第37話 女子高生は遭難する
前回までのあらすじ!
ヴァニールかわいそう。
皮肉なことに、わたしたちがボニータを出てすぐ、雪が降り始めた。
わたしとルアナさんは、ボニータからの追っ手を振り切るために夜を徹して歩き続けるつもりだったのだけれど、あっという間に吹雪いてしまっていた。
「……ツイてないな。待ち望んだ季節が立ちはだかるとは」
ほとんど見えない闇の中で、ルアナさんがぼやく。魔導ランプは持ってきているけれど、点火すれば遠くからでもその光を見られてしまうかもしれない。当然、つけるわけにはいかない。
「ごめんなさい。わたしが先走らなければ、もっと準備できたんだよね」
「ここでおまえを責めても仕方がない」
わたしは両腕で自分を抱いて震える。これはちょっとまずいかもしれない。動き続けているのに、体温は下がる一方なの。制服じゃ限界がある。
ルアナさんだって、防寒着を着ているわけじゃない。旅支度もできなかったろうし、服装は仕事用の貴族服だ。
わたしたちは何も見えない闇の中を、ぼんやりと雲の向こうに見える月の位置だけを頼りに方角を割り出し、はぐれないように手を繋いで歩き続けていた。
雪はもう足首あたりまで積もっている。この分では朝が訪れるまでに、膝くらいまで積もってしまいそうだ。
パルフェもシバスケもいない。
ああ、暗い……暗いな……。心が凍えそう……。
ぼんやりと歩き続ける。ただぼんやりと。前へ。
ざっ、ざっ。雪を踏む音と風の音だけの世界。何もかもがぼやけて遠のいていく。
「まあ、いいこともある。足跡での追跡ができなくなる」
「……追跡の、追撃躱して彗星のよーに駆ける俺たち即席パーティ、とはいえ弱り目、祟り目、運も尽きかけ、遭難しそうなんDeathなんつってぇ~……」
寒っ。
「おい、カリン! 立ったまま寝るな!」
「はぅあ!?」
強い語調で呼ばれて、わたしは頭を振りながら目を開ける。
自分でも気がつかないうちに、目を閉じてしまっていたみたい。
「……ラ、ラッパーゴブリンのボーカルにスカウトされた夢を見てました……」
ルアナさんのわたしを見る視線が、不思議と困り顔になった。
「いや、おまえはラッパーゴブリンを甘く見過ぎだ。やつらのは韻だが、おまえのは最終的にただのオヤジギャグになってたぞ」
「精進します」
「しなくていいから歩け。突然立ち止まったと思ったら奇声をあげるものだから、正直怖かったぞ」
ルアナさんまでドン引きさせるなんて、ラッパーゴブリンはやっぱー無敵だね。
振り返ると、足跡はすでに埋まっていた。どれくらい立ち止まって歌っていたのか、さすがにちょっと不安になる。
ルアナさんの手に引かれて、わたしは歩き出す。
けれど、吹雪はどんどん強くなってきている。これは先ほどのリリックも、割と本気でシャレでは済まされなくなるかもしれない。
分厚すぎる雲のせいで、月の位置も見失った。
吹き荒れる風が他の音を掻き消し、手を繋ぐ位置にいるルアナさんの姿さえほとんど見えなくなってくる。
手足の感覚は、ずっと前からもうほとんど感じていない。指先に鋭い痛みがあるだけ。
「くそ、ホワイトアウトだ! 絶対に手を離すなよ!」
「……うう……」
「だめか! これ以上は進めん! どこか風よけのできる場所を探すしかなさそうだ!」
これはもうだめかも……。きっと風があたらなくたって、こんな気温じゃ朝までだってもちそうにないもの……。
パルフェの温かいお腹が懐かしいよ。
ああ、また力が抜けていく。瞼の裏にラッパーゴブリンが浮かんできて。
視界が再び閉ざされた瞬間、わたしは目を見開いた。ルアナさんの手を引っ張って立ち止まる。
「待って!」
「……カリン?」
「こっち!」
「何かあるのか!?」
「たぶん!」
臭う。うん。ゆで卵みたいな、あの臭いだ。温泉の。硫黄の。
だとするなら、わたしたちは温泉小屋の近くまできているはずだ。
臭いの濃いほうへと、わたしはルアナさんの手を引いて走る。もう一寸先も見えていないから、二人して何度も木の根に躓いて。けれどわずか数十歩ほどの距離まできたあたりで、突然木に顔からガツンとぶつかった。
「痛っ!」
「つぅ~……くあぁぁ」
わたしは木をなで回す。平たい。壁だ。小屋の壁。きっと。
壁に沿って歩き、ドアノブを発見した。わたしは迷わずドアを開けて、二人で小屋の中へと転がり込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ~……」
ほとんど感覚のない手でリュックをひっくり返し、震えながら魔導ランプのコックをひねる。
ぽぅっと、橙色の炎が灯った。ほんと~に微かにだけれど、その光はわたしたちの心を安堵させた。
無人の温泉小屋だ。
小屋の奥に積まれた薪を石の暖炉にくべて、魔導ランプの火を移す。薪は以前パルフェと立ち寄った際に、パルフェが料理のために用意していた分だ。
また助けられた。パルフェに。
二人で震える肩を寄せ合って、暖炉に張り付く。
じわり、じわりと、手足が感覚を取り戻していく。どうやら凍傷は免れたようだ。しもやけで、二人とも顔が真っ赤になっちゃったけれど。
「えへへ……」
「ふふ……」
生き返ったぁぁ~~~……。
ひっくり返したリュックから干し肉や干した果実を取り出して、二人で貪り食う。エネルギーがほとんど枯渇していたためか、いくらでも食べられる。甘い物もしょっぱい物も、とてつもなくおいしく思える。
その後、持ってきた薄い毛布に二人でくるまって睡眠を取った。こんな吹雪の中じゃあ、騎士たちが残っていたとしたって襲ってくる心配はないからね。
翌朝。ううん、お昼頃。
目を覚ましたわたしは、朝食件昼食を摂ってから、小屋のドアが開かなくなっていることに気がついた。
積もった雪が邪魔をしてるの。
ドアの隙間から見るに、どうやら膝までどころか、腰のあたりまで積もってしまったみたい。
「どれ、私が押そう」
「うん」
そう言うと、干し肉を咥えたルアナさんが片手でドアを押した。ずずっと重い音がしてドアがあっさり開く。
やっぱりすんごい力持ちだよ。
シャルマンの剣はルアナさんが使ったほうがよさそう。そう思って渡そうとしたけれど、彼女は剣だと軽すぎて思いっきり振れないらしく、断られてしまった。
なんでも、軽いものを思い切り振ると肩を痛めるそうだ。
「かっ! これはまたずいぶん積もったな……」
「あたり一面、銀世界だね」
地面が一切見えないのはもちろん、樹木の枝にも真っ白な雪が乗っかっている。陽光を反射して、闇に慣れすぎた目が少し痛いくらいだ。
ルアナさんが口元に右手をあててつぶやく。
「しかしこの分では、猫娘はきそうにないな」
「そーなの?」
「ケット・シー族は寒さが苦手だ。雪が降ってる間は、ほとんど暖炉の前で丸まっていることが多い。若いと興味が勝って動きたがるやつも多いが、面倒くさがり屋のミレイの性格ではな」
「……でも、ボニータにいたんじゃ捕まっちゃわない? わたしの逃走を幇助した罪とかで」
ルアナさんが眉をひそめた。
「かもな。適当な嘘で言い逃れをするかもしれんし、カリンが気になるならば、もしかしたら嫌々ながら追ってきているかもしれん」
「う~ん。寒さが苦手だと、それはそれで心配だよ」
ルアナさんがわたしの頭に手をのせて、少し笑った。
「苦手なだけだ。毛皮がある分、実のところ私たち人間よりはよっぽど気温の乱高下には強い。だから心配するな」
「うん!」
「さぁ~て、ここから先は吹雪いてはいないが、先日以上の雪道だ。出発前に、身体を芯から温めておきたい」
「そだねっ」
温泉♪ 温泉♪
ラッパーゴブリンの影響力たるや
※お仕事の都合で更新速度がやや低下します。
12月上旬までは、週1~2話ののんびりペースで更新していきます。
※上記無理でした!
12月上旬には復活しますごめんなさいorz




