42、閑話-2
魔の森に近づいてきたあたりで、エステレラが竜の姿に戻った。着ていたワンピースが破れそうになっていたので、慌てて脱がせる。リボンはその場にはらりと落ちた。
「どうしたの?エステレラ」
『ダリアちゃんをね、驚かせるの!』
「そっかー」
エステレラは知らないのだろうけれど、変身の瞬間はかなり衝撃的だ。めきめきっと骨格が組み変わる様子はちょっぴり怖い。
ダリア、気絶しないといいね……。
『ダリアちゃーん!』
「あ!エステレラ!?また大きくなったわね!」
ダリアは魔女の家の前で、短剣を投擲する練習をしていた。
あの様子だと、炎の勇者一行に加わる日も近そうだ。この前会った時に魔女も「あとちょっとかねえ」と呟いていたし。
ダリアはまずエステレラに駆け寄って、ぎゅうっと抱きしめて、わしゃわしゃとエステレラの胴体あたりを撫でまわした。
それから笑顔で、「お兄ちゃんも元気そうでよかった!」とアルに笑いかける。
アルは最近、ダリアの兄離れが寂しいらしく、エステレラに夢中なダリアを複雑そうに見ながら、ダリアとの再会を喜んでいた。
『あのね、あのね、ダリアちゃん!』
「ふふ!なあに、エステレラ」
『見てー』
エステレラはダリアの目の前で人化しはじめた。
めきめきぼきぼきと不気味な音が響き……。
「あ」
ダリアは笑顔の余韻を残した顔のまま、ばったりと倒れた。
「そうなると思った……」
「ダリアあああ!?」
「駄目よ、エラ。あなたの変身過程はなかなか刺激が強いのだから」
「はあい……」
魔女の家にダリアを運び込み、万里乃はエステレラに「めっ」をしている。
「私でさえあのような人化の仕方は初めて見るからな」
珍しく興味深そうな顔のエリアが、さもあらんとばかりに頷き。
「絶妙にごきごきいっとる時間が長いしのう」
いつもはエステレラに甘いギャリックすら、顎髭をしごきながらエリアに同調した。
「えー……。わたしの変身シーン、そんなに変なの?」
ギャリックに庇われなかったことに、さすがのエステレラも思うところがあったようだ。上目遣いであたしたちをちらちら見ながら尋ねてきた。
「エス坊、客観的にお前がどう見えてるのか教えてやる。何秒もかかりながら骨格がめきめき変わっていくんだぞ?正直骨が皮膚を突き破らないかはらはらする」
「ひえ……」
愛しのダリアを気絶させられたアルが憮然とした顔で言うと、エステレラの顔が青ざめる。
小さな声で「変身シーンってもっとこう……美奈もそう思うよね?」とぼやくエステレラ。どうやらエステレラの頭の中には美奈という女の人が住んでいるらしく、今もその人に話しかけているようだ。
エステレラはただでさえ謎の多い古代竜だし、おまけに魂が破損した状態だったそうなので、まあ、頭の中に女の人が紛れ込むこともあるのだろう。エリア曰く、今は魂の状態も随分良くなっているらしいから、あまり心配はしていない。
「……もう人前で人化しない……」
「それがいいわ」
肩を落として悄然とするエステレラを愛でているうちに、ダリアも目を覚ました。
「ううん……。あれ?あたし……」
「ダリア!大丈夫か?痛いところは?」
心配そうなアルを若干うっとうしそうに退けて、ダリアが起き上がる。
「……夢?エステレラがなんか……」
「ごめんね、ダリアちゃん……」
少しぼんやりした風のダリアだったけれど、エステレラに謝られるなり目を輝かせた。
ダリアはベッドから飛び降りようとしてアルに止められる。
「どうしたんだダリア!?危ないだろう!」
「お兄ちゃん!この子エステレラでしょう!?やだ、可愛い~!」
あたしは思わず何度も瞬きした。まさかダリアがひと目でエステレラだと見抜くなんて、思わなかったのだ。
「イドラといいアルフォンス妹といい、可愛いのか嫌なのかどちらなのか……」
じじいが何か呟いているが黙殺して、あたしはダリアに訊いてみた。
「ダリア、よく分かったね?この子がエステレラだって」
「声が同じだもの」
盲点だった。
というかあたしのエステレラへの愛が、人化したエステレラに気づかない程度なのかと自問してしまい、少し面白くない気持ちになる。
「さすがはエステレラ、人化しても可愛いのね!最近困ったことが多くて気分が悪かったけど、一気に晴れたわ!」
「困ったこと?」
ダリアはベッドから降り、あたしたちに椅子を勧めてお茶を準備しながら愚痴りはじめた。
「わざわざこんな場所まで来てあたしをからかってく人がいるのよ。何度もからかいに来られても迷惑だからやめてほしいって言っても聞いてくれないから、魔女が抗議しに行ってくれたわ。……相手は勇者だから怒らせるのも怖くって」
「ああ、だから今この家に魔女がいないんだ」
「そういうこと」
あたしはダリアの話に相槌を打ちながら、アルの様子をうかがう。
……うん、目が怖いね。
「何……?待てダリア、最初からだ。最初から話してくれ」
「え?いいけど……」
ダリアに近づく悪い虫の予感に、アルがひっくい声を出す。けれどダリアは気づかない。
ダリアの話を聞いているうちに、あたしは口元が段々緩んでくるのを感じていた。見れば万里乃も楽しそうな表情だ。
だって、だってさダリア……忙しい風の勇者がわざわざ何度もダリアを訪ねてきて?熱烈な口説き文句(にしか聞こえなかった)でからかってくるって、それ……。
「奴とはおはなしする必要があるな……」
アルが唸り声みたいな低音でそんなことを言うので、あたしはアルに小声で訊いてみた。
「風の勇者ってあの暑苦しい人でしょ?女の人にだらしないとかあるの?」
「いや、奴は女に興味がないと思ってたんだが……」
「アル。これはダリアの世界を広げるいい機会ではない?風の勇者は悪いひとではないわ。人付き合いまで制限してはダリアが可哀想よ」
あたしとアルのこそこそ話に万里乃まで参加してきた。
しかも、もっともらしいことを言いつつ目が笑っている。
「で、でもダリアが嫌がって……」
「ほんとに嫌がってるかなあ?相手の目的が分からなくて戸惑ってるだけじゃない?」
「ぐっっ……」
いや、あたしから見てもダリアは、少なくとも嫌がってはいないように見える。困ってはいるけれど。
「ダリアだってもう二十一歳だよ?」
「子どもじゃないのよ、もう」
「……」
アルたち兄妹の出身地、フランメ帝国だと女性の結婚適齢期は十六歳だそうだ。国によって、種族によって違うけれど、普人族の二十一歳は立派に適齢期か、遅いくらい。
今までダリアみたいな美人が恋愛事から縁遠かったのは、魔の森なんていう僻地にいたせいだろうし。
渋い顔で黙りこくったアルと、戸惑うダリアを見ながら、あたしは面白くなってきそうな予感をびしびし感じていたのだった。
ダリアはほんのり万里乃の話し方を意識して真似ています。
憧れのお姉さんってやつですね。




