第22話 あられもない姿だよコボルトさん
前回までのあらすじ!
思ってたよりキショかったバジリスクさん。
解体したバジリスクのトカゲ肉を持って、わたしたちは森林の秘湯にたどり着いた。
温泉といっても、宿があるわけじゃない。誰かが勝手に建てた小さな木造の小屋と、その横に岩で囲まれた温泉があるだけ。
パルフェが煙草を吹かしながら、小屋の前で立ち止まった。
「そこの小屋で脱いで勝手に入ってろ」
「パルフェは?」
「俺は裏の原泉を使ってこいつを調理する。バジリスク肉は熱湯にくぐらせて臭みを抜いてから調理するもんだ」
そう言えばボニータの市でパルフェは調味料をいくつか買ってたっけ。少量だったから、こういう事態を予想してたのかな。
「へえ。わたしもついてってい?」
「温泉はよ?」
「あとで一緒に入ろうよ」
パルフェが心底面倒くさそうに振り返った。
うわー、その顔、傷つくぅ。
「カリン……おまえなあ……」
いや、わかる。わかってる。
どうせまた「はしたない」って言おうとしてる。
だって顔にそう出てる。柴犬顔に。
「で、でも、男湯と女湯で分かれてないんだよね?」
「自然に湧いた温泉に、どこかの物好きが掘っ立て小屋を建てただけだからな」
「それから、パルフェってわたしの護衛だよね?」
「魔物や暴漢が出たら声を上げろ。どうせ小屋一つまたいだ裏にいるだけだ。すぐに駆けつけられる」
「わたし鈍感だからなー! 噛まれるまで気づかないかもなー! 毒とか回っちゃうんだろうなー!」
呆れ顔をしている。
「あのな、カリン」
「男と女である前に、コボルトと人間だよ!?」
「いや、それ以前にもう、いい年したオッサンとガキだ。おめえが人間の女だろうがコボルトの雌だろうが、今さら何も思うこたあねえ」
ぐぁぁぁ……それはそれで堪えるぅ……。
まあ、確かにわたしは人間の中でも発育が遅い方で、ルアナさんとか大賢者エトワールを見て目を肥やしてるヒトからすれば、ちょびっとだけちんまいかもしんないけど。
「わかったらさっさと入れ。あまり長居はできねえからな」
「はぁ~い……」
わたしはその場に荷物を置いて、制服のリボンを引き抜く。
「あほたれ! 小屋で脱げ! シッシ!」
「うへっ!? わかったよぅ!」
で、結局小屋で脱いでタオルを一枚持って、誰もいない小屋の前を歩き、わたしは温泉に手で持ったタオルを浸した。
思ったより熱くはない。原泉と近いから熱いかなと思ったけれど、ちょうどいい。
「んしょっと」
タオルを引き上げて、頭と顔をゴシゴシ。また浸して、今度は身体の上で絞る。肌の上を温泉が伝って流れていく。
一通り洗い終わると、わたしは片足の指先を水面に浸した。
じんわり……。
久しぶりの熱だからか、足の指先がちょっと痺れる。
「ん~!」
慣れたらふくらはぎまで。また少し、心地よく痺れて。
そんなことを繰り返して、やっと肩まで浸かれる。
「ああぁ~……」
気ン持ちいい~……。
さわ、さわ、風が森の葉擦れの音を運んで流れていく。木の葉が舞ってお湯に落ち、波紋を浮かべる。それは、しばらくしたら沈んで。
わたしは縁の岩に一つ結びを解いた後頭部をのせて、木漏れ日から空を見上げた。全身から力が抜けて、こわばっていた筋肉がほぐされていく。
「疲労が抜けるって、こういうことだったんだぁ……」
ほっこり。幸せ。
目を閉じると、風の音と、鳥や虫の声。葉擦れ。水音。
癒やされる。
そこに小動物が歩くような、チャチャチャという小さな音が混ざった日にはもう――……え?
ちゃぷん。
右隣で水音がしたから瞼を上げると、パルフェが温泉の中で立っていた。
「カリン……。おめえ、なんつう格好で入ってんだ……」
「ひゃっ!?」
わたしは慌てて身体を温泉の中へと沈めた。
後頭部を岩において、身体は大の字で浮かぶに任せていたから。
「うへへ……。パルフェ、一緒に入らないんじゃなかったの?」
パルフェはわたしから視線を外して正面を眺めながら、パチャパチャとお湯で顔を洗った。
カワイイ。
「ンなことは一言も言ってねえ」
「あ、うん。まあ」
「バジリスク肉の下ごしらえが済んだから入りにきた。焼いて食うなら、落ち着いた風呂上がりの方がいいに決まってる。もらった酒と一緒にな」
オッサンみたい。自称オッサンだけど。
「だねっ」
「しかし、こいつはちょいと――」
居心地悪そうに、パルフェはキョロキョロしている。
何かを探しているみたい。
「お、ちょうどいいのがあるな」
「どしたの?」
今度は後ろを向いて、温泉の縁に転がっている岩を、両手で引き寄せる。ぴくりとも動かない。温泉から一度上がって岩を転がすべく、パルフェは全身を預ける。
「ふぬぐぅぅぅがぎぎぎぎぃぃぃぃぃ!」
動かない。弱いなあ。強いのに弱い。
そりゃそうだよ。あの岩、どう見てもパルフェの体重より重そうだもん。
パルフェの言う剣技ってのがどれほどのものかはわかんないけど、どうやって自分より体重も力もあるガトーさんを吹っ飛ばしたのか、未だにさっぱりだよ。
あまりにも重そうだったから、わたしは立ち上がってお手伝いをして、その岩をドプンと温泉に沈めた。
「これでい?」
「……手伝ってくれなんて言ってねえ……」
男のプライドを傷つけちゃったっ。
後ろを向いて、けしっ、と落ち葉を蹴り上げる姿がまたカワイイ。
でもしばらくするとパルフェは温泉に戻って、水中に沈めた岩に腰を下ろす。ちょこんと。椅子代わりにして。
「なんだよ?」
「ん~ん。別にっ」
なぁ~んだ。水深が結構あったから、リラックスのために座りたかっただけだったんだね。コボルトは小さいもんね。身体が。立ったままじゃ疲れも取れないしね。
「カ~ッ、こいつはいいな」
「うん」
わたしはパルフェと肩を触れ合わせて並んで、同時に後頭部を岩へと預けた。
一緒に入ってくれるの、嬉しいな。
ああ、幸せ~。
結局二人して大の字になって浮かんでいたという。




