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女子高生とコボルトさん  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第四章

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第36話 女子高生と真実のお話

前回までのあらすじ!



まともな魔族はいないの?

 わたしを小脇に抱えたまま、ルアナさんは斜面を凄まじい勢いで滑る。わたしたちの逃走に気づいたリザードマン族が何体か追ってきていたけれど、あっという間に見えなくなった。


 他は追ってきていない。警備隊長であるライカンスロープ族、人狼のガウナさんでさえもだ。みんなあのゴブリンたちを取り囲んでいる。


 両足で地面を掻いて下りながら、ルアナさんがつぶやいた。



「私たちは運がいい。今日はラッパーゴブリンたちの慰問の日だったようだ」

「……有名人なの?」



 いや、それ以前にラッパーなる言葉がこっちの世界にも存在していたことのほうが驚きだよ。たぶん、歴代ヴァニールのうちの誰かが伝えたんだろうけれどさ。

 ファンキーな魔王もいたもんだよ。おかげで魔王のイメージがもうぐちゃぐちゃだよ。や、わたしが魔王の時点でもうイメージ壊れてたけど。



「有名だよ。ボニータの若者の間では熱狂的ファンも少なくない。その場その場で即興で作られる歌詞が心に響くのだとさ。幸い、私には理解できんがね」

「追っかけてきてないけど、ガウナさんも?」

「ああ。あいつが火口縁の警備隊長だぞ。慰問を誰にするか選ぶのも、当然ガウナだ」



 ……う~ん、ガウナさんって案外駄犬なんじゃなかろうか……。わたしから見ても、すっごくかっちょいい狼さんなのに……。



 わたしは視線を回す。いまのところ、ルアナさんとわたし以外の姿はない。追いすがろうとするリザードマン族も完全に振り切った。

 わたしたちの周りには、若木がいっぱい生えているくらいのもので。



「そう言えばミレイは? なんか踊ってたけど」

「知らん。どうせその場その場でおもしろいほうに寄ってくる。カリンも薄々勘づいているかもしれんが、あいつは基本的に他人の言うことには従わん。確実性を求めるなら買収してしまうか、もしくは好きにさせるしかない」

「自由だねえ」

「ああ、いや。気ままに放置という意味ではなく、カリン自身があいつのお気に入りになっていれば、勝手に力になってくれるという意味だ」

「ほへぇ」

「カリン――ヴァニールの影武者になることを依頼したときも、おまえと似たやつがいると言った時点で興味を持った。だからあえて囮になったんだ。その後にあいつがカリンに対してどう心境を変化させたかまでは知らん。気に入ってさえいれば、そのうち追ってくるんじゃないか?」



 いやあ、ケット・シーはやっぱり猫だなあ。

 ボニータの魔族にまともなヒトはいないのかな。



「ブルネッタさんもきてないよ? 彼もラッパーゴブリンのファンなの?」



 ルアナさんが噴き出した。



「はっは! くっくっく!」



 走りながら肩を震わせて、ひとしきり笑って。

 そうして、ニヤニヤ顔で言った。



「それは本人に言ってやれ。さぞやおもしろい顔を見せてくれるだろう。ブルネッタはあえて残してきたんだ。そうすることで、追撃の手を弱めてくれる。あいつは弁も立つし、腕っ節もガウナや私よりも上だ。何せ、私を鍛えたのはブルネッタだからな。頼れる執事だよ、ほんとに」



 わお。人肉を食べてた種族の末裔が一番まともだなんて。



「英雄シュヴァルツの孫だった私が、産まれながらにして並外れた怪力の持ち主だったことで、人間の師では相手にならなかったんだ。勉学はともかく、武技の面では特にな。むしろ、大の大人が子供だった私の力を恐れて遠ざかっていったくらいだ」



 シャルマンの仲間も、やっぱりすごいヒトだったんだ。ただ血を引いているだけで、天才的な肉体性能を得るだなんて。

 となると、当面、パルフェやわたしにとっての敵と思しきエルフ族の大賢者エトワールも、並外れた魔法戦力ということだろう。異世界から人間を召喚しちゃうくらいだもんね。

 いやだなあ、怖いなあ。



「だから父であるヴァイスは、旧友だったオーガ族のブルネッタを師として招いた。その後父が早逝したから、ブルネッタは私にとって執事というより父親に近い存在なのかもしれん」

「……それは……ちょっと心配だね……。わたしのせいでごめんなさい……」

「謝罪も心配も不要だ。ボニータでは評議会にとっても元老院にとっても、ブルネッタは数少ない貴重な戦力だからな。明確に裏切ったのでなければ、投獄程度で済まされるだろう」

「投獄!?」



 うう、罪悪感で胸が痛いよ。



「そんな顔するな、カリン。ブルネッタに投獄は無意味なんだ」

「へ?」



 ルアナさんが悪戯ッ子のような笑みで、また肩を震わせた。



「鉄格子とスライムの違いもわからん怪力なんだよ。なんだったら鉄格子ではなく、分厚い壁のほうを拳のみで叩き壊して出てくることも可能だろう。私が大斧を振ってようやく出せる一撃の威力を、あいつは片手の拳や頭突きで軽く凌ぐ。千人力とはあのことだ」



 そんなヒトのお料理があんなにも繊細だなんて!



「ちなみに祖父のシュヴァルツは、さらに一段階おかしかったらしいがな。ブルネッタが幼少期に見たシュヴァルツは、手刀で岩石を叩き割っていたそうだ。背負っていた大斧は、他者に甘く見られないための飾りだったとさ」

「うへぇ~……もう想像できないよ……」

「ブルネッタはそのシュヴァルツの弟子だった。だからまあ、気にするな。ブルネッタにとって牢獄など、ちょっとした休暇に別荘を訪れたようなものだ。貴重な戦力ゆえに無碍に扱われることもないだろうしな。それに腹が減ったら勝手に脱獄して食べて、あえて戻ってくるような実直さだ」

「あは……はは……。それって実直なの?」



 斜面を下りきり、深い森を駆け抜けてしばらく。ようやくルアナさんが足を止めた。周囲を軽く見回して、わたしを地面に下ろす。



「よし、うまく逃げ切れたようだな」



 息を荒げることさえない。とんでもない体力だ。わたしが一生懸命に毎日走って鍛えたところで、こういうヒトたちには到底追いつけそうにないや。



 ふと気づく。



 異世界召喚された先代魔王のヴァニールは、どうしてこんなヒトたちと並ぶくらいの力を身につけてしまったのだろう。聞いた話だと、最初はふつうの女の子だったはずなのに。……や、ふつうって言っても、ラッパーだったかもしんないけどさ。



「あ、ねえ、ルアナさん?」

「なんだ?」



 ルアナさんが腰に吊した革袋から、大きな干し肉を二枚取り出して、片方をわたしにくれた。



「わあ、おいしそ! ありがと!」



 むぐむぐ。おいしー! パンがあれば最高なのに!



「……話は?」

「あ、そか。ねえ、先代のヴァニールってどういうヒトだったの? たしか動物を強制的に進化させて人工的に魔族を作り出して、彼らを率いて人間族と戦ったんだよね?」



 わたしが初めてボニータを訪れた日の夜、ルアナさんと話したときには、パルフェに遮られて詳しく聞くことはできなかったけれど、いま、話の腰を折るパルフェはいない。



「ああ。ヴァニールはたしかに人類にとっての脅威だったらしい」



 ルアナさんが干し肉を噛み千切って嚥下した。



「だが、そう仕立て上げたのは人類のほうだ」

「今回のわたしと同じ?」



 この世界におけるジャンティーユ王国の立場を盤石とするために、ふつうの女の子を魔王に仕立てあげて、王国が自ら用意した勇者で彼女を討ち滅ぼす。

 要するに自作自演だ。

 これが王国の内政外政問わず、よく効くらしい。



「入り口はな。けれどヴァニールには、おまえにとってのパルフェやボニータにあたる人物はいなかった」

「あ……」



 ただ、追われ、殺されかけた。わたしと年の頃も変わらない女の子が、知らない土地で多くの大人に追い回され、魔王だと罵られ、命を狙われた。

 それも、シャルマンやシュヴァルツ、エトワールといった人外と呼べるような力の持ち主を相手にだ。逃げて、逃げて、逃げ続けた。

 誰も彼女を助けなかった。手を差し伸べられることさえなかった。



 わたしはパルフェに救われて、ボニータに匿われたけれど、ヴァニールには誰もいなかった。ヒトに追われて逃げ込んだ森で魔物に追われ、心通わせる存在もなく、逃げ続けるしかなかった。



 泣いて、逃げて、また泣いて。走り、転び、傷つき、命乞いをして、また逃げる。飢えて、乾いて、血を流しても、差し伸べられる手はない。

 立ち寄った村では子供に石をぶつけられ、大人には武器で傷つけられ、足を引きずって、また逃げた。



「安住の地はない。その恐怖は想像に難くない。当時は世界中の誰もが彼女を悪だと信じ切っていたからな。やがて彼女は森を抜けて魔族領域に辿り着く。いや、彼女が実際にどこまで逃げたのかは誰も知らない。シャルマンやシュヴァルツであってもだ」



 一度言葉を切って、また干し肉を噛む。



「魔族領域の向こう側。伝説の古竜領域か、あるいは天使なるものの棲まう神域か。魔族の故郷たる深淵か。どこまで逃げたのかはわからない。けれど数年後、ヴァニールは凄まじい魔力を得て人間領域にまで戻ってきた。己の運命を弄んだ人間たちへの復讐のために」

「うん……」

「人々が飼っていた動物や、野生動物たちを強制進化させて自らに従う魔族とし、王都を恐怖に陥れた。それが始まりだ。翌日には数千の魔族を率いて、人類領域の小さな村を攻め滅ぼした。……子供のみを除いて、皆殺しだ」



 息が詰まった。呼吸が苦しいと感じた。

 けれどわたしは、ルアナさんの話の先を促すようにうなずく。



「交渉はない。宣戦布告すらない。その翌日には別の街が滅ぼされた。それはシャルマン、シュヴァルツ、エトワールの三名がヴァニールを討つまで続くことになる。ジャンティーユ王国は実に国土の半分まで失ったんだ。ヴァニールを魔王に仕立て上げたエトワールにとっても、力をつけた彼女の復讐は想定外の出来事だったらしい」



 うなずく。無言で。言葉も出せないから。

 重くて、重くて、臓腑が地面に落ちそうなくらいに。



「ある日の夜、旅先でエトワールが魔法で離れた地にいる国王と事の詳細を話しているのを、シャルマンがたまたま聞いた。そこでシャルマンは知ってしまったんだ。自分が魔王と信じて追ってきたヴァニールが、実は作り上げられた幻想を現実化させただけの存在だってことにな」

「……魔王化する前は、ただの女の子だったもんね……」



 ルアナさんが表情を不快に歪めた。



「ああ。シャルマンは親友だったシュヴァルツにのみ、そのことを打ち明けた。それからシャルマン、シュヴァルツと、賢者エトワールとの間に亀裂が入った。エトワールはシャルマンやシュヴァルツに愛想をつかされ、一人でジャンティーユ王国に帰国したはずだ」

「え、でも、エトワールもヴァニールを討った勇者のうちの一人だって……」

「そう言っておいたほうが人間族、引いてはジャンティーユ王国にとって都合がいいからだ。シャルマンやシュヴァルツはこの時点で王国を見捨てたんだからな。魔王を討った英雄は、王国に帰属しているに越したことはない」



 そして、真実を知ったシャルマンはシュヴァルツだけを連れてヴァニールのもとへ辿り着いた。けれどジャンティーユ王国と賢者エトワールに命を狙われ続けたヴァニールは、シャルマンの言葉に耳を貸さず、人類を滅すべくして人類領域を攻め続けようとした。



「……魔王と勇者の間に、どのようなやりとりがあったのかは、私も知らない。だが、ヴァニールが頑なだったからこそ、シャルマンとシュヴァルツは彼女を殺すという選択肢を採らざるを得なかったんだ」



 シャルマンとシュヴァルツはヴァニールを討った後、ジャンティーユ王国には戻らずに隠れ里であるボニータを築いた。それはヴァニールが遺した魔族たちに、居場所を与えるためだ。ヴァニールは自らが進化させた魔族のことを、本当に可愛がっていたのだから。



 わたしはふと、こんなことを思った。

 シャルマンは、もしかしたらヴァニールのことを愛してしまったんじゃないかって。



ラッパーゴブリン!

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