番に指さした。

 

「コントロールしやすくして魔力暴走を起こして爆発させないようにと、魔力の使い過ぎによる反動を防ぐためです……」

「うん。分かっているなら気を付けることだ。それから」

 

 レティはユール自身を指さした。

 

「自分を粗末にしないこと。いいね」

 

 ユールは自分がどうにかなるぐらいなら多少の無茶はいいか、と思いがちな自覚があった。

 先生に影響がないならそれでいい。その気持ちは今もある。

 

「えーと。はい」

「君に倒れられたら……困るんだから」

「先生……」

 

 と、その時、ユールの背後で山積みになった書類が音を立てて床に崩れ落ちていった。

 後ろを振り返ると、床に散らばった紙の束が雪原のように広がっている。

 ユールは頭を押さえた。

 それをよそに、レティはコーヒーをひと口飲むと、眉間にしわを寄せ、砂糖を2杯入れた。

 

「私はコーヒーの1杯も満足に淹れられないし、書類の整理だってうまくできないんだ。」

「先生…………?」

「というのは冗談で」

「いや実際に起きてますけども。先生?」

「すまない。君にもと思って本当は2杯分淹れたんだけれど、苦くて飲めたもんじゃない。あとそっちの書類もファイリングが終わってない。片付け手伝ってくれユール」

 

 ふっと抜けるような笑みを零し、伸びをすると、ユールは肩を回した。

 手早く崩れた書類の山を片付けると、大まかに種類別により分ける。

 

「牛乳とチョコレートありましたよね?甘さたっぷりのコーヒーにしちゃいましょう」

 

 レティはパッと明るい顔つきになり、こくこくと頷いた。

 その顔を見て、先ほどまでひどく怒っていたこの師匠が年下であることを思い出した。

 

「君は甘味の天才だな」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

 コーヒーカップを回収すると、ユールはキッチンへと向かった。

 牛乳をミルクパンで沸かし、チョコレートを細かく割り入れる。

 

「ユール」

 

 レティは床に散らばった書類をかき集めると、キッチンへ遠慮がちに顔を出した。

 

「君は君のことをちゃんと大事にしなさい。本当に」

「はい。先生」

 

 甘い香りが事務所内に広がっていった。




 

 昼食を終えても、二人は相変わらず事務所内の整理整頓に追われていた。

 そんな折、ドアが勢いよく開き、ドアに付けられたチャイムが盛大に鳴った。

 

 こんなに音が良く響く入店の仕方をする人物は1人しか知らない。

 大荷物を抱えたアイヴス捜査官だった。

 

「よぉ、お二人さん。待たせたか?」

「うん……?あ。来ることすら忘れていたよ。もうそんな時間か」

 

 アイヴス捜査官ははぁ、とため息をつくと、肩を落とした。

 

「おまえなぁ……。ああユール、体調は戻ったのか?」

「おかげさまでこの通り元気です。あ、運びますよ」

「ああ、じゃあ1つ頼む」

 

 アイヴスが持ってきた大きな箱2つは、来客スペースの近くにある作業机の横に並べられた。

 

「これは?なんでしょうか」

 

 ユールはアイヴスから数枚の書類を受け取る。何かのリストのようだ。

 

「競売品の中で、比較的安価で持ち主がわからない品物だ。こまごましたものが多いからなかなかの量だぞ」

「競売品?」

「ああ、ユールは今日から復帰なんだっけ?」

「そうです」

 

 出勤してからはユールはほとんどずっと資料整理に追われていたため、事件の結末や経緯などは、まだ何も聞いていなかった。

 

「おまえたちの依頼主がある事件の犯人だった、ってことは――知っているのか?」

「ああ、じゃあやっぱり先生の推理通りだったんですね」

 

 ユールはあっけらかんと言う。聞いていた通りのことだ。

 レティの推理が当たっていることはいつものことであり、さして驚きもない。

 作業の手も止まることはない。続々と机の上は埋まっていく。

 

「概ね、そうだ」

「石化されてしまった被害者も無事回復したそうだよ」

「それは何よりです」

 

 石化魔法の効果は一時的なもので、1日が経過するころには、元通りになったという。

 

「そういえば……昨日その元依頼主へ面会に行ったっていうのは本当か?」

「えっ、そうなんですか?」

 

 これにはユールも驚き、一覧表から顔を上げる。これまでにもそんなことはなかったはずだ。

 

「少し、気になることがあったからね」

次の更新予定→3/6 20時

1章ラストの3話をまとめて更新予定です。

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