第20話 女子高生は眠らない(第二章 完)
前回までのあらすじ!
このコボルト、ちょっとあやしい……。
ルアナさんが面倒くさそうに顔をしかめて、鋭い視線をパルフェへと向けた。
「なんだ、起きたのか。残念。ここからがいいとこなのにな」
「うちの嬢がいねえもんでな、不覚にも深い眠りに落ちちまってた」
どういう意味かなー? わたしの寝相のせいで普段は眠れてないアピール?
いつもめっちゃ寝てるじゃん!
「で? ヴァニールの話はやめろってのはどういう意味だ? おまえに命令される謂われはないぞ、パルフェ。私は祖父の名誉を挽回するため――」
「だったらなおさら黙ってるこったなぁ。シュヴァルツなら、てめえの名誉のために自己弁護なんざしねえ」
「……」
ピリッと、空気が張り詰めた気がする。
なのにパルフェったら、お構いなしに続けて。
「魔王ヴァニールは存在しなかった。シャルマンとシュヴァルツがやっちまったことは、ただの同族殺しだ。そしてエトワールは、未だにそれを繰り返している。ジャンティーユ王国がうまく平定された今じゃ、理由は知らんがね」
ルアナさんが苛立った顔で立ち上がる。
「だが祖父やシャルマンらがヴァニールを討たねば、人類はとてつもない被害を被っていた」
「ゲハハ、そんなでっけえ話を俺にするな。人類の行く末なんぞ知るかよ。俺はただの犬だぜ、ルアナ嬢」
あ、あ、なんか喧嘩になりそう。
ど、どうしよう? おろおろしちゃう。
とりあえず甘い物を食べて落ち着かなきゃ。むぐむぐ。おいし。
立ち上がったルアナさんが、つかつかとパルフェに歩み寄る――かと思いきや、パルフェの側を通り過ぎて食器棚からグラスとお酒の瓶を取り出して、テーブルに置いて注いだ。
パルフェが当然のようにちょこちょこと寄ってきて、わたしの隣にちょこんとお座り――じゃなくて腰を下ろす。
カワイイ。頭から背中まで撫でたい。
「祖父や先代勇者のことをそこまで言い切るなら、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? パルフェ、おまえは何者だ? シャルマンの飼い犬か?」
ルアナさんは自分の紅茶カップに乱暴にお酒を注ぐと、ぐいっと一気に飲む。パルフェは渋くグラスを傾けて、ちびりと唇をぬらした。
そうして意地悪な感じに顔を歪めて言ってのける。
「あほ。常識的に考えりゃ、俺はその犬の子孫だろうが。他に可能性があるか?」
「父の代から、いや、もしかしたらそれ以前からすでに親交があり、私が生まれてしばらく、今もそれが続いている。コボルトにしてはずいぶんと長生きだ」
「言ったろ。嬢たちと違って、俺はもうオッサンだってな。あと数年もしねえうちに、おまえさんの望み通りくたばるだろうよ」
それはないなーって、傍らで聞きながら思った。
シバスケと比べたら、パルフェの若々しさがわかるもの。毛並、艶、瞳、耳も目も鼻も問題なく利いている。
ガンッ、とルアナさんが紅茶カップを乱暴にテーブルに置いた。ソーサーじゃなくってテーブルに。
で、またカップにお酒を注ぐ。乱暴に。零しながら。
「それこそやめろ。聞きたくない。何が私の望み通りだ。おまえに私の何がわかる」
「ゲハハ、隅から隅までなぁ~んでも知ってんぞ。何せ俺はおまえのオムツを替えてやったこともあったからな。五歳になっても、まぁ~だ寝小便を垂れてやがったな、おまえ」
数秒も経たないうちに、ルアナさんの顔色が変わった。
みるみるうちに真っ赤になって、目尻がつり上がっていく。
わたしは自分の紅茶で甘い口を洗い流して、またドライフルーツをつまんだ。
甘い。口の中と目の前の光景が。ジト目になっちゃう。
「そ、そんなこと今関係ないだろっ!?」
ルアナさんの声が上擦って裏返った。普通の女の人みたいに。
対するパルフェは、いつも通り。
「そいつがまぁ、どうしてなかなか。立派に育ったもんだ。オッサンは感慨深いぜ。おまえ、まだいい人はできねえのか?」
ぶっ、とルアナさんの口からお酒の霧が噴出した。
あわてて袖で拭って叫ぶ。
「うるさいなっ!」
「相手が魔族だって別にいいんだぜ」
パルフェがまたグラスを傾けて、ちびりと唇を湿らせた。
「ボニータ評議会のことなら気にすんな。おまえが抜けても、どうせほかの誰かがやる。権力ってのはバカを引き寄せる甘い汁だからな。それより、おまえ自身が幸せになることを考えろ」
「余計なお世話だ! パルフェに言われることじゃないだろう!」
「……っと、生前にヴァイスがそう漏らしていた。俺じゃねえ」
ピクッとルアナさんの頬が引き攣る。
「……父の言葉か」
「ゲハハ!」
「女を指さして笑うなっ! 失礼だぞ!」
「へっ、まだ女にもなれてねえガキが何言ってやがる」
「う、うるさいもう!」
ルアナさんは自分のことを話されてしまったから気づいてなさそうだけれど、これって完全にパルフェが話題をすり替えようとしてるよね。
パルフェったら、ガトーさんに襲われたときも思ったけれど、口喧嘩じゃ無敵なんじゃないかしら。
でも、なんか……。なんだろう。
ルアナさんはさっきからすっごく怒ってるのに、パルフェが来てからどこか楽しそうに見える。わたしが入り込む隙のない会話をしてさ。
モヤモヤする。
パルフェはこれからわたしと暮らすのに。
これじゃパルフェが人間で、わたしが嫉妬する犬みたい。
深呼吸しよ。
わたしは尋ねる。
「あの、パルフェってどうしてボニータで特別扱いされてるの?」
隠れ里なのに出入りを自由に許されてるコボルトなんて、やっぱり変。
ルアナさんがドライフルーツを一欠片、口に放り込んで言った。
「表向きは私と同じだ。自称、シャルマンの犬の孫だからな。シャルマン、シュヴァルツの血統は、ボニータの創立者だ。先代だか先々代だかは知らんが、犬パルフェも一応は仲間だったらしいからな。そうだろ、自称パルフェの子孫?」
ルアナさんが投げやりに言った。
「さて、どうかな。ゲハハハ。まあ飲め飲め」
パルフェが酒瓶を手に取って、ルアナさんの紅茶カップになみなみと注ぐ。
「ふざけるな。私の酒だぞ。おまえに言われなくても飲むに決まっている。レクセン地方の指定農園クラインシュタインで作られた特級の葡萄酒だからな。王都にだってそうは出回らない代物だ」
「やれやれ、まだまだガキだな。能書きなんていらねえのさ。酒なんざ、昔を思い出してちょいと酔えりゃ、それでいい」
渋い! 犬のくせに!
「ふん。ちまちまと舐めてばかりのやつが偉そうに」
「犬はカラダが小せえからな」
「言い訳するな! 飲め!」
今度はルアナさんが酒瓶を手に、パルフェのグラスに継ぎ足した。
「何をやっている、パルフェ! 溢れてるだろうが! 吸え!」
「いや、むしろ俺のグラスに注ぐのをやめろ。……ちっ、だ~めだ。このガキ、もう酔ってやがる。ヴァイスの野郎、酒の飲み方くらい教えてからくたばれっつーんだ」
二人がグラスとカップをそれぞれ持ち上げてから口元に引いて、同時に傾けた。もうテーブルの上も、ルアナさんのネグリジェも、葡萄酒でビチャビチャだよ。高級そうなのにもったいな~い。
「飲み方なんて誰かに教わるものじゃないだろ!」
「素面のときのおまえが今のおまえを見たら、きっと青ざめて卒倒するぜ……」
「ああ言えばこう言う!」
ああ、そっか。なんとなくわかってしまった。
どうしてルアナさんが今も独りなのかってこと。
種族は関係ない。次の世代のことだってどうだっていい。
一緒にいるだけで、楽しい。
一緒にいるだけで、言葉に安心させられちゃう。
一緒にいるだけで、退屈しない。
一緒にいるだけで、守られてる。
それって今、わたしが感じていることと同じ。
だから余計にモヤモヤする~……。
こうしてわたしたちのボニータでの楽しい夜は、ゆっくりと更けていった。
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(7千文字ほどの短編です)




