第18話 女子高生は食べ続ける
前回までのあらすじ!
甘いものに誘われる。
ん~、おいしい! 甘ぁ~い!
なんの果物かはわからないけれど、橙色をした干した果実を指先でつまんで口に放り込む。
果実表面には干した際に出る天然のお砂糖が吹いていて、噛みしめるたびに限界まで濃縮された果汁が口の中で甘い爆発を引き起こす。
「涎が垂れてるぞ」
「あふぁ!?」
長い脚を組んでソファにもたれながら、ルアナさんが口元を緩めた。
わたしは袖口で口元を拭って、愛想笑いを浮かべる。
「えへへ……」
「ふふ」
なんだか昼間とは別人みたい。昼間は男性顔負けの引き締まった表情をしていたのに、今は柔和な顔をしている。
たぶん、こっちが本当。
昼間は無理をしているんじゃないかなって思う。
でも、昼夜問わず、モテるだろうな~、この人。
美人なの。
銀色にも見えるアッシュグレイの髪は腰まであって、睫毛の長い切れ長の瞳を細められたら、同性のわたしでさえドキドキしちゃう。
長身で頭も小さくって、ネグリジェの上からでもわかるくらいの豊かなプロポーションをしていて、目にやり場に困るったら。
わたしやパルフェなんて、ルアナさんから見ればちんちくりんなんだろうな。
そんなことを考えていたときだった。
その言葉は至極当然のように、彼女の唇から滑り出てきた。
「カリン、おまえは魔王ヴァニールか?」
「~~っ!?」
頭が真っ白になった。
それがあまりにも不意打ちだったから、わたしはとぼけることも忘れて、反射的に口走ってしまったの。
「なん……で……?」
「ああ、やはりな」
あわてて取り繕う。
「あ、ううん。じゃなくって。えっと、どうしてそんなことをわたしに聞いたのかなって思ってびっくりしちゃっただけ――……」
ルアナさんからは笑顔が消失していた。ボニータという隠れ里を取り仕切る、昼間のルアナさんだ。
切れ長の瞳は見透かすように細められ、その視線がわたしを刺し貫く。
「理由は簡単だ。これまで誰とも関わろうとはしなかった偏屈者のパルフェが、おまえにだけは取り憑いている。それで十分だ」
だめ、だめ。早く逃げないと。
やっぱりパルフェから離れるべきじゃなかったんだ。
でも逃げる前にもう一個だけドライフルーツを。次いつ食べられるかわからない甘いものだし。ぱくり。おいしー。
「必死で口に詰め込みながらそんな顔をするな。別に責めてるわけじゃないんだ。不安にさせたなら謝る」
「え……」
また一個、つまんで口に放り込む。
むぐむぐ。甘ぁ~い。幸せぇ~。逃げる前にもう一個だけ。
「ていうか、顔は不安そうなのに食い続けるんだな」
「うう、すみません~……おいしーんです……」
「そんなに詰め込むな。喉に詰まるぞ。ほら、紅茶も飲んで」
「んぐ、んぐ……」
うわっ、この紅茶おいし……!
香り立つくらい濃く出てるのに苦みがほとんどないや。お砂糖もミルクもレモンだっていらない。このリーフがあればそれでいい。
「……ふぅ~……なくなっちゃった……」
わたしは泣きそうな顔でカップをソーサーごと持って、ルアナさんへと差し出した。
「うう……おかわりください……」
「……」
とぽとぽと、紅茶ポットからカップへと注がれる。ルアナさんは不思議と、なんとも言えない複雑な表情でわたしを見ていた。
なんでそんな目で見るの?
ああ、おいしい! 逃げないと! でもあと一口だけ!
「あのな、カリン嬢」
「はい?」
「おまえがヴァニールって話だが、私は別におまえをどうこうしようって気はない」
「はあ……」
鼻から紅茶の風味が抜ける瞬間の幸せといったら。
口がいい感じにリセットされたから、わたしは赤色のドライフルーツつまんで食べた。
捕まる心配がないなら、まだ味わえるってことでしょ。
「それはヴァニールという存在がでっち上げに過ぎなかったことを知ってるからだ」
「あ……。えっと、そのお話はパルフェから?」
ルアナさんは首をゆっくりと左右に振った。
それだけで、細やかな砂のようにアッシュグレイの髪が流れる。
「いや、祖父からだ。名はシュバルツ。シャルマン同様、このボニータという街の開祖であり、そして魔王ヴァニールを討った三人の仲間のうちの一人でもあった」
流れた髪を耳にかけ、ルアナさんがため息をついた。
仕草が色っぽい。
「そうか。人間はまた同じことを繰り返そうとしているのだな」
「おいしいです、これ」
「それは何よりだ。カリン、ボニータに住むか?」
「ふぇ?」
ルアナさんが左右の足を組み替えて、わたしのドライフルーツを一つ、口へと放り込んだ。
わたしのなのに。違うか。
「人間の王族も魔族の貴族連中も、隠れ里であるボニータの位置は知らない。仮におまえがヴァニールに選ばれたと知られても、人魔が共存するこの街だけは、おまえを迫害したりはしないだろう」
「え、え……」
「パルフェの目的は買い出しではなく、ボニータの町並みをおまえに見せることだったのかもしれないな。定住の地とさせるために」
嘘、パルフェ、そんなことまで考えてたの?
確かにここなら安全に生きていけそうだし、パルフェと一緒ならわたしはどこだって平気なんだけれど。
二人でここに住むの、悪くないな……。えへへ。
「ただ、カリン嬢をボニータで受け容れたとしても、パルフェは無理だ」
「え? どうして?」
「ボニータがパルフェを受け容れないのではない。パルフェがボニータを受け容れないんだ。私は何度も誘ったのだがな」
「パルフェが断ったの?」
ルアナさんが肘置きに腕を置いて、そこに顎を乗せた。
面倒くさそうな表情でつぶやく。
「さっきも言ったはずだ。あいつは基本的に誰とも関わろうとはしない。特に人間とはな。おまえのことだって、ヴァニールだと知ってから助けたんじゃないか?」
確かに。初対面では、いろいろ理由をつけて断ろうとしていた。女と関わるとろくなことにならねえ、とか、探偵小説みたいな台詞で格好つけちゃったりして。
ん~? パルフェはなんで頑ななんだろう?
「あの、ルアナさん」
「なんだ?」
「パルフェって何者なんですか?」
温和だったルアナさんの表情が、一転して渋くなった。
「私もよく知らんのだ。ただ、祖父のシュヴァルツや、父ヴァイスからの聞きかじりからの推測でしかないが……」
「教えてください。わたし、パルフェのことを知りたいんです」
パルフェは自分の昔のことを話そうとはしない。
彼が過去を話すのは、いつだって勇者シャルマンと魔王ヴァニールに関することだけ。それも決まって苦い表情をして、重い口調で不機嫌そうに話す。
コボルト族の寿命を考えれば、彼らのいた時代にパルフェは生まれてもいなかったはずなのに、まるで見てきたかのように。
ルアナさんがニヤっと笑った。
「はは~ん。さてはカリン嬢、やつに惚れたな?」
ややあった。
ややあって、わたしは左右の眉の高さが歪んでいくのを感じた。
「…………は……い……?」
「恋を知っているなら嬢呼ばわりは失礼だったかな」
「そんなわけ! だって、人間とコボルトですし!」
ルアナさんがカップの紅茶をすすって意地の悪い笑みを浮かべる。
「ボニータじゃ、魔族と人間がともに生きる道を選ぶなんてことは珍しくもない。種族相性によっては子は成せんが、それでもだ。私はそれをとても美しい現象だと考えている。たとえこのボニータが人口減少によって先細りしようともな」
じっと、こちらを見て。
また紅茶を一口すすって。
「まあ、その様子から察するに邪推だったようだな」
「と、とーぜんですっ」
まったく、突然何を言い出すやら。
危機感死んでんの?




