第21話 容赦しないよコボルトさん
前回までのあらすじ!
甘いものは心(とお腹の肉)を豊かにしてくれるのである。
わたしたちはリザードマンのポムさんたちに見送られて、隠れ里――というか、もう隠れ都市といっても遜色ない規模のボニータを後にする。
大きな大きな、ボニータをぐるっと囲む火口縁に立って。
ポムさんが念を押すように言った。
「いいな? おまえたちは特別なのだからな? 本来ならボニータに一度入ったものは、二度と出られない決まりなんだぞ? 拷問されたってボニータのことを他の街で喋るんじゃないぞ?」
「わかったよ。ポムさん」
ポムさんの瞬膜がシュルっと半分閉じた。
微笑んだのかな。
「カリンは素直だな。おまえはどうだ、犬?」
パルフェが面倒くさそうに応えた。
「ああ? 今さらだろ。俺がいつから何度ここに出入りしてると思ってんだ? おめえなんざまだ胎ん中で卵にもなってねえ頃だぜ。新入りの坊主よう」
「ぐっ、コボルトの分際で、口の減らん犬だ……!」
「いいからさっさと仕事に戻れ。もたくさしてたら、またルアナの拳骨をもらうぞ」
パルフェがうるさそうにシッシと手を振って、ポムさんたちを追い払う。
「ちっ、余計なお世話だ! 覚えてやがれ、犬ゥ! おまえなんて帰りの斜面で足をひねってしまえ!」
「ゲハハ、サンピン野郎かそれ以下の知能がよぉ~く表現された、なかなかの捨て台詞だ」
的確に辛辣!
ポムさん以下三名のリザードマンたちは、不承不承といった具合でパルフェを睨みながら火口の都市ボニータへと続く階段を下りていった。
「さて。俺たちも帰るぞ、カリン」
「うん!」
わたしは二足歩行の小型犬に続いて、山を下り始める。
パルフェはぴょんぴょん器用に岩から岩へと飛び移りながら先行する。わたしは髪の毛の一つ結びを揺らして、それについていく。
「おめえ、意外と体力あるな」
「田舎育ちだからねー。シバスケやお友達と山を駆け回って、夏は小川で遊んで、春や秋はおじいちゃんやおばあちゃんの畑のお手伝いをして暮らしてたの」
「そうか」
たった数日なのに、もうずいぶんと懐かしい。
「冬なんか雪の中で温泉ってのもあったしね。だ~いぶ山奥の秘湯だから、お猿さんとか入ってきちゃうんだけど」
「温泉か。寄って帰るか?」
「あるの?」
「言ったろ。ボニータは火山地帯だ。魔導師が地下の竜脈を魔法でいじくって噴火しねえようにしている。だが、もちろん溜まりに溜まった溶岩を消せるわけじゃねえ。余所に流してるだけだ」
「そっか。ならその魔導師さんが設定した竜脈に沿って歩けば、温泉があっても不思議じゃないんだね」
パルフェが目を細めてニカッと笑った。
「そういうこった。帰路からそう遠くない位置に一つある」
「行こう行こう! 寄り道しよう!」
山を降って深い森に入る。
獣道さえほとんどないのに、パルフェは迷わずちょこちょこと進んでいく。山菜採取用のナイフで時々は茂みを切り拓きながら。
昨夜の話。
結局あれから、パルフェとルアナさんが魔王ヴァニールのことに話を戻すことはなかった。
勇者シャルマンと戦士シュヴァルツさん。賢者エトワールさんに、犬パルフェ。
彼ら三人と一匹、そして魔王ヴァニールと呼ばれたヒトとの間には、一体何があったんだろう。
魔王ヴァニールは、何をしたの?
ヴァニールと呼ばれるわたしは、これからどうなるの?
勇者シャルマンはどうして、ヴァニールを殺してしまったの?
ぶんぶんと頭を振った。
一つ結びが勢いよく左右に揺れる。
「どうかしたか?」
わたしはカリン。ヴァニールじゃない。うん。
わたしを殺そうとしているガトーさんだって、シャルマンとは別人。
大丈夫。きっとパルフェが守ってくれるもの。
「なんでもないよ。温泉楽しみだね~」
「ゲハハ、おめえは気楽でいいな。人相に出てるぞ」
「お気楽顔で悪うございましたな!?」
「……おっと、お客さんだ」
「ふぇ?」
パルフェが立ち止まって口吻に人差し指をあてた。
その仕草だけでわかった。魔物だ。
パルフェの耳がピクピク動く。
「なんだ? 何体いやがんだ? 足音が……」
「え? え? いっぱいいるの?」
パルフェが首を振って視線でわたしを黙らせる。
そっか。聴覚で敵を分析してるから、話しかけちゃだめだね。
「あほみてえに速ええな。こりゃ俺でも逃げ切れねえや」
「だ、大丈夫よね?」
「さてな」
その言葉が終わる寸前には茂みから飛び出して、冷気をまとった体温のない何かがわたしへと飛びかかってきていた。
「ひゃっ!?」
わたしなんて頭から丸呑みできるくらいに、がぱりと空いた大きな口から、割れた舌先が見えた瞬間には、わたしはパルフェの体当たりを下腹部にもらって腰から後ろに倒れていた。
そのすぐ上空を、白い鱗に覆われた巨大な八本足のワニが通過する。
「ワニ!?」
「トカゲだぞ」
トカゲ!? あれで!?
でっかっ!! もうほとんど恐竜じゃん!
八本足の大トカゲはドカドカと足音を立てて茂みに飛び込み、それを激しく揺らしながらわたしとパルフェの周囲を超高速で走り回っている。
森を走るシバスケよりも速いくらいだよ。
「バジリスクってんだ」
バジ……バジリスク?
わたしが遊んでたゲームなんかだと、コカトリスと似た鶏っぽい魔物だったけれど、なんか全然違うー!
わたしは反射的に聞き返す。
「こ、今度は、食べられるやつ……?」
真顔でパルフェがわたしに視線を向けて、唐突に噴出した。
「ぶっ、ゲハ、ゲッハッハ! むしろ今おめえがあいつに喰われかけてるってぇのに、食い意地が優先とは! まったく、呆れるくらいに暢気だな!」
「うう……」
「ゲハハ、心配すんな。毒袋さえ破らなきゃあ、肉は食える」
パルフェがほんのり赤い刃を放つナイフを取り出した。
「しかもなかなかの美味だ」
「あっちもパルフェを見てきっと同じこと考えてるよぅ」
「ゲッハッハ、残念。コボルトよりは人間のがうめえらしいぞ」
それ、どこの誰情報!?
とても小さなナイフ。果物を剥くときに使う包丁よりもずっと。
パルフェの身体も同じ。あの八足のバジリスクとかいうトカゲはわたしを丸呑みできるくらいの大きさなのに、パルフェはわたしの身長の半分もない。
「そう心配すんな。バジリスクの攻撃は速いが素直でな。やつは獲物に高速で迫って正面から丸呑みにする。それ以外の行動パターンはない。その程度の知能しかねえ魔物――だはぁっ!?」
尻餅をついたままのわたしの頭に飛びついて、パルフェが地面に押さえつける。その上空を緑色をした液体が通り抜けていって、樹木の幹にびしゃりとかかった。
みるみるうちに白煙が立ち、樹木が灼け爛れていく。
「話が違いますよ、パルフェさん……」
「……あと、ちょっぴり強めの毒ゲロを吐く」
「毒ゲロ……」
樹木は数秒で抉れて、メリメリと音を立てて倒れた。緑の液体は地面に落ちて、容赦なく落葉を溶かしていた。
あはははは! 毒っていうか~、……どう見ても強酸だよ……。
い~~~~や~~~~~!
パルフェがペシペシとわたしの背中を叩く。
「立て立て立て! 次来るぞ!」
「は、はいっ!」
わたしは跳ね起きるように立ち上がる。
「先に走れ! まっすぐ! 狙いが狂っちまうから曲がるなよ!」
「うん! うん? んん?」
わたしが背中を向けて走り出すと、バジリスクが猛烈な勢いで方向転換をして、パルフェからわたしに狙いを定めて追いかけてきた。
ちょ――!
数秒も経たずに追いつかれる。八足の足音がドカドカ迫ってくる。
「わあっ、わああああっ! ぱ、ぱぱるぱるぅ――!」
「ゲハハ、その調子だ。特上のご馳走のように、尻を振って美味そうに逃げろよっとぉ!」
けれどその音がわたしのスカート近くまで迫ったとき、絹を引き裂くような別の音が重なって、突然怪物が悲鳴を上げた。
「よ~し。いっちょ上がりだ。と、まだ元気だな」
振り返ると、パルフェがバジリスクの背中に跳び乗っていた。
暴れ回るトカゲに落とされないように足でガッチリ固定して、そのままナイフで頸部から背部を縦に斬り裂く。ざくざく、ざくざく。
やがてバジリスクは動かなくなり、その場で絶命した。
わたしが呆然と見ている中で、パルフェはテキパキと皮を剥いでトカゲを解体する。
あれ? もしかしてわたし、今オトリにされた?
護衛ってなんだっけ?
宗教用語?




