第23話 食いしん坊だよコボルトさん
前回までのあらすじ!
コボルトさんのあられもない姿のサービスシーン。
温泉から半日、廃墟になったカラクサ村が樹木の隙間からようやく見え始めた頃、パルフェが突然立ち止まって左手をわたしの前へと伸ばした。
「止まれ、カリン」
「ん?」
パルフェの三角形の耳と、少し濡れた鼻が動いている。
「何かいる。ちっと留守にしてる間に入り込まれたか」
ヌタヌタした臭いムーン・ビーストとか、毒を吐く八本足トカゲのバジリスクを思い出して、わたしは身体をこわばらせた。
「ぼうっとしてねえで、頭を下げろ」
「う、うん」
茂みに隠れられるように膝を曲げ、中腰になる。
「また魔物……?」
「ここいらで群れを作る魔物ってのは割と珍しい」
へぇ~。そうなんだ。って。
「……群れ!? いっぱいいるの!?」
臭い粘液を飛び散らせながら群れを成して走るムーン・ビーストとか、横列同時毒吐きで集中砲火してくるバジリスクを想像して、わたしは頭を抱えた。
「正確な数はわからんが、相当数いる。まあ、順当に考えりゃ人間族だろうな。微かだが鉄の臭いが混ざってやがら」
わたしは胸をなで下ろして安堵する。
「な~んだっ」
パルフェがわたしの鼻先に指を押し当てた。
「なんだじゃねえ。曲がりなりにも魔王であるおめえにとっちゃあ、一番危険な種族だろうが。つい先日にも、勇者ガトーに殺されかけてたことをもう忘れたのか?」
「あそっか」
パルフェが地面に頬を置いて、茂みの下からカラクサ村を覗く。
なんだかとっても普通の犬っぽい格好だわ。
廃墟のカラクサ村には、わたしの目からは誰もいないように見えるけれど、パルフェがいるって言うなら、きっと隠れているはずだ。
「ほんとに暢気なやつだ」
「ごめんよぅ」
うへへ。
「魔族の野党って可能性も捨てきれねえが、カラクサ村は表向き廃墟だ。野党が狙うような相手はいねえ。十中八九、魔王ヴァニールを殺すために送り出されたジャンティーユ王国からの追っ手だな」
「またぁ~……」
「ちなみに鉄の臭いってのは、鎧や剣、もしくは血だ。魔族は中級以下の一部しか武装しねえが、人間族は肉体が弱いから必ず武装する」
パルフェがため息交じりに吐き捨てた。
「剣呑な臭いが村中にぷんっぷん漂ってやがら。三十名はいそうだ」
「うう……」
十中八九、わたしの追っ手。ガトーさんも来てるのかな。嫌だな。怖いな。
パルフェと斬り合うのがすっごく怖い。わたしのせいで怪我とかさせちゃったらヤダ。
「どうしよう、パルフェ?」
「どうもこうもねえ。やつらがあきらめて帰るまで森に隠れてるか、出てって張っ倒すかだ」
「危ないよ……。戦うのやめよ?」
パルフェが小さな肩をすくめる。
「だな。好き好んで危険に飛び込む必要もねえ。やつら、まだ俺たちを見つけちゃいねえだろうしな」
よかった……! パルフェを危険な目に遭わせずに済むよ。
「さんせー。君子危うきに近寄らずだねー」
「なんだそりゃ? とにかく、温泉小屋まで引き返して数日様子を――……」
パルフェの言葉が止まった。
振り返って茂みの下から、自身の家屋を覗く。
窓。ルアナさん宅と違ってガラスはない。たぶん、この世界では高級品なのだろう。ボニータの家屋でさえ、半分以上はただの跳ね上げ窓だったから。
その開けっ放しの跳ね上げ窓から、銀色の何かが動くのが見えた。
「野郎、うちに入り込んでやがる」
「パルフェ?」
「しかも、俺の貯蔵庫から食い物を勝手に出して食ってやがった……」
「そ、そーなんだ……」
ガトーさんが貯蔵庫の存在をジャンティーユ王国で報告したのかも。
わたしが隠れている可能性のある場所だから。
「ぐるる……」
あれれ? パルフェの様子が変だよ?
眉間に縦皺を寄せて上唇を捲り上げ、体毛を逆立てて牙と目を剥いている。
怒った柴犬の顔だ。森で猪や鹿と出くわしたときに、シバスケがよく見せていた表情だよ。怖いんだよ。ほんと。飼い主でも。
「ぐるるるるるるるるっ!!」
「あ、あの、パルフェー?」
「ぐるっ? がぅうう?」
ああ、犬語だ。
口元から涎を垂らして、すっかり犬にまで退化しちゃってる。
「落ち着こ? いったん落ち着こ。へい、へい、お座り。なんちゃって……」
「ぐるぅぅリンはここにいろごるるるるっ対に出てくるるるるなよるるるる」
うわあ、引くほど怒ってるよ。
「や、あの……逃げ――あ、ちょっと!」
呼び止めようとした瞬間には、パルフェはもう走り出していた。
まっすぐに、一目散に、自分の家へと向けて。
「パルフェさ~~んっ!?」
食いしん坊キャラかな?
わたしも飛び出そうとした瞬間、カラクサ村の廃墟のあちこちから中装鎧を身につけた騎士っぽい人たちがその姿を一斉に現した。
肝を冷やして、わたしは大慌てで茂みに潜る。
「いたぞ! ガトー様の報告にあったコボルトだ!」
「捕らえろ! 逃がすなよ!」
「魔王も近くにいるはずだ! 捜し出せ!」
あわ、あわわわわわっ!?
人数、いっぱい。パルフェの言った通り、三十名近くはいそうだよ。
その大半が剣を抜いて、走るパルフェを追いかけ、みるみるうちに小さなコボルトを取り囲んでしまう。
わあ、わああああああ、パ、パルフェが殺されちゃう!
ど、ど、どどうしよう……っ!?
ごくり、無意識に喉を嚥下させた。
迷いは一瞬。
「だめだよ。わたしのせいでパルフェが死ぬなんてこと」
わたしは降り積もった落葉の上を這いずりながら、手近なところにあった木の棒を、しっかりと手に握りしめていた。
カリンがついに魔王スイッチをONにする……!
令和元年おめでとうございます。




