第19話 女子高生は危ぶまない
前回までのあらすじ!
危機感死んでた。
笑いながら謝るルアナさんに、わたしは憮然とした表情を返す。
「はっはっは。悪かったな、カリン」
「もー! ……そんなことより、パルフェのことを教えてください。ルアナさんの推測でいいから」
「いいよ」
ルアナさんは妖艶な笑みで長い足を組み替えて、紅茶のカップをソーサーへともどした。大きな胸の下で腕を組み、わたしへとまっすぐな視線を向けてくる。
「私が初めてパルフェと出会ったのは、幼少期だ。正確にはもう覚えていないが、少なくとも二十年以上は前だったと思う」
「へ? パルフェっていくつなの?」
パルフェはコボルトの寿命は犬の倍くらいだって言ってたから、案外ほんとにいい年齢をしたオジサマなのかも。
「さてな。だが少なくとも、父のヴァイスはパルフェのことを古い友人だと呼んでいた」
「はえ……? え? え? つまり、パルフェは少なくともルアナさんより年上ってことですか?」
「そういうことになる。古い友人という呼び方が、何年前からなら通用するのかは知らんがね」
「えっと、それってヴァイスさんに尋ねてみたら……」
「父は死んだよ」
う……。
わたしに謝る隙すら与えることなく、ルアナさんは言葉を続けた。
「でだ。これは祖父から聞いた話だが、五十年前、最後に観測された犬なんだが――」
ルアナさんが立ち上がって鏡台の引き出しを開け、額縁を一つ取り出す。
「それは? 写真?」
「シャシ……? これはジャンティーユ王国のかつての宮廷画家が描いた肖像画だ。ヴァニールを討った勇者一行のな」
シャルマン!?
わたしは立ち上がって両手を出し、ルアナさんから額縁に入った肖像画を受け取る。
そこには無邪気に笑う優しそうな青年と、彼を挟み込むように立っている二人の男女が描かれていた。
青年は群青色の髪をしていて、腰から剣を吊している。服装も軽装の鎧だ。騎士のような金属製ではなく、動物の革のように見える。
彼の右隣には頭髪に白が交ざり始めた年齢の、大斧を持った戦士が青年の肩に太くて大きな腕を回して立っている。
年齢は離れているけれど、とても仲がよさそう。
そして、少し離れた位置に立って、青年の左隣でそっぽを向いている女の人は――。
「あ!」
「知っているのか?」
「え、ええ。このヒト、わたしをこの世界に召喚したヒトだ……」
特徴的な耳。
確か、妖精と人間の中間的生物である、ハイエルフ。
わたしがこの世界で目を覚ましたとき、最初に見た綺麗な女性。陶器のような肌で表情を一切歪めることなく、わたしを「魔王」と呼んだ、あのヒト。
勇者ガトーにわたしを殺させようとした、あのヒト。
「その女の名は――」
「大賢者エトワール……よね?」
「そうだ」
すべての元凶。ありもしない戦争を作り出す、怖い人。
「そして、右のオーガのような体格をした戦士が、私の祖父シュヴァルツだ。おかげで私も身長が止まらなくてな。女だというのに、こんなにも大柄になってしまった」
「とっても綺麗ですよ。モデルさんみたい」
照れた様子はないけれど、少しだけ嬉しそうにルアナさんは頬を緩めた。
「もでるとやらが何かは知らんが、まあ、同性から褒められるのは嫌いじゃないな」
あー、やっぱりモテるんだ。男の人からは褒められ慣れてるし、たぶん同性からは嫉妬される。
とんでもない美人さんだもん。
「それでだ、カリン。そいつらの足下を見てみろ」
「え、あ!」
青年。勇者シャルマンの足に隠れる位置にだけれど、犬が一匹いる。肖像画だからゼッタイに正しいとは言えないけれど、シバスケみたいな柴犬に見える。
でもシャルマンとシュヴァルツの足に隠れちゃって全体像が見えない。
「シャルマンの飼っていた犬だ。それがこの世界で観測された最後の一匹だった」
「へえ……」
ルアナさんがソファに腰を下ろしたのを見て、わたしも対面のソファにお尻を戻す。ドライフルーツをつまんでムグムグ。
「他はみんなコボルトになっちゃったんですか?」
「ああ。といっても突然コボルトに進化するわけじゃない。犬が徐々に言葉を扱い始め、数世代にわたって変異していった。最初は言葉を、次の世代では骨格が二足歩行に適し、その次で不要となった前脚が腕へと変わっていった、みたいにな」
早っ!! たった三世代って、進化論もびっくりだよ!
進化ってより、それもうただの変身だね。
「その進化の話が、パルフェとどんな関係があるの?」
ルアナさんが肩をすくめた。
「直接的にはない」
「ええ……?」
「ただな、犬として観測された最後の一匹がシャルマンの飼い犬で、そしてその名が、パルフェだったって話だ」
唐突に飛び出してきたその名に、わたしは呆けてぽかんと口を開けた。
「へ?」
「祖父のシュヴァルツに聞いたから間違いはない。その犬の名はパルフェだった」
「偶然……?」
「さてな。だから話す前に言ったろ。私の推測だと。ただ、カリンはもう知っているはずだ。パルフェはあの時代のことを詳しく知りすぎている」
ルアナさんから笑みが消失する。
「まるですべてその目で見てきたみたいに、な」
わたしは口に出してつぶやいた。
「勇者シャルマンの愚行。魔王ヴァニールの存在の否定。大賢者エトワールのマッチポンプ?」
ルアナさんが深くうなずく。
「パルフェにボニータで特権を与えたのは父のヴァイスだったのか、それとも祖父シュヴァルツだったのか、私も知らん。祖父も父も亡くなっているし、パルフェ自身もまた、口を割ろうとしない。無理に話させようとしたら、なら特権を剥奪しろの一点張りだ」
「ああ、うん。パルフェならそう言うね。強情だもん」
女二人、視線を合わせて笑った。
「ただな、やはりコボルトの寿命は延ばせるものじゃない。祖父とパルフェ――犬ではなくコボルトの方のパルフェに面識があったとは思えないんだ」
「ですよね。だってパルフェったら、毛並とか艶々してるもの」
「あきらかに若いよな、あいつ。私より年上だってのも信じたくない」
やっぱりこの世界でもパルフェの姿ってそういう認識なんだ。
シバスケが成犬になったばかりの頃みたいな、そんな毛皮をしてるもの。
「ああ、それとだ。カリン」
「はい?」
「シャルマンとヴァニールについてだが、パルフェの言葉を鵜呑みにするな。嘘ではないが、それは真実でもない」
わけがわからず、わたしはとりあえずドライフルーツを食べる。
おいしい。たまらない。止まらない。太っちゃう。
「魔王ヴァニールは、五十年前、確かに人類を脅かす存在だった」
「へ……?」
「ただ、ヴァニールは――」
ルアナさんが口を開けた瞬間、彼女の言葉を遮るように渋い声が響いた。
「やめろ、ルアナ」
開けたドアに背中を預けて、そこには腕を組んだパルフェが立っていた。
話が違う。




