第25話 口から出任せコボルトさん
前回までのあらすじ!
コボルトさんの口が無双!
パルフェだけを取り囲んださっきとは違って、騎士たちはまるで恐れるようにゆっくりとすり足で、油断なく剣の切っ先をこちらに向けながら、わたしとパルフェを包囲していく。
といっても、わたしの背後は森の茂みだから、包囲網は完全じゃない。
逃げるなら後ろ。茂みに飛び込んで走れば、鎧を着ている人たちなら振り切れるかもしれない……というのに、パルフェったら。
「そこから動くなよ、カリン」
身を低くするや否や、包囲網を作るためにじわじわと動いていた騎士たちの方へと走り出した。
騎士たちのほとんどがわたしのことを警戒して視線を向けていたから、自分たちの足下に何の躊躇いもなく滑り込んだ小さなコボルトの奇襲に反応するまで、数瞬。
でも、それが命取り。
パルフェは騎士が足下に視線を向けるよりも早く、彼の足甲の隙間にナイフを刺した。音もなく静かにだよ。
「……?」
何が起こったのかわからずに視線を下げた騎士が、遅れて痛みを感じたかのように悲鳴を上げて地面に転がった。
「イッ!? 痛ぁ……っ!」
足を抱えて悶える。
何事かと他の騎士たちが彼に視線を向けたときには、コボルトの姿はもうない。騎士集団を駆け抜けて背後を取り、次々と足甲の隙間へとナイフを刺していく。
「ぎゃッ!」
「な――っ!?」
あっという間に三人を行動不能にしたパルフェは、またしても騎士たちの集団へと潜り込んだ。
倒された騎士が足を押さえながら叫ぶ。
「後ろだ!」
「コボルトだ! コボルトに気をつけろ! やはりガトー様のおっしゃる通り、このコボルトこそが魔王の片腕“格上殺し”だったのだ! 警戒すべきはコボルトだ!」
騎士らが振り返った瞬間には、当然のように、そこにはもういない。小さな身を限界まで利用して、パルフェは次々と騎士を転ばせていく。
足下を駆け抜け、股下をくぐり、ナイフを突き刺す。
わたしは木の棒を握りしめたまま、ただ呆然と眺めていた。
パルフェ……すごすぎ……。
足を押さえて悶えている騎士の数は、すでに十三名。騎士たちは未だにパルフェの姿を捉えることができない。
「いたぞ! おまえの後ろに入った!」
「ひ……っ」
発見されても、すぐさま他の騎士の背後に回り込み、視線を切ってしまうの。
やがて半数の騎士が倒れた頃、ようやく彼らはパルフェの姿を捉える。怖い形相で剣を持ち上げて。
「この犬畜生がッ!!」
わたしは反射的に叫んだ。
「パルフェ! 危な――」
ぶん、と風を切って薙ぎ払われた剣は、背筋を反らせたコボルトの鼻先を掠めるようにして空を切る。
避けた……!
その背後から袈裟懸けに斬りかかってきた騎士の刃を、今度は全身を傾けることでやり過ごし、ポッケから煙草を取り出して咥えた。
唖然とする騎士たちの前で悠々とマッチを擦り、その先に近づける。
じじ、と小さな音がして、煙草の先に火が灯った。
「ふー……」
ぷかり。紫煙が浮いた。
不敵な笑みを浮かべたパルフェは指先で煙草をつまみ、挑発するように尋ねる。
「どうした、小僧ども? もう終わりか?」
顔を怒りに染めて、軽装の騎士たちが次々とパルフェに襲いかかる。
袈裟懸け斬りを身体を傾けて躱し、横薙ぎを最小限の跳躍でやり過ごし、兜割を半身になって躱す。
「……」
もう声も出ないよ。
まるで雨のように降り注ぐ恐ろしい刃を、パルフェはすべて見切っている。ガトーさんが相手のときのように、片手に持ったナイフで受けたり、受け流したりすることさえない。
圧倒的なんだ。わたしみたいな素人目から見ても、圧倒的。
「くそ! なんで!? なぜ当たらない!」
「こ、こいつはただのコボルトだぞ!」
「バカ野郎! 犬の姿に惑わされるな! こいつは魔王の片腕“格上殺し”だぞ!」
暴風のような無数の剣筋をすべて見切って、身体一つで躱し続けるのみ。それも、すべて紙一重で。
「ゲハハハ、その通り。どうしたどうした、眠くなっちまうぜ」
十回、二十回、ううん、何度振っても絶対にあたらない。
「だあ! ハッ! ぐっ、くそ!」
「があああ!」
「死ねッ、獣風情が!」
正面からはもちろん、背後や上空といった死角からの攻撃も、全部、全部。
毛先は愚か、煙草の先にさえ剣が掠めることはないの。
「やっぱ所詮はただの騎士だな。ガトーも未熟だったが、おめえら有象無象は束になってさえその域にすらほど遠い」
「ふざけるなッ!」
暴風吹き荒れる剣の森で、パルフェは踊るようにそのすべてを躱す。
やがて、騎士の一人が絶望的な表情で剣を下ろした。そして、後ずさる。
もう、誰に目にも明らかだ。
三十名もいた騎士の数を半分にまで減らされ、同時に十数名を相手取っているのに、その剣を掠めることさえできない、この異常な生物が相手では。
また一人、剣を下ろして後ずさった。
煙草を吹かして悠々と剣林を躱し続けるこの生物が本気で牙を剥いたとき、自身は立っていられようはずもないと、わかってしまうから。
となれば。
剣を下ろした騎士の恐怖に陥った視線が、わたしに向けられた。
「……っ」
わたしは反射的に木の棒を構える。
騎士がわたしへと地を蹴り――かけた瞬間には、パルフェのナイフはその騎士の足甲に差し込まれていた。
「ぎぁッ!?」
「やめとけ。あいつは魔王ヴァニールだ。その気になりゃあ、おめえらなんざ、ここにいる俺ごと一瞬で消し飛ぶぞ。俺は命が惜しい。あまりあの娘を刺激するんじゃねえ」
「な――っ!? 仲間ごと殺る冷酷さまで兼ね備えているのか! 当代の魔王ヴァニールは!」
ええ、そんなことできないよぉ……。
パルフェが神妙な面持ちでうなずく。
「おまえさんたちは勘違いしているが、あの棒きれだって棍棒なんかじゃねえ」
うん、木の棒だもんね。
「ありゃあ古代樹から削り出した魔法の杖だ。増幅された魔法の力はこの森の全土を呑み込み、周囲一帯を巻き込んで消し炭にしちまう……トカナントカ……」
「な、なんだと!? 古代樹とは、伝説のユグドラシルのことか!」
騎士のうちの一人が、上擦った声で言った。
パルフェは若干首を傾げながら、平然と嘘をつく。
「ん? おお。そのユグ? なんだ? ユグドラ汁だ。おう。ありゃあ、なかなかに美味かったよな、カリ――あいや、ヴァニール様?」
パルフェが同意を求めてきたから、わたしは反射的にうなずいた。
「う、うん。ユ汁のことね。おいしかったよねー? ちょっと温めたら最高だよねー?」
騎士たちの表情が凍り付く。
しまった。もしかしたらスープじゃなかったのかもしれない。
そう思ってあわてて「冗談で~す」と言おうとした瞬間、騎士の一人が叫んだ。
「なんということだっ!! ま、魔王ヴァニールが、まさかユグドラシルの魔力まですでに手に入れていたとは!! こ、これではまるで、五十年前の悲劇の再来ではないか!!」
どよめきが広がった。
「死者の大群をも蘇らせるほどの莫大な魔力が秘められているといわれる、あの伝説のユグドラシルの樹液を……」
「よりにもよって魔王が……口にしてしまった……」
パルフェがしたり顔でうなずく。
「おう。その汁のことよ。ちょっぴりほろ苦くて、甘酸っぱくて、青春の味がしたぜ。だから、あまりあいつのご機嫌を損ねるなよ、小僧ども。俺だってヴァニールの、あいや、ヴァニール様のご機嫌取りには必死なんだぜ? ゲハハ!」
ええ、なんかもうめちゃくちゃ言ってるー! 騎士の人たちは青ざめてるし!
とどめとばかりに、パルフェが口と鼻からモフーっと紫煙を吐きながら怒鳴った。
「わかったらヴァニール様の気が変わらんうちにとっとと失せやがれぃ! それで二度とここに近づくんじゃねえぞぉ! ゲッハハハハハ!」
ゲハハじゃないよぅ……。わたしだけ悪者にしてぇ~……。
バカしかいないの?
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