第29話 かっこつけすぎコボルトさん
前回までのあらすじ!
卵の殻が硬すぎた!
植えたジャガイモの芽が出る頃、二人して裏の小川で釣りに興じていると、竿を脇に挟んで寝転んでいたパルフェが不意に身を起こした。
「おかず釣れた?」
「……ああ、釣れたぞ。群れでな」
でも返事とは裏腹に、パルフェは竿を放り出して立ち上がる。
「来やがったみてえだ。まだ麓だな。距離があるうちに発つ準備をする」
「え? え?」
「マヌケが魔王に食いついたって言やあわかるか?」
「あぁ~……」
わたしはあわてて立ち上がる。片付けようと竿を上げて――わたしも地面に投げ捨てた。
意味ないもん。
でも一応、パルフェの竿も陸に上げて転がす。
食べないのにお魚さんがかかったらかわいそうだからね。
シャルマン家まで走るパルフェに続いて、わたしも走り出す。
パルフェはまず、家中の窓を開けた。
「カリン、食料庫の――」
「非常持ち出しだね! わかった!」
走り出すわたしの背に、パルフェの声が届く。
「用が済んだら収納庫の扉は開けとけ! 中のもん腐っても構わねえから!」
「わかったー!」
わたしは絨毯を捲って床下収納の扉を開け、食料庫のナップザックをひったくる。もちろん、横に立てかけられてた剣も。
あと、ちょっとだけ考えてからそこらに吊してある干し肉をいくつか取って紙に包み、それも強引に押し込んだ。最新式らしい魔導ランプも。
「あって困るもんじゃないよね……」
欲を言えば魔導冷凍庫も欲しいけれど、さすがに大きすぎて持って行けない。
わたしが食料庫から飛び出すと、パルフェは窓枠に身を乗り出して鼻と耳を動かしていた。
「もう近い?」
「……数が多すぎてよくわかんねえや。軍靴の音はほとんど地響きだ。ま、いいや。何人いようが、どうせ空振りさせんだからな。ゲッハッハ、ご苦労さんってな」
「パルフェ、ほんとにいいの? ここ、想い出の家なんでしょ?」
パルフェは窓枠からぴょんと床に下りると、柴犬顔を上げて口角を上げた。
「俺はもう若かねえが、想い出にすがるほどは、まだ年老いてもいねえぜ」
でもやっぱり否定はしないんだ。この家に想い出があるってこと。
やっぱりあなたは犬パルフェなの? だとしたら、ご主人様のお家を捨てなきゃならないことはつらくないの?
わたしのせいで……。
頭を振って思考を追い払う。
「よっ、いちいちカッコイイよ、パルフェ! 世界一の犬!」
「だっろー!」
「その自信よ……」
「さ、行くぞ」
いつの間に用意したのか、パルフェは小さなリュックサックを背負っている。どうやら食料庫にあった持ち出しは、わたし専用のだったみたい。
って、じゃああの剣も……?
パルフェはスタスタ進んでいる。
少し迷って、わたしは剣の鞘ベルトを腰に巻いた。持って走るよりずっと楽だもん。
二人して玄関扉を出た後、わたしは振り返って囁く。
「ごめんね……」
シャルマン。あなたの友人かもしれないワンちゃんをお借りします。
「何してんだ、カリン。急げ」
「うん。あ、ドアの鍵は閉めなくていいの?」
「あえて開けとくんだよ。閉めてたら、俺たちが立て籠もってると思ってやつら強引にぶっ壊して侵入してくるだろ」
あ、だから窓や食料庫の扉まで全部開けっ放しにしてきたんだ。
「なるほろー……。あ、そだ! 剣、この剣どうしたらいいの!?」
「いらん。やる」
わたしが腰に吊した剣を指さして尋ねると、チャカチャカと短い足を動かしながら、パルフェが当然のように言った。
「つ、使えないよぉ!」
「剣ってのは刃を立ててぶつけりゃ斬れるもんだ。肉体的に劣る弱者が強者に勝つにゃ、そういうもんが必須になる」
「そういう意味じゃなくてさ……騎士だって人間だもん……」
だって人間だもん。斬ったら痛い痛いなのだ。
「じゃあ魔物に備えて持っとけ。それも嫌なら包丁にでも使え。山菜採取に使ってもいいぜ」
「う~……」
二人してジョギングのペースで森を駆ける。
「地響きとは一定の距離を保ててる。問題なさそうだな」
「そっか。よかった。このままボニータまでいく?」
「ああ。やつらはシャルマンの家で一度足を止めるはずだ。そのとき一気に引き離す。ボニータまで連れてくわけにゃいかんからな。温泉はナシだぜ。ゲハハハ!」
「わかってるよぅ。わたしだってバカじゃないんだから」
走る。走る。走る。無言で走る。
余計なお喋りで体力を減らすわけにはいかないから。それでなくても限界は近い。汗はひっきりなしに流れているし、呼吸が苦しい。
かなり速いペース。
でも、なのに。
パルフェの横顔があからさまに歪んでいた。
「くそ……ッ」
「……どしたのっ? ……魔物っ?」
「いや、魔物も逃げ出してるはずだ。このままじゃ追いつかれる」
「へ?」
暑くて仕方がないのに、その言葉に背筋が凍った。
「騎士団はまだまだ後ろなんだよね?」
パルフェが吐き捨てる。
「やられたな。地響きとは別に、鎧をつけてねえやつらが追ってきてる。たぶん三百ってとこだ。地響きは囮だな。耳のいいコボルト対策ってこったろうよ」
「……重装騎士たちの地響きのせいでっ、……ハァ……ッ、……軽装騎士の足音を……聞き逃したってこと……?」
「軽装どころか、たぶん剣しか持ってねえ。かなり足が速ええな。エトワールめ……!」
大賢者エトワール。わたしを魔王に仕立て上げた黒幕のエルフの名だ。
わたしは走りながらつぶやく。
「……ガトーさんから報告を受けて……ッ、……パルフェ対策を……ハァッ……考えたのかも……ッ」
「だろうよ。あのエルフのクソババア」
「逃げ切れる?」
「無理だな。ボニータの位置が割れちまう」
「……戦う……のッ?」
「……」
パルフェが黙り込む。
その間もわたしたちは速めた足で走り続けている。倒木を越えてシダ植物を掻き分け、この前よりもずっと速いペースで。
「だめだな。先に行け。火口縁はもう見えてる。こっからならカリン一人でも道に迷うことはねえだろ」
「パルフェは!?」
「時間を稼ぐ。俺がやつらを引っかき回している間に、おまえはボニータ入りしろ」
ずぐりと、胸の中で心臓が跳ねた。
嫌な汗が額から滲み出る。
「そんなことできるわけ――!」
「時間がねえ。問答はナシだ」
「だめ! わたし、もっと速く走れるから!」
「あばよ、カリン」
わたしが伸ばした手から逃れるように、パルフェが一瞬で左の茂みへと飛び込んだ。
「待――っ」
追いかけてわたしが茂みに入ったときにはもう、別の茂みが揺れていて、それがとんでもない速度で遠ざかっていって。
そうしてわたしは深い森に取り残された。
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くく
ココは俺に任せて先に行け!
※7/20追記
お仕事の都合により、しばらくの間休載いたします。
再開はおそらく9月下旬あたりになるかと思います。




