第33話 女子高生はあきらめない
前回までのあらすじ!
猫派に転向するつもりか!
あれから一月が経過した。それでもパルフェは、未だボニータには到着していない。
火口の街から見上げた空は暗く、鉛色の分厚い雲がかかっている。
わたしは両手を組んで、じっと空を見上げる。
ひとひらでいい、雪が舞い降りるまで。
パルフェが姿を消して、一ヶ月と十日。さすがにパルフェの身に何かが起こったということは疑いようがない。
捕まってしまったか、もしくは強力な追っ手を付け狙われて潜伏したか、あるいはわたしのことを見捨てたか。
それならまだいい。捕まっているならどうにかして助けられるかもしんないし、潜伏しているなら絶対に見つけ出す。いい機会だとわたしを見捨てたなら、どこかで自由に楽しく生きてくれればそれでいい。
寂しいけど、パルフェの人生だもん。こっちの事情に巻き込まれて死んじゃうよりずっとマシだ。
そうじゃない場合。
最悪の結末は、パルフェが誰かに敗れて……。
わたしは勢いよく頭を振った。短いポニーテールが両頬にあたる。
地面からの地熱は暖かいけれど、頬を撫でる風は冷たくなりつつある。けれど。
「だめだぁ。雲が晴れちゃった」
太陽が沈む。今日もだめだった。
ミレイの話なら冬期の訪れはそろそろのはずなのに、神様は意地悪だ。雪さえ降れば、王国騎士たちはジャンティーユまで引き上げてくれるのに。
わたしはベンチに立て替えておいたシャルマンの剣を持って、ルアナさんの邸宅へと向けて走り出す。結構距離があるのだけれど、いまは少しでも持久力を養っておかないといけない。
また足手まといになるのは嫌だもん。
たった一ヶ月と十日程度じゃ、どれだけの体力がついたかはわからない。けれど、少し前までは全力で駆け抜けられなかったのに、いまはずっと自分の中の最高速で走り抜けられるようになったし、到着後に息切れする時間も減ったように思える。
うん。速い。速くなってる、わたし。
市の人々の隙間を縫って走る。時々魔族のヒトとか人間のヒトと目が合うけれど、まだそれほど親しくなったわけじゃない。ただ、わたしが毎日のように同じ時間に走っていると、手を振ってくれるようになったヒトもいる。
「あ、魔王ちゃんじゃ~ん。ちっす、ちっす、ちぃーっす」
「コンチハ!」
「YEAH! YEAH!」
ジャラジャラした首飾りとかかけてるやたらとチャラいゴブリン族の四体が、ファンキーなダンスを披露しながら前方から近づいてきた。
「YOYO! 魔王YOU、魔王YO! KYOもGENKIかYO! EVERYBODY、SAY、HO! GENKI出してYO!」
「ちょっと何言ってんのかわかんない」
「いつかTENKI、それとONAJI! おまえに雨は似合わなー! 涙の雨もHALLELUJAH! 毛根死滅でHAGEるYA! 頭ピッカリ、晴れるYA! YEAH!」
四体のゴブリンが同時に膝を折り、両腕を組んでポーズを決める。
「いや、わたしは雪が降ってほしいのっ! 晴れちゃ困るの!」
べーっと舌を出して言い捨てながら通り過ぎると、猿顔のゴブリン族たちが、何やらションボリ顔になった。
けれど一匹が顔を上げ、再び謎カルチャーの披露を始めると、他の三匹も合わせてまた踊り始める。
「おまえYUKI! 俺たちYUUKI! KOKOROにこもったKUUKIはKANKI! したらおまえはKANKI! EVERYBOD…………」
ちょっと聴いてみた気はしたけれど、立ち止まっちゃうとトレーニングにならないからね。わたしは容赦なく彼らを置き去りにして走り続ける。
振り返ると、ぽか~んとした顔でこっちをまだ眺めていた。
いや、何なの、ゴブリン族……。こっちがぽか~んだよ……。
と、ふと併走する影に気づく。
左右じゃなくて、わたしの影を呑み込んで伸びているから上だ。
走りながら見上げると、制服モドキ姿のミレイが屋根から屋根へと飛び移りながら、わたしに追いついてきていた。
「にゃっほー! 魔王様っ!」
ミレイは勢いのままに屋根から飛び降りると、わたしの横を余裕綽々の顔で走る。
ケット・シー族はすごい身体能力だよ。
「人間にしては、走るのずいぶん速くにゃったねー」
「へへーっ、もともと山を駆けるのが好きだったんだよ」
ミレイとはずいぶん仲良くなった。ルアナさんの執事、オーガ族のブルネッタさんが言うには、わたしたちはまるで姉妹のように見えるそうだ。
魔族の血が濃いヒトから見れば、人間族と人間族に近しいケット・シーの容姿の機微は、よくわからないのかもしれない。
「にひひ、んじゃあ競争にゃ! 負けたら勝ったほうにデザートあげる流れにゃ!」
「えええええっやだああああぁぁぁぁぁ」
そう言った瞬間には、ミレイは両手を地面につけて一気にわたしを引き離していた。プリーツスカートモドキのお尻で揺れる尻尾が、あっという間に見えなくなる。
猫なんて相手にして勝てるわけないじゃ~~ん……。しくしく……。
ルアナさんの邸宅に辿り着くと、珍しくメイドさんたちではなく、ルアナさん本人がわたしを出迎えてくれた。ちゃっかりミレイも横にいたりして。
わたしは息を整えて、手を挙げた。
「ただいま、ルアナさん」
「カリン、話がある」
あ……。
わたしはルアナさんに、パルフェ捜索のために冬期の訪れとともに人員を借りたいと申し出ていた。ルアナさんはこの街での発言力が大きいし、パルフェもどうやらボニータにとっては特別な存在らしいから。
「それって、パルフェのことだよね?」
「ああ」
「捜索隊を出してくれるの!?」
ミレイは猫がそうするように、手で自分の顔を擦っている。その後、手の甲をぺろぺろ舐めたりして、まあ可愛いの。
けれど、その隣に立つルアナさんの表情は、わたしの心を不安にさせた。
陰っているのだ。ルアナさんの表情が。
少し言いづらそうに口ごもった後、彼女は玄関のドアを片手で開けた。
「……とりあえず中に入ろう。紅茶の用意がある。ミレイもこい」
「だめ! ここで! お願い、ルアナさん!」
祈るような気持ちで彼女に視線を向けると、ルアナさんがあきらめたようにため息をついた。
「すまん、カリン。パルフェの捜索に関して、ボニータの人員は割けそうにない。評議会でそう議決されてしまった」
ああ、なんとなく彼女の表情から予想できた答えだった。
その後、ルアナさんは理由を事細かに説明してくれたけれど、わたしはその内容を、要所要所しかおぼえていない。
早い話が、ジャンティーユ王国の騎士が確実に撤退するとは限らない的なことだ。ほんの数名でも残っていたとしたら、ボニータにとっては致命的だ。ここに住む民の安全を考えると、小さなリスクでも避けておきたい。
それに、もしもパルフェがジャンティーユ王国に捕まっているのだとしたら、ボニータの位置を尋問で喋らされた恐れもある。そういった現状を鑑みるに、たった一千しかいない防衛戦力を、いま捜索に割くことはできない。
大体、そんな内容だったと思う。
ミレイがつぶやいた。
「あ~あ。にゃんともまあ。雪が降るまでって散々待たされたあげくの返事がそれかいにゃ。魔王様がお気の毒ったらありゃしにゃい」
「それと、カリン。残念ながら、おまえの拘束も閣議決定された」
「……ふぇ?」
わたしは眉間に皺を寄せて顔を上げた。
「おまえのパルフェに対する執着は、里に危害をもたらしかねない。単独で捜しに出て万が一捕まってしまったら、これもまたボニータの位置をジャンティーユ王国に知られてしまうことに繋がる」
「……喋らないよって言ってもだめかなあ?」
「ああ。元老院の老人たちは頑固だ。私のような若造の話など聞きやしない。ましてやおまえではな」
それだけを告げると、ルアナさんはわたしに背中を向けた。
「明日の朝、評議員たちに私が付き添い、おまえを連行することになっている。夕餉はブルネッタに部屋に用意させた。……今夜はゆっくり休め。明日、早めに部屋まで迎えにいく」
「……はい……」
逃げても逃げられないだろうな。
館から出ることはできるだろうけれど、ボニータから森に逃げ込むことが難しい。ボニータの火口縁には、昼夜を問わずリザードマン族のヒトたちがいるから。
……ポムさんだったら通してくんないかな?
よ~し。今夜ちょっと抜け出してみよーっと。へへ。
ゴブリン族連れていこうよ
楽しそうだよ




