22 怒りとキャンディー
地面に倒れこんでいるユールと周りの巨大な氷塊を見たレティは、ユールの無事を確認してすぐに煙草に火をつけた。
これは自分一人でどうにかできるものではない。人を呼ばなければ。
手近な柵にもたれ掛かり、こめかみを抑える。
レティは怒っていた。ユールは確実に魔力の使い過ぎだ。
魔力が一気に減ると、それを補おうと異様に体力を消耗する。時には意識を失ってしまうことすらある。
ユールは魔力の量が大きいだけに、使いすぎた際の身体への負担も大きいはずだ。
前から気づいていたことだが、ユールは自分の身体をあまり大事にしない傾向がある。
ユールが無事だった喜びと、己を顧みない魔力の使い方への怒りで感情が落ち着かない。
どう声をかけようかと悩んでいると、ユールの方から切り出してきた。
「……すみません、先生。やりすぎました」
「そのようだね」
「まぁ君自体は無事そうで何よりだ。ご依頼の品は捕まえられたんだろう?」
「ご安心ください。それに関してはバッチリです」
右手に掴んだ筒――ケージを縦にならないように気を付けながらゆっくりと掲げ、誇らしげに答える。
レティは微笑んで頷いた。他の結果がどうあれ、それ自体は紛うことなきユールの功績である。
「うん。よくやったね」
「ありがとうございます、先生。これはお褒めいただけるかなと思って頑張ったのですがー、まぁ、その……頑張りすぎました」
立とうとしても、やはり足に力は入らない。
視界も少しぼんやりとしている。
「そのようだね。立てないと見た」
「残念ながらおっしゃる通りです。誰か人を呼んでください」
レティは言われてから煙を出していたのに魔術を使うのを忘れているのに気がついた。
慌てているのだろうか。どうにかしている。
「そうしたほうがよさそうだ。使い鳥をジョー君の店に向かわせるよ」
煙に指で術式を描くと、途端に煙は鳥の形になり、パタパタと羽を動かして大通りのほうへ飛んで行った。
「さすが先生。頼りになります」
レティは携帯灰皿に煙草をしまい込むと、ユールに向き直った。
「――それで?予定とは少し違うようだが」
「それがですね……」
ユールは前髪をかきあげて眉間を抑え、苦笑いを浮かべながら記憶を辿る。
その結果がこの状態であることを考えると、もっと時間をかければ……とか、もっと工夫をすれば……とか思わないこともない。
でもあの場で思いつく限りは――自分にできる最適解ではあったと思う。
「すみません。これが一番早くて確実だと判断して実施しました。僕としては結果は満足しています。ただ――魔力を使いすぎました」
「そうだよね。慎重に使えと私は言ったはずだ。君はこの辺りを氷漬けにする気だったのかな?」
「ええと…………すみません」
その言葉を思い出して実行したとは、口が裂けても言えない。
ただ、結果的に氷塊まみれになっただけで、氷漬けにしようとしたわけではない。
「制御具は?いくつ外した?」
「えーと、指輪は全部……」
「君、ねぇ。全部って、本当に君は…………はぁ」
レティはつい、ため息をこぼす。
氷塊が溶けてできた水たまり越しに、自分の姿が映る。
握りしめた指先がまだ震えていた。
呆れと怒りが声色にも滲み出ていたのが自分でもわかる。が、抑えられるほどの器用さはなかった。
ユールは聞いたことのない声色に冷や汗をかいた。
どんな表情をしているだろうか。物理的に見えなくてよかったかもしれない。
「まぁ、いい。魔道具を介しているとはいえ、爆発もしていないし、大きさも常軌を逸するほどでは……」
レティはちらと周りの氷塊を見やる。
たどり着いてすぐのときは通路を封鎖するほどの大きさがあったはずだ。
普通の氷よりも溶けやすいのか、今はもうかなり小さくなっている。
「……ではないとしよう、一旦。何も壊していないし。コントロールする力はついてきているということだ。その点でいえば、かなり成長していると言える」
「えっ、やった。ありがとうございます」
言われてみれば、焦って使ったにしては位置も狙い通りだ。
何より、周りを破壊するほどの大きさにならないようにという制御はできている。
「だが、もちろん使いすぎはダメだ」
「はい……」
ユールは見てすぐにわかるほどしゅんとする。
疲れた顔が余計に暗く見える。
「………………とはいえ、本当によくやったよ。ありがとう」
「へへ……よかった」
ユールは小さく息を吐くと、弱弱しく笑った。
褒めてもらえるというのは、ユールにとって大事なことだ。
もちろん反省すべき点は沢山ある。焦って強引に進めた自覚もある。
後でまたしっかり怒られよう。
ユールがそう思って口を開こうとしたとき、盛大にお腹の音が鳴った。
「はぁ、まったく。しょうがないなぁ、君は」
「すみません……」
レティは鞄から赤い包み紙のキャンディーを取り出すと、包み紙を開いてユールの口に放り込んだ。
ミントの香りとチョコレートの甘さが口いっぱいに広がる。
ユールの好きな味のキャンディーだ。
「今はこれで気を紛らわせてくれ」
「ありがとうございます。……あれっそういえばスープの鍋は?」
「そうだった。異様な魔力を感じて急いで走ってきたから……。そのまま置いてきてしまった。取りに行ってくるよ」
「お気をつけて」
レティの足音が遠のいてゆくのを聞きながら、ユールは改めて空を見つめた。
今は何時だろうか。サラマンダーの鱗の色にも似たようなオレンジが少しずつ空の色を変えている。
いつの間にか意識が途切れていたようで、次にユールが目を開けた時には、レティが横に並んで座っていた。
「起きたのか」
「すみません、寝てしまっていたみたいで……」
「無理もない。私も正直、とても眠いんだ。眼を閉じたら寝てしまいそうなくらい」
レティは言った側から、ふぁ、とあくびをする。
ユールにもあげたキャンディーを目覚ましに舐めてはみたものの、効果はないに等しい。
「そういえばユール、彼女の……サラマンダーの首輪は見たか?」
「いえ、とてもそんな余裕はなくて……。何か気になったことでも?」
「模様かと思ったが、古い文字のようにも見えるんだ」
「文字?」
ユールはケージ越しに首輪を眺める。幾つかの線が絡み合う独特な模様だ。
草木や蔦のようにも見える。
綺麗な刺繍だ。確かに、何かの文字のように見えなくもない。
記憶を辿るが、眠気と疲れで頭がよく回らない。
「すみません、この国の古代文字には詳しくなくて」
「今は隠れて見えない部分があるからなんとも言えないんだが……。私の記憶が正しければ、1つだけ読める単語があった」
「単語ですか?」
「『石』だよ。」
「先生、それって――」
レティは、眠気覚ましにと、ぽつぽつと事件の推理を語りだした。
ユールは文字通り、ただじっと聞いていた。
「あ、いたいた」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。ジョーだ。
カートを押しながら、狭い道を器用に向かってくる。
おそらくあれにユールが乗ることになるのだろう。
レティは想像して思わず笑みが溢れる。側から見るにはかなり面白い。
「どうしました?」
「いいや、気にするな。ちょっと面白い図になりそうなだけだ」
「先生?どういうことですか?ちょっ、何が見えるんですか?」
ユールもこれで運ばれることになりたくなければ制限するだろう。
耳をすませば、シューシューという、蒸気の弾ける音が聞こえる。
この街で人々が動き始めた音だ。
「帰ろう。ユール」
「はい、先生」
冷たい空気が頬をかすめ、朝の匂いがする。ふたりの長い夜が明けた。




