第34話 女子高生は暴走する
前回までのあらすじ!
どこまでも緊張感のない人。
深夜――。
何かを叩くような音に、わたしはベッドから身を起こした。
しばらく虚空を見つめてぼうっとする。眠ひ。
調度品こそないけれど、質実剛健といった感じに作られた客室。窓の外にはまだ月が浮かんでいて、夜が明けていないことに気づいた。
トントントン。
ノックの音。目が覚めた。
昨夜の記憶が蘇る。
「あ……!」
危ない。危ないところだった。夕飯を食べてすぐにベッドに入ったのに、すっかり忘れてしまっていた。
朝がくればわたしは捕縛され、投獄されてしまう。だから夜のうちに邸宅から抜け出て、森に逃げ込もうと算段を立てていたのだった。
トントントン。
またノックの音がした。
完全に現実に引き戻される。
誰? 誰? まずい、まずいまずい。いまはだめ。
わたしは慌ててベッドから滑り降り、ベッドの横に立てかけておいたシャルマンの剣を鞘ベルトごと胸に巻き付ける。
眠る前に制服は着込んでいる。いつでも逃げられるように。
非常持ち出しのリュックを背負った瞬間、またノックの音がした。
トントントン。
「…………時間だ。起きろ、カリン……」
潜められた声。ちょっとハスキーな女の人の声。ルアナさんだ。
まだ夜が明けていないのに、わたしを捕まえにきたんだ。なんで? 朝に連行するって言ってたのに。
わたしは抜き足差し足でドアから離れ、そっと窓を開けた。
冬期の夜。冷たい空気が流れ込んでくる。
「……!」
ここは二階だ。でも、飛び降りられない高さじゃない。この世界にきて、わたしもずいぶんと逞しくなったんだから。
ごめんね、ルアナさん。わたしはどうしてもパルフェを捜しに行きたいの。
「……時間がない。すまないが、勝手に入るぞ……」
カチャン、と鍵が解錠する音がした瞬間、わたしは窓枠に片足をかける。遠慮がちにドアが開けられた瞬間、わたしは窓枠を蹴りながら一瞬だけ振り返った。
「ごめんね!」
「あ! おい待て!」
ルアナさんが駆け出した頃にはもう遅い。わたしは膝を曲げながら両足で着地して、左の腰から左肩へと地面をあてるように転がり、落下の衝撃を逃していた。
すぐさま立ち上がり、走り出す。
「カリン、バカ! 待て!」
「うへぇ、ごめんなさぁ~~~~~~~~~~~いっ!」
スタコラサッサ!
高くはない塀をよじ登り、邸宅の外に足をつける。そのまま全力疾走でわたしはボニータの中央通りを走った。
まだ追いかけてくる気配はない。でも、ルアナさんの邸宅には馬小屋があった。馬なんて使われたら、もたもたしてたらすぐに追いつかれちゃう。
このまま火口縁の見張りをしているポムさんにお願いして通してもらって、森に戻るんだ。そんでパルフェのことをちゃんと捜すんだ。
冬期の空は澄み渡り、大きな大きな満月が浮かぶ。
その光を頼りに走るわたしの影が二つ。
二つ?
見上げると、音もなく屋根を併走するセーラー服モドキ姿の猫のヒトがいた。
「うへぇっ!? ミ、ミレイ!」
「にゃっひひ。遅い、遅いにゃあ~。簡単に捕まえられちゃうにゃあ」
だめだめだめだめ。すぐに追いつかれちゃう~~~。
ミレイは両手を前足のように使って四足になり、屋根から屋根へと飛び移る。すでにわたしより前に出ているというのに、飛び降りてくる気配はない。
「何しにきたのー!」
「はて? にゃ~んでしょ?」
ミレイはわたしの斜め前方に位置取ったまま、軽快に屋根を駆け抜けている。道路を挟んでも十歩分くらいなら簡単に飛び越えて、音もなく着地をして。
ニタニタ。変な笑みでこっちを眺めて。
「にひひ」
ううううう……! 絶対逃げ切れないよぉぉ~~!
ま、いっか。いまのところ捕まえにくる気配はないし。そのうち飽きたら帰ってくれるかもしんないし。元々が猫だもんね。
ミレイを警戒しながら走り続けていると、突然、ミレイが振り返った。頭の上の三角耳がピクピク動いている。
わたしが釣られて振り返っても、視界には誰もいない。けれど、やがて聞こえ始める石畳を蹴る蹄鉄の音。
ルアナさんだ……!
大丈夫。火口縁に続く階段はもう目と鼻の先。
わたしは階段を駆け上がると、ミレイはわたしの真横に寄りそうようにくっついて、同じく階段を駆け上がっていく。
「何なの!?」
「はて? にゃんでしょネ?」
ニタニタ、ニタニタ。
これだから猫は! だからわたしは犬派なんだよ!
振り返ると、手綱を引いて馬を止めたルアナさんと、そのまま馬に併走してきたと思しきオーガ族のブルネッタさんの姿が階段下にあった。
走る、走る、走る、とにかく駆け上がる。
「ああああああ、もおおおお! まだ半分も上ってないのに!」
ルアナさんとブルネッタさんが階段を駆け上がってくる。しかもブルネッタさんは素手だけれど、ルアナさんは大斧を背中に背負っている。
「ニャハ! 楽しくなってきたにゃあっ!」
「ちっとも楽しくないぃぃぃぃ!」
爆発しそうなくらい跳ね回っている心臓に、さらに負荷をかけてわたしは駆け上がる。ようやく半分。かなり追いつかれた。
ルアナさんたちの足が速いのではなく、ずっと走り続けてきたわたしの足が悲鳴を上げているんだ。太もものあたりがプルプル震えるチワワみたいになっている。
「ああぁぁぁ、追いつかれるぅぅぅ!」
もはやわずか階段数十段の距離で、ルアナさんが叫んだ。
「待て、カリン!」
「ごめんなさぁぁぁ~~~いっ、待てませぇぇ~~~ん!」
「ニャッハハハハ!」
ミレイはなんで大爆笑してんの!?
ルアナさんが再び叫ぶ。
「おい! 笑っていないでカリンを止めろ、ミレイ!」
「え~? どうしよっかにゃあ?」
ミレイは余裕綽々で後頭部に両手をやって、すっとぼけた表情で併走している。ルアナさんが歯がみしながら叫んだ。
「ブルネッタに魚料理を作らせる!」
「……何尾ですかにゃ?」
ボニータでの魚の価値は計り知れない。なぜならボニータの近くには大河や海が存在していないからだ。小川でしか獲れなければ、自然と価値も増していく。
「く、三尾だ!」
「にゃん♥ イエス・マム! ……ごめんにゃあ、カリン」
わたしは素早くリュックに手を入れて、こんなこともあろうかと忍ばせておいた夕飯のお魚のバター焼きをミレイに差し出した。
もちろん袋に入れてるけれど、芳しさは隠しようもない。
「こっちなら! いま! すぐ! NOW!」
「にゃぁん♥」
ミレイがわたしの手から魚を引ったくって袋から出し、両手で持ってかぶりついた。器用に走りながらだ。
へへ、猫は目の前にあるものを我慢できない生き物なのさ! 待てのできる犬の賢いことよ!
ルアナさんが鬼の形相で喚いた。
「この駄猫がァァ!」
「うみゃいうみゃい。にひ、ごめんにゃあ」
とはいえ、追いつかれそう。でも大丈夫。もう頂上が見えてきている。山を下って森に逃げ込めば、隠れる場所だってあるはずだ。
リザードマン族の姿も見えてきた。
リザードマン……族……の………………ん? 誰あれ?
緑色だったポムさんとは違って、灰色のヒトだわ。そりゃそうか。毎日同じところで見張りしてるわけないもんね。
「あああああああああっ!!」
リザードマン族の灰色のヒトがこちらに視線を向けて、ギョッと目を見開いた。慌てて槍を背中からおろし、わたしに穂先を向ける。
「止まれ、え、え~っと、魔王……様? あなたは明朝、評議会に連行される手はずになっているはずだ……です!」
一応魔王であるわたしをどう扱っていいのか、戸惑いがすごく伝わってくるニュアンスだった。
槍に突っ込んじゃいそうで、わたしは思わず足を止めた。止めてしまった。背後からの足音が大きく鳴り響く。
振り返ると、ルアナさんが五段ほど下の階段を蹴って跳躍していた。右手には例の大斧をすでに振りかぶっていて。
「うおおおおおおっ!! このバカもんがああああっ!!」
「わあぁぁぁん!」
捕まった。失敗だ。ヘタしたら頭かち割られて、パルフェを捜しに行けなくなっちゃう。
そう思ったわたしを軽々と飛び越えて、着地と同時にルアナさんがリザードマン族の槍へと大斧の刃を振り下ろしていた。
「ずおりゃあああ!」
槍が中腹から折れて地面に叩きつけられ、追い打つように叩き下ろされた大斧の刃によって大地が爆ぜる。巻き起こる暴風と、爆ぜた礫に撃たれたリザードマン族が仰向けに吹っ飛ばされて背中から落ち、気絶した。
「は? へ? え?」
「にゃあ?」
ルアナさんが真っ赤な髪を振って、勢いよくわたしを振り返った。
「だから待てって言っただろっ!? というか、私は昨夜から言っていたはずだぞ! 明朝連行だから、夜のうちに早めに迎えに行くとっ!! それをどう解釈すれば、この私を置いていくことになるのだ!」
「お嬢様。その言い方では言葉足らずではありますかと」
ブルネッタさんがため息をつく。
「連行をするために評議会の兵が館に至るより先に、お嬢様はカリン様を逃がすと仰っておられたのです」
「あへぇ~?」
「もちろん、そうなればお嬢様とてボニータには残れません。カリン様とともに森へ出てパルフェ様の捜索に乗り出す予定だったのです……が、あなた様が暴走されたため、少々予定が狂って面倒なことになりました」
「ほへぇ~?」
火口縁に散らばっていたリザードマン族が、次々とこちらに向かってきている。その中にはポムさんの姿もあった。
わたしたちはあっという間に数十体ものトカゲさんに囲まれる。
彼らが穂先を一斉にわたしたちへと向ける中、ポムさんだけが片手を顔にあてて空を仰いでいる。
ああ。ポムさんも計画の内側のヒトだったんだ。
つまり、ルアナさんはポムさんが見張りのときに、わたしと一緒にこっそり森に出ようとしていた……のに、わたしが他のリザードマンが見張りの時間に突撃していったから、焦って止めようとしていた。
うわー、壮絶な自爆だ……。
満腹になったのか、ミレイは幸せそうにお腹を撫でて、指についたバターソースをペロペロと舐めとっている。
わたしは……笑って誤魔化すことにした。
「うへへ。ど、どどどうしよう?」
四面楚歌!




