第35話 女子高生と真夜中のライブ
前回までのあらすじ!
買収するなんて、大人は汚い!
リザードマンたちは、わたしに槍の穂先を向けながらも戸惑っている。何の力もないけれど、わたしが魔王と呼ばれる存在であることはたしかだからだ。
傷つけないように、けれども逃がさないように、わたしとミレイ、そしてルアナさんとブルネッタさんを取り囲んでいる。
わたしはさっきつぶやいた言葉を、今度はルアナさんに向けてもう一度つぶやいた。
「えっと、こんなんなっちゃいましたけど、どうしましょ?」
「どうもこうもあるかッ!! このバカもんが!」
「ごべんだざい……」
ちょっと泣けた。
リザードマン族がどんどん追加されていく。その向こう側に見えるのは、白銀の毛皮に包まれたライカンスロープ族の人狼さんだ。見るからに強そう。
ルアナさんが舌打ちをして、わたしに囁く。
「……火口縁の警備隊長だ。腕も弁も立って、めちゃくちゃ手強いぞ……」
その囁きを上書きするかのように、びりびりと響く遠吠えのような声で人狼さんが叫んだ。
「静まれッ、何事かッ!!」
人狼さんはわたしたちに視線を向けてから、ルアナさんで止める。
「ルアナ? 何をしている? ……まさかおまえ、パルフェのためにヴァニールを行かせるつもりか?」
「ガウナ」
ガウナ。そう呼ばれた人狼さんが、瞬間的に両手から鋭い爪を伸ばした。
ガウナさんはリザードマン族よりも一回り、体躯が大きい。両腕でリザードマンたちを掻き分けて、ガウナさんがルアナさんの前に立つ。
「見逃せ、ガウナ」
「できんな」
「パルフェはおまえの親戚筋ではないか! いまあいつは、誰かの助けを求めているのかもしれんのだぞ!」
へ? え? どゆこと? コボルトのパルフェと、人狼のガウナさんが親戚?
けれどガウナさんは伸ばした爪で三角耳の下をチャッチャッチャっと掻きながら、興味なさげに返した。
「さてな。そうかもしれんし、そうではないかもしれん。はっきりしているのは、あのコボルトは得体が知れんということだけだ」
「あ、あの……」
遠慮がちに声をかけると、ガウナさんがわたしに視線を向けてくれた。
「なんだ、魔王よ? 拘束する代わりに悪いようにはしない。俺にわかる質問なら何でもこたえてやる。我らボニータで暮らす魔族にとっては、力に目覚めていようがいまいが、魔王ヴァニールは希望の象徴だからな」
「ガウナさんって、もしかしてシャルマンが連れてた犬パルフェの子孫なの?」
「そうだ」
でっか! パルフェと全然違う。似ても似つかないよ。
「このボニータには俺を含め数体、犬パルフェの子孫がいる。コボルトや人狼などに進化を遂げてな」
「パルフェの親戚……犬パルフェの子孫って結構いるの?」
「いや、犬は進化と同時に多産ではなくなった。いまは人間族とあまり変わらん。ゆえに俺を含め片手で数える程度だ」
パルフェったら、何も教えてくれないんだから。紹介してくれたっていいのに。
「だが、問題はそこではない。そいつらのいずれも、あのコボルトパルフェが何者であるかを知らないのだ。俺たちが知っていることは、やつがいつからかボニータに出入りをしていて、時折姿を見せ、パルフェを名乗っているということだけだ」
ルアナさんがガウナさんの言葉を継ぐ。
「危険がないから放っておかれている状態とも言える。それに、パルフェは火口では採れない様々なものをボニータに持ち込んでくれる商人でもあったからな。その存在はボニータにとって決して小さくはなかった」
「だが、俺たちの親の世代ですら、コボルトパルフェの正体を知らない。もしも知るものがいたのだとすれば、それはルアナの祖父であるシュヴァルツくらいのものだったのだろう。ボニータ開祖の一人であるシュヴァルツが信頼を置いていたから、なし崩しにコボルトパルフェはいまもこの街で自由を許されているだけだ。……冷静になれば、あいつの正体は誰も知らんことに気づく」
ガウナさんが朗々と告げた。
「むろん、俺の血筋である証明はない。そのような得体の知れぬ輩のために、ボニータ全土と希望の象徴たる魔王ヴァニールを危険にさらすわけにはいかんのだ。悪いが、力ずくでも止めさせてもらうぞ」
「いいや、押し通る。たしかに私はやつが何者かは知らん。だが、ボニータにとってもこの魔王にとっても、あのコボルトは必要な人物だ」
ルアナさんが大斧を右肩に担ぐ。
ガウナさんが片手を挙げると、わたしたちを取り囲んでいたリザードマン族が、距離を取って円陣を組んだ。
ルアナさんがつぶやく。
「少し下がっていろ。カリン、ミレイ」
「加勢は必要ですかな?」
執事服の下。ブルネッタさんの肉体から、何やらメリメリと軋むような音がしている。
オーガ族って怪力なんだっけ。もしかして、筋肉が動いてるの?
「いや、ブルネッタも下がっていてくれ。……おまえがいると加減が難しくなる」
「承知いたしました」
戸惑うわたしの手を、バターとヨダレと魚汁にまみれでニチョニチョになっているミレイの手がつかむ。
うへっ、なんか手がニュルッとしてるよ。
「ひぇ……」
「ほりほり、カリンも早く下がるにゃ。あんなんに巻き込まれたら、ウチらなんて一瞬でミンチにゃ」
これだから猫は。あ、でも犬も食べ物食べてすぐに顔をなめ回しにくるか。ピンポイントに唇を狙って。あれはやめちくり~。
そんなことを考えた瞬間、ルアナさんとガウナさんが同時に膝を曲げた。わたしみたいな素人でもわかるくらいに、空気が張り詰める。
我知らず、息を止めていた。
「――ッ」
「おお……ッお? ん? なんだ?」
ガウナさんが耳を動かして、階段のある方角に視線を向けた。その視線が海を割るように、リザードマン族の壁が左右に分かれた。
下のほうからなんか聞こえる。
「HEY YOU! HEY YO! HEY YOU! HEY YO!」
階段下から、四体のゴブリンが踊りながら現れる。前のときは気づかなかったけど、ボーカルは一体で残り三体はダンスだけではなく、ボイスパーカッションを行っていた。
すごいレベルだ。
「おまえらのSOUL! 競い合ってもGOALがねえ! 最高級! 大丈夫! ぶつかり合って大興奮! 大号泣! だからっつって心配ねえ! 死んじゃいねえ! EVERYBODY SAY HO?」
「HO~~~~~~!」
ミレイが突然縦ノリで片腕を空に突き上げた。
「HO~~~~~~? COME ON!」
ゴブリンたちが調子にのって、格好よく手招きをする。
ミレイがそれにこたえる。
「HO~~~~~~!」
「HOHOHO? COME ON 子猫ちゃん!」
ミレイがぴょんと飛び跳ねて踊り出した。プリーツスカートが舞い上がるのも構わず、両手で着地して逆さのままくるくる回っている。
パンツじゃなくて毛皮だからいいのかなー、などと考える。
「NYA HA HA!」
「HOHOHO? COME ON DORAGON-LIZAAAAAARD! YEAH!」
うおおおおおおっ、と割れんばかりの歓声がリザードマン族から上がった。見ればみんな槍を持った右腕を空に突き上げて、ミレイのように縦ノリをしている。
どうやらあの妙ちくりんなゴブリン四体は、ボニータではアイドル的存在だったようだ。みんなそのパフォーマンスに目を奪われて楽しんでいる。
「おまえらDORAGON! 不滅のブレス! すべてを統べる! デュエルは無敵! 神すら蹴散らす、空の支配者! 翼の末裔! いつしか覚醒! そして世界を革命!」
わたしはそこらへんの歌詞を聴くことなく、すでにルアナさんの小脇に抱えられて、ボニータ火山の斜面をものすごい勢いで下っていたのだけれど。
なぁ~んだ、ただのアイドルゴブリンだったか。




