41、閑話
『なんかむずむずするー』
エステレラがそんなことを言い出したのは、あたし達炎の勇者一行がエステレラを拾ってから、大体三年程経った頃だっただろうか。
「どうしたの、エステレラ?」
「換毛期か?」
『んー』
エステレラの口調は随分と舌ったらずさも抜け、あんなに小さかった体も一般的なウルフ系くらいまで成長していた。
もう抱っこは出来ないのが寂しくもあるけれど、代わりにあの素晴らしい毛並みがそのままで成長してくれたので、もっふりとした毛に顔をうずめるのも最高。エリアは露骨に「うわ……」って顔をするけれど、エステレラに嫌がられたことはない。ちなみに一押しはもふもふふわふわな胸毛だ。
『体の中がむずむずするー』
「えぇ?何かの病気じゃないよね……」
「古代竜が病気に罹患するなど聞いたこともないがな」
エステレラは、『むー』とか『んー』とか言いながら、奇怪な感じに体をくねらせている……。
その時あたし達は、ヴィント獣王国にあるホームで思い思いにくつろいでいた。
「ひょわあ!?」
寝室の方から、アルの奇妙な悲鳴が聴こえ、あたしと万里乃は顔を見合わせる。
「……なに?今の」
「変な悲鳴ね」
万里乃の正直な感想に頷きつつ、珍しいな、とも思う。
アルはあんなんでも、炎の勇者だ。一応肝も座っているし、奇声を上げるなんて余程のことだと思うけれど。
それからすぐに、ばたばたと足音が聴こえて、アルはあたし達がくつろいでいる大部屋に飛び込んできた。
「アルフォンス。うるさいぞ」
アルの方を見もせずに、エリアが冷えた声を出す。
しかしアルは動揺しきっていて、手をわたわた動かしていた。
「なっななな」
「アル。深呼吸をした方がいいわ。はい、吸ってー吐いてー」
万里乃の言うとおりに深呼吸したあと、幾分か落ち着いたアルは叫んだ。
「なんか……いた!」
「は?」
あたしが訊き返した時、ととと、と軽い足音を耳が捉える。
足音は大部屋の扉前で止まり、そして。
「アルフォンス?どうしたのー?」
あどけない顔で首をかしげる、ちっさい女の子がいた。
白金のふわふわした長い髪を、体にまとわりつかせた女の子だ。
夜空のような瑠璃色の瞳がくりっとしていて、つんと尖った小さな鼻や、ちんまりとしたピンク色のくちびるはまるで、よくできた人形のよう。
よく見たら、狼人族のような耳があるけれど、何か……違う、ような……?
「あら、エラ。人化できたのね。随分と早かったわね」
「えっっ」
あたしとアルは、目と口をぽかんと開けて、女の子を見る。
「あっ、あーっ!本当だ、色味がまんまエス坊じゃねえか!!」
「ええっ!?うっそおやだあ可愛いーー!」
「んー?」
あたし達の驚愕を、分かったような分かっていないような顔で眺めるエステレラ。
読んでいた魔導書を放り投げて、エステレラに突進する。膝をついて抱き着けば、あたしの腕がまっふりとエステレラの髪に埋もれ……ああ、この毛並みはエステレラでしかない!
「ほお。エラちゃんはヒト型でも可愛らしいのう」
「てっきりアルフォンスやイドラの生きているうちには人化出来ないものと思っていたが……随分早いな」
長命種三人組は年の功なのか、さして驚きもしていない。
あたしはエステレラから体を離し、じっくり見回そうとして……とんでもないことに気づいた。
「ん!?エステレラってば服着てない!」
「お洋服なんてもってないもん」
「そうだね!!」
エステレラはシーツを体に羽織って、ずるずる裾を引きずりながらこの部屋に来ていた。
うーん、まあ素っ裸よりはまし。エステレラが人前では服を着るという意識があって、本当に良かった。
「エラの服を買いに行かなくてはね」
「ダリアにも知らせなきゃ!きっと驚くぞー」
アルの妹のダリアは、育った環境からか、精神が幼めだった。今はエステレラに対してお姉さんぶりたいらしく、あまり幼い面が見られなくなったけれど。
ダリアはエステレラを可愛がっているので、このエステレラを見たら喜ぶだろう。
「じゃあ、次の休みはダリアんとこ行くか!」
「ダリアちゃんに会うの?わーい!」
エステレラは両手を挙げて、ばんざいの姿勢で喜んでいる。
このあざといまでの可愛さ、やはりエステレラである。
あたしは万里乃とエステレラと一緒に服屋に行って、エステレラに幼児用の服をとりあえず三着買い与えた。
エステレラは服を着るのに慣れていないからか、着脱が下手で服を破いてしまいそうだったから、どれも簡単にすぽんと着られるワンピースだ。
服を買ったすぐ後、ダリアのいる魔の森に向かう準備をし始める。
「あっ、リボンしようっと!」
エステレラはぴっかぴかの満面の笑みで、あたしとダリアとエステレラの三人でお揃いにしようと買ったリボンを取り出した。
エステレラの瞳と同じ色で万里乃が可愛らしい刺繍を入れてくれた薄桃色のリボンは、エステレラの一張羅だ。おしゃれをしたい時に、あたしに『結んでー』とねだってくる。
「イドラちゃん、結んでー」
「髪でいい?」
「うん!」
エステレラのくりくりもふもふの髪は、量がかなりある。上半分の髪を掬って編み込み、リボンを結んだら、髪の量もそこそこに落ち着いた。
「えー……すごい……どうなってるのかな……すごい……」
エステレラは小声で編み込みに驚嘆しながら、ずっと手で触り続けている。
そんなに触られると崩れるかもしれないと、あたしは内心ひやひやしていた。




