32、水の国-1
わたし達は、ジュリアナお姉と再会を約束して別れ、エーアト・ボーデンを出た。
山越えも、わたしにとって2回目な上に熟練のメンバーしかいないので、これといって苦戦せずに終わった。
そして、ヴァッサー女王国に足を踏み入れたのだけれど。
「げっっ」
「どうもこんにちは、炎の勇者一行。相変わらず失礼な男ですね、アルフォンス」
正しく流れる水のような、透明感のある薄青い髪を後頭部で編み込んで纏めた、真面目そうで綺麗な女の人が待ち構えていた。
彼女の背後には、女の人が1人、男の人が2人いた。恐らくは彼女……つまり水の勇者のパーティメンバーなのだろう。
「こんにちは、水の勇者」
「こんにちは、イドラ。可愛らしい生き物を抱えていますね」
水の勇者は、アルフォンスに向けていた険のある表情を和らげて、イドラちゃんの挨拶に応えた。
「うん。アイス竜皇国で拾った古代竜のエステレラだよ。古代竜の郷に送り届けるところなの」
「古代竜の郷、ですか。また随分と困難な旅をしているようですね。ですが迷子を住処に届けようとは、素晴らしい心がけかと思います。……アルフォンスはやっている事は誰よりも勇者らしいのに、本当に残念です」
「流れるように俺を貶めるなよ……」
水の勇者は、仕切り直すように咳払いをした。
「それで、今回はどのようなご用件で?我々は炎の勇者一行がこの国に来ると女王陛下に聞いたので、同じ勇者のよしみとして出迎えたのですが」
「ああ、それなんだが……古代竜の郷へ行くのに必要な物を探していてな。綺麗な水がある場所にしかないという話だから、何か手掛かりがあればいいなと思って来たんだ」
「なるほど。清らかな水といえば確かにこの国ですからね。その『必要な物』が我が国の国宝などでない限りは協力しましょう」
水の勇者が生真面目な顔で頷いた。
アルフォンスはちょっとほっとしてから、いよいよ肝心の月華草について触れようとした、が、水の勇者が手で押し留めた。
「話の続きは王宮でしましょう。女王陛下が首を長くしてお待ちですので」
ここは国の端だ。王宮まではかなり距離があるだろうし、道すがら話せばいいのではと思ったけれど、誰も水の勇者の意見に反対しなかった。
何故かと思っていたら、水の勇者のパーティメンバーがおもむろに、とても大きな厚手の布を取り出して広げ始めた。
『ねえねえ、いどらちゃん』
困った時のイドラちゃん。わたしがイドラちゃんに話しかけると、イドラちゃんはまだ何も訊いていないのに、知りたかった事を教えてくれた。
「あの布の事かな?あれはね、転移布っていう魔道具だよ」
『てんいふ』
「そう。ほら、魔法陣が刺繍してあるでしょ?あれに乗って魔力を流すとね、登録してある場所に一瞬で行けるの」
『すごいね!』
「でしょう?でもね、凄すぎる魔術だから、使う魔力もものすごく多いらしいよ。転移布も作るの大変だっていうしね」
わたしは、転移布を敷いている、水の勇者一行のメンバーの女の人を見た。
つまりあの人は、転移布を1人で準備できてしまう程、とても保有魔力が多いという事だ。凄い。
わたしが尊敬の目で女の人を見ていたら、女の人もわたしの方を見ていて、ぱちりとウインクが飛んできた。
『いどらちゃん、いどらちゃん!』
「うんうん、あのお姉さんかっこいいよね」
『だよねだよね!』
初めて体験する転移は、思っていた以上に面白い感覚だった。一瞬だけ、ふわっとするのだ。美奈はエレベーターの浮遊感に似ていると言っていた。
お腹の中身だけが後に残るような感覚は、そうそう味わえるものじゃないだろう。
はしゃいでいたわたしだけれど、それはそれとして、気付いてしまった事がある。
あの女の人はどうするのだろう、と。
だってよく考えてみてほしい。転移には転移布と魔力を流す人が必要で、ということは最後の1人になった女の人はどうやって転移布を使うのか。転移布だって、まさかあちらに放置したままだとも思えないし……。
……と、悶々と考えていたわたしを嘲笑うかのように、女の人は転移布を小脇に抱えて、単独で転移してきた。
なんと、この人は転移布なしで転移が出来てしまうスーパーウーマンだったのだ。
聞いた話だと、女の人は転移専門の人であり、転移系以外の魔術は使えない程の転移特化なのだとか。転移という魔術がいかに難しいものなのかが分かるというものだ。そして転移布なしだと自分しか転移させられないのだそうだけれど、充分だと思う。
「炎の勇者一行はこの部屋で寛いでいてください。女王陛下を呼んできますので」
と、水の勇者に連れられて通された部屋は、白と青系の内装のとても広い部屋だった。
「ここまで上等な部屋に通されたのは初めてです。流石は炎の勇者一行ですね」
ヒリンさんが感心したように室内を見回す。
『わあ、おへやのなかなのにみずがながれてるよ!』
なんと、部屋の中には川があった。
いや、川という表現だと伝わらない、この優雅な……川。
窓の外には花が咲き乱れていて、風に乗って良い香りがするし、ハープみたいな、派手ではないけれど耳を楽しませてくれる音色もどこからか聴こえてくる。
エーアト・ボーデンのお城と比べると、まるで別の世界のようだ。
上品で優雅。それがヴァッサー女王国の第一印象だった。わたしはわくわくしながら、こんな国を統治している女王陛下を待ったのだった。
読んでくださりありがとうございます。
遅刻遅刻ぅ!いや、ギリセーフ!?




