第24話 名俳優だよコボルトさん
前回までのあらすじ!
カリンさんの本気が見れる……!
わたしは茂みを這いずりながら、パルフェを取り囲む騎士たちの集団に近づいていく。いくら飛び抜けた剣技を使えるからって、あんな数に包囲されたんじゃどうしようもないよ。
ここはわたしが助けてあげなくちゃね。
「そーっと、そーっと……」
ほふく前進。地面ずりずり。
ああ、せっかく直した制服が汚れちゃう。
手に持っているのは木の棒。ちょっと湿ってて生木だけれど、その方が折れたり砕けたりしにくいはず。
「……ごくり」
生唾を飲む。
こんなの振り回す気になったのは、子供の頃に友達としたチャンバラ以来だよ。
もっとも、あのときは。
わたしがいじめられてると勘違いしたシバスケの乱入で、相手を超必殺ウルトラ柴犬コンボの末にK.Oしちゃう大惨事になってしまって、わたしは祖父母から大目玉を食らったのだけれど。
それっきり、大好きだったチャンバラごっこはしなくなった。シバスケめー。
今度はわたしが乱入して助けるからね! シバスケじゃないけど……。
茂みがあるのはここまで。
一番近いところに立っている騎士の背中で、十五歩といったところかな。
鎧とか兜とかつけてるし、思いっきりイっても大丈夫よね?
みんなパルフェに気を取られているらしくって、振り返ったりする様子はない。心臓バクバクで謎の汗が浮いちゃってるけど、今しかチャンスはない。
助けるんだ、わたしの手で。パルフェを。
「よーし……! 女は度胸……!」
茂みから這い出て、わたしはスニーカーのつま先で地面を蹴った。
わずか十五歩、接近と同時に殴れるように、木の棒を大きく振り上げて。
走る! 身を低くして、静かに、猫のように速く、疾く!
風を切って、一つ結びの髪が浮いた。
騎士たちは静まりかえっていて、パルフェの話す声だけが聞こえる。
「いやぁ~、俺もあの恐るべき力を持った娘には脅されていてな。なるほど、やはりあの娘こそが魔王ヴァニールだったか。道理で勇者ガトー様が手も足も出なかったわけだ」
いや、パルフェ何言ってんのっ!?
つんのめって足が止まった。
パルフェも騎士たちも、わたしには気づかず会話を続けている。
「なんと! それほどまでに、かの娘は強かったのか。だとするならば、娘はすでにヴァニールとしての記憶と力を取り戻しているのかもしれぬ……」
騎士の言葉を、パルフェがしたり顔で煽る。
「ああ。ガトー様の振るわれた剣も鋭かったが、あの娘には掠りもしなかった。斬っても斬っても、そのニヤニヤとした厭らしい嘲笑すら止めることはできなかった。それどころかガトー様の足をナイフで貫いて動きを奪い、あげくの果てにうちに火を放ちやがったんだ。そのときに娘が放った哄笑が、今でも耳に焼きついている。夢に出てくるほどだ」
いや、ガトーさんの足を刺したのパルフェだし、火を放ったのはガトーさんだし、わたし何にもしてませんし!?
「くっ、なんたる悪逆非道! まさに魔王と呼ぶに相応しき娘よ!」
「ああ……。あいつはやべぇぞ。俺はコボルトだ。戦いなんて、とてもできやしねえ。だから必死で火を消して、ガトー様を逃がすことしかできなかった。……く、すまん。魔族という同族が人間族に迷惑をかけた……。ていっても、俺みてえな魔族の言葉なんて信じられねえよな……」
寂しげな瞳で、騎士を見上げるパルフェ。
超カワイイ。嘘をついてるなんて思えないくらいカワイイ。
「いや、コボルトよ。おまえはその矮躯でよくやった方だ。魔族でありながら、人間族の勇者を救ってくれたことに感謝する。コボルト族は比較的、人間族に懐いている個体も多いからな。魔族の中でも特別だと認識している。ありがとう」
パルフェが鼻を擦り上げて、片頬に邪悪な笑みを浮かべた。
あー……そういうアレ……?
自分の容姿を利用して、騙してお引き取り願おうっていう……。
ゲスいなあ……。いやゲスいわ……。
パルフェはしれっと嘘をついていた。あんなに怒った様子で飛び出していったというのに、冷静に嘘をついていた。
ここからじゃチラっとしか見えないけど、たぶん、すっごいゲスい顔をしてほくそ笑んでいそうだよ。
「いいってことよ。俺はただ、戦いとは無縁にここで静かに暮らせればそれでいいんだ」
「素晴らしい。魔族とはいえ、さすが犬は人間の友だ」
「へへ、よせやい」
わたしは茂みに戻るべく、くるりと反転する。
抜き足差し足、音を忍ばせて。
見つかったら終わり。パルフェの演技が台無しになっちゃう。
「それで、ヴァニールはどこへ行ったのだ?」
「あの娘ならもういないぜ」
「何っ!? ま、まさかジャンティーユ王国を襲おうと南下したのでは――」
騎士の声に怯えが混ざった。
パルフェが言葉を遮る。
「いや、ジャンティーユとは別方向だ。むしろ魔族領域の方に向かって去っていったからな。何やら、『魔族王に、俺はなる!』とか威勢のいいことを抜かしながら、あっちの方の茂み…………に………………」
パルフェが魔族領域のある北方を指さしながら、言葉を止めた。
そこには抜き足差し足で茂みに逃げ込もうとするわたしの背中があったから。
「おま――……」
「うぅ、ごめんよぅ」
「隠れてろって言ったのに……」
パルフェが額を両手で抱え込み、天を仰いだ。
超カワイイポーズだ。たまらないよ、パルフェ。
「なんてこった……」
騎士たちが鎧をならして一斉にわたしを振り返る。
わたしは泣きそうな顔で手を小さく振りながら微笑んだ。
「こ、こんにちは~……」
笑顔。笑顔。笑顔はもめ事を遠ざける。……といいな。
一瞬の間。
廃村になったカラクサ村に、穏やかな風が流れた。草むらがさわさわと揺れる。
騎士たちはみんな凍ったように固まっていた。
だらだらと額から汗が流れ落ちる。わたしからも、騎士からも。
ややあって、一番近い場所に立っていた騎士が、わたしを震えながら指さした。
「ま、まさか、え、でも、なぜまだここに……?」
「ひ……。ヴァ、ヴァニール……?」
「て、手配書通りの服の娘だぞッ!」
「間違いない! どういうことだッ、コボルト!? ……コボルト? いないぞ?」
「お、おい、そんなことよりあの娘、こ、こ、棍棒を持ってるぞ……」
わたしは引き攣った笑顔のまま、木の棒を後ろに隠して言い訳する。
「た、ただの木の棒だよぅ……? 杖くらいにしか使えないってば……」
三十名の騎士たちが一斉に剣を抜き始めた――瞬間、彼らの後方から悲鳴が上がった。
騎士たちがわたしから視線を外して振り返る。
そこには足甲の継ぎ目から血を流して悶える、数名の騎士の姿があった。
「う、ぐぅ……」
「コ、コボルト、裏切ったのか!?」
「いや、我らを騙していたのか!」
彼らの足下を、疾風のごとき素早さで小動物が駆け抜けてきて、騎士たちとわたしの間に滑り込み、あからさまにがっくりと肩を落とす。
「楽にやらせてくれよ。カリンのおかげで疲れっぱなしだ」
「……ごめんねぇ……」
血に濡れた山菜採取用のナイフを逆手に持ち替え、三十名あまりの騎士の前に立って、パルフェが不敵な笑みを浮かべた。
「ま、この程度の数なら、まともにヤったってどうってことはねえか」
どうしようもない主人公と、どうしようもない犬のコンビ。




